第39話 柚葉の誕生日
「うーん……」
私は唸って首を傾げる。
「…………違うかな」
一度手に取った小物入れを棚に戻し、別の物を探す。
バレンタインからしばらく経ち、私はあるものを買いに天衣モールへと来ていた。そのあるものとは……。
「何が良いかなぁ……柚葉の誕生日プレゼント」
そう私は柚葉の誕生日プレゼントを買いに来たのだ。2月24日は柚葉の誕生日。次の水曜日がその日だ。
毎年、何かしら用意しているのだ。今年も何か用意したい。例え直接渡せなくても。なので、日曜の休みにここまでやって来たのだ。
「……んー」
しかし、中々これと言う物がない。いつもなら女の子が好きそうな物をフィーリングで選んでいたのだが、半端に女の子の好みとかを知ってしまったせいか、中々良いと思える物に出会えないのだ。
「駄目だ……決まらない」
あれこれと手に取ったりしながら見ていくが、プレゼントが決まらない。
そもそも何が良いのか。服とかアクセサリー? でも、お小遣いで買える範囲だと、あまり良い物は選べない。それに、柚葉が目覚めてもすぐに元に戻れるか分からないのだ。女の子用のものでは、持て余してしまうのではないか?
「いっそ男の子っぽいものとか……?」
しかし、それで柚葉が喜ぶだろうか。いくら体が
「むーっ」
「むむむーっ」
ん? 今聞いたことあるような声が……。
「あれっ愛里沙?」
声の方を確認すると友人の愛里沙がいた。棚を睨んで唸っている。
「えっ、柚葉!? どうしてここに……?」
「ええっ、私は別に……愛里沙こそどうしたの?」
柚葉の誕生日プレゼントを買いに来たとは説明できない。だって、入院してるのは悠輝ってことになってるし。
「わっ私も別に何も……ただ買い物に来てただけで……」
「愛里沙、いいのあったー?」
少し離れた所から、また聞き覚えのある声が……。
「って柚葉ちゃん! どうしたの、何か用事でも?」
愛里沙の姉の美紗さんだった。私を見て何故か動揺している。私が一人で買い物に来てるのはそんなに変なのかな……。
「しばらくぶりです。ただ買い物に来てただけですよ」
美紗さんに会うのは多分久しぶりだ。最後にあったのは……夏休みだっけ?
「そうなんだー…………あっ私たち用事があるから、ねっ」
「う、うん。柚葉またね。行こうお姉ちゃん」
そそくさと二人が立ち去っていく。一体何だったのか……。
「…………気にしなくていっか」
今はそれどころではない。柚葉の誕生日プレゼントを選ばないと。
この店は一通り見たので、別のテナントに移動することにする。えーっと、やっぱり可愛い物が良いかな。
というわけで、アクセサリーを中心に取り扱ったお店にやってくる。
店内を見て回る。可愛い物は多いが、やはり女の子向けのものばかり。うーん。
「これとかどう?」
「私、そういうの分からないし有華が決めてよ」
「えーっ香奈も少しは考えてよ」
あれ、また聞き覚えのある声が……。
「有華、香奈、こんにちわ」
「えっ!?」
「へっ!?」
声を掛けると二人がこっちを見て固まる。いやいや、驚き過ぎでしょ。
「どうしたの、そんなに驚いて」
「いや、べ別に何でもない……ねっ?」
有華の言葉に香奈がこくこくと頷く。
「……? 珍しいね、有華はともかく香奈がこういうお店にいるなんて」
「えっいやー有華に付き合わされてさー」
「そうなんだ」
有華の手を見ると、シュシュや髪留めが握られている。これって……。
「もしかして、香奈が着けるの買うの?」
「えっああ……うん、そうなんだー。香奈もたまにはおしゃれとかした方が良いと思うし……ねっ?」
また香奈がうんうんと頷く。
香奈は自分を着飾ることへの関心が薄く、おしゃれとかは面倒だと思っていそうだったのに……。有華に付き合うなんて、実は興味があったのか。女心はやっぱり分からないな。
「ゆっ柚葉はどうしたの? 買い物?」
「うん、ちょっと見て回ってるだけだけど」
しかし、二人がいる中で柚葉へのプレゼントは探しにくい。それならば……。
「私、他の所見てくるから。また学校でね」
「あっそうなんだー。うん学校で」
「また」
私が立ち去ると言ったら、有華も香奈もほっとしたような顔をする。もしかしたら、お邪魔だったのかもしれない。
その後も色々なお店を見て回る。しかし、中々良い物に巡り会えず、結局ある場所にやってきた。
「ここで選ぶかー」
そう、いつも来ているファンアニショップである。ぬいぐるみとかなら、部屋に置いておけるし、柚葉が悠輝のままでも問題ない。
「何か、今日はみんなに会うし、薫子も居たりして……」
そんなことはそうそうないだろうけど。いくら薫子が来ている事が多いとはいえ、偶然出会う確率は低い。
グッズコーナーの中のアザ太スペースを目指す。適当なキャラよりは、少しは知っているものの方が良い物が選べるだろうし。
ちょっとだけ期待して、ニャニャミのコーナーを確認する。やはり薫子はいない。
「うーん……」
「あれっ……?」
アザ太コーナーに近づくと、薫子が難しい顔をして、商品を見つめている。薫子がニャニャミ以外を見てるなんて……。
「どうしたの、薫子?」
「……うーん、どれにしようか迷ってて…………えっ!?」
今日何度目かの驚きの反応。何なの、柚葉が現れるとそんなに衝撃を受けるの……?
「柚葉ちゃん! どうしているの!?」
「えっいやー……買い物のついでにちょっと……」
薫子相手でも柚葉へのプレゼントを買いに来たことは教えられない。軽く誤魔化しておく。
「薫子こそどうしたの? ニャニャミじゃなくてアザ太の所にいるなんて」
「えっ……その良いのがあったら、柚葉ちゃんに教えてあげようと思って、チェックしてたんだよ! 本当だよ!」
「そ、そうなんだ……」
何故か薫子が必死に弁解している。何だろう、推しキャラ以外を見てるのって見つかると不味いのだろうか……。
「それで、何か良いのはあった?」
「えっうーん……どれも良いと思うよー…………ごめん、私ニャニャミのチェックしないとだからっ」
薫子がもの凄い勢いで離れていく。何をそんなに慌てて……。
薫子の背を見送ってから、アザ太の方へ向き直る。さて、プレゼントに良さそうなのあるかな……。
今日は2月24日の水曜日。あと少しで学校が終わる。
「それでは、みなさんさようなら」
先生の挨拶でホームルームが締めくくられる。ようやく今日の授業が終わった。
「よし……」
プレゼントは用意した。ブーケみたいにくるまれているアザ太だ。病室に置いても変ではない。
お母さんに見つかると、不思議に思われそうだが、ただのお見舞いだと言って通せるだろう。
さて、早く帰って病院に……。
「柚葉ちゃん、今日の帰りちょっと付き合って……」
一人で教室を出ようと立ち上がると薫子に袖を捕まれる。
「えっ、いやー今日はちょっと……」
「少しの時間だけだから! すぐだから!」
「……分かった」
早く帰ってプレゼントを渡しに行きたいが仕方がない。友人にこんなに頼まれて、断ったりは出来ないだろう。
薫子に連れられて、学校を出る。いつもの通学路とは別の方向に進む。
「薫子、寄り道は……」
「ちょっとだけだよ。柚葉ちゃんは真面目だね」
いやだって、帰りはまっすぐお家に帰らないと駄目なんだよ?
くねくねと慣れない道を一緒に進んでいく。ぐるぐると回っている気がするのは、気のせいだろうか? しばらく歩いて、薫子がある場所で止まった。
「ここだよ」
「ここは……?」
民家の間にある小さな……ケーキ屋さん? どうしてこんな所に? 買い物にしても今財布ないよ?
「さ、入って柚葉ちゃん」
「ちょっと、薫子!? 押さないでって……」
ドアの前に押し出されてしまう。仕方がない、とりあえず中に入ろう。がちゃっとノブを回す。
「わっ!?」
ドアを開けると、中からぱーんっという音がする。何、えっ何……?
「柚葉、お誕生日おめでとー」
「おめでとー」
「おめでとう」
愛里沙、有華、香奈から、そんな言葉を貰う。その手にはクラッカーを持っていて……って、えっ……。
「誕生日……」
確かに今日は柚葉の誕生日だけど…………ああっ!
「そうか、私が誕生日か!」
考えてみれば、今は柚葉になっているんだから、今日は私の誕生日になるんだ……。
「柚葉ちゃん忘れてたの!?」
後ろにいる薫子からそんな声がかかる。呆れたような表情でこっち見ている。
だって、自分にとっては柚葉の誕生日で……祝う側であって、祝われる側では……。
「柚葉も、惚けてないで入った入った」
愛里沙に急かされて、お店の中に入る。店内を見ると、柚葉お誕生日おめでとうと飾り付けまでしてある。
「これ……」
「みんなで用意したんだぞ」
香奈がどっきり成功といった顔で笑う。
「今年は、柚葉が大けがして入院したりしたし、ちょっと特別なことしようって話になって」
有華は照れくさいのか、ちょっと顔を赤らめていた。
「でも、ここは……?」
「ここはお姉ちゃんの友達の家だよ。頼んで使わせて貰ったんだ」
愛里沙が凄いでしょーと胸を張る。
「ささ、柚葉ちゃんは座って」
薫子に背中を押されて、部屋の真ん中のテーブルのところの椅子に座らされる。
「えっ……あのー」
「まずはケーキ! 薫子が作ったの持ってきてくれたんだよ」
そんなものまで用意してくれたんだ……。
「食べ終わったら、プレゼント渡すから、感想よろしくー」
「選んでたら、柚葉が現れたから吃驚したよ」
愛里沙の言葉に有華が続く。そっか、この前の休みにみんなが慌ててたのは……。
「柚葉ちゃん、用事あるらしいから、急ごう!」
「えっそうなの」
「柚葉、じゃあ早くケーキ食べて!」
「ちょっとくらい大丈夫でしょ?」
薫子の言葉にみんなが反応する。愛里沙も有華も香奈もみんな私の事を考えてくれて……。
「……みんな、ありがとう」
もしかしたら、今日は柚葉の所に行く時間はないかもしれない。でも、友達が用意してくれたこの日を無駄には出来ない。
「どういたしまして」
4人が声を揃えてにこやかに返事をする。
柚葉本人は、今日のことを経験することは出来ない。でも、だからこそ私がちゃんと経験して、目を覚ました柚葉に伝えてあげるんだ。みんなが凄く優しい友達だってことを。みんなが柚葉を心配してくれてたってことを。
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