第38.5話 一年前のバレンタイン

 ※このエピソードは、悠輝と柚葉が事故に遭う少し前のエピソードです。柚葉の視点で展開しますので、そこを踏まえてご覧ください。また、柚葉目線で柚葉がすぐに目覚めていた場合のifエピソード『そんなに待ってないよ』を小6編公開までの期間で連載中です。そちらもよろしければご覧ください。



 2月に入り、バレンタインまで2週間を切った。

 今までなら、相手が好きそうなキャラクターの物を探すか、自分が気に入った物を選ぶかして渡すだけだが、今年は違う。

「……よし」

 私は、めずらしく台所に立っていた。目的は、バレンタインに幼なじみの悠輝に手作りのチョコレート渡すための試作だ。

 自分の料理やお菓子作りの腕前がからっきしなのは自分でも分かっている。でも、簡単な物なら何とかなるだろう。基本は溶かして固めるだけらしいし、ちゃんとこのためにバレンタイン用のレシピ本も買ってきたし。




 私には好きな相手がいる。幼なじみの御坂悠輝だ。いつから好きになっていたか、正確なところは覚えていないが、小学生になって最初のバレンタインには本命チョコを渡したつもりだ。

 しかし、悠輝はいわゆる鈍感なので、私の思いに全く気づいていない。私のチョコも幼なじみだから私が渡しているとか考えているみたいなのだ。

 それでも、いつかは気づいてくれるだろう。そう思っていたのだが、最近悠輝の方をチラチラ見てる子がいる。もし、あの子が悠輝を好きで告白して、二人が付き合うことになったりしたら、そう考えると不安で胸が一杯になる。

 だから、今年は手作りチョコを作って、それに悠輝でも気づけそうな分かりやすい愛のメッセージを付けて渡すことにしたのだ。

 悠輝と一番仲が良い女の子は私だし、もしあの子が同時に告白してきたとしても、悠輝は私を選んでくれるだろう。絶対にそうだ。

 そんな気持ちで慣れないお菓子作りにチャレンジ。数時間に渡る格闘の結果が、目の前にあった。

「…………」

 買っておいたハートの型を使ったはずなのに、形が何故か歪な曲線で形作られていて、言われなければハートだと分からないだろう。表面もぼこぼこしている。せっかく2層にしたのに上の層と下の層が混ざってるし……。

 いや、でも練習すれば形は何とかなるはずだ。きっと型に流し込む時にコツが必要なのだ。レシピ通りにやってこうなったのは何かの事故だ。

「味が良ければ大丈夫だし」

 お菓子なんて食べれば、無くなるのだ。問題は口に入れたときの味。それさえ良ければ問題ない。

 不格好なチョコレートを両手で持って一口囓ってみる。

「……っ!?」

 不味っ! え、何で? 溶かして固めただけだよ? 何かの分量間違えた?いやいやそんなはずは……。

 口に入れたチョコレートを慌ててはき出した。水を飲んで口直しをする。それでも、さっきの味がまだ口の中に残っている。

「うえぇ。これは悠輝には食べさせられない……」

 こんなものを渡したら、絶対に嫌がらせだと思われるだろう。下手をすれば、そのまま絶交なんてことも……。

 私はちゃんとやったのだ。レシピも見たし、だいたいそのまま作ったし。これはあれだ、料理下手のママの呪いだ。私はそんなことを考えながら項垂れるしかなかった。




「はぁ」

 どうしよう。悠輝に手作りチョコを渡すと決めたのにあの不味さ。今から練習して間に合うのだろうか……。

「柚葉ちゃんどうしたの? 溜息なんか吐いて」

 いつの間にか隣に来ていた薫子が心配そうに聞いてくる。

「うーん? 上手く出来なくてさ」

「何が?」

「チョコ」

「ええっ!?」

 薫子がいきなり大きな声を出す。驚いて薫子の方を見ると、その顔は青ざめていた。

「ゆ、柚葉ちゃん……そのみんなでチョコ持ち寄る時に手作りは止めた方が……ほら倒れたりすると大変だし」

 何だかとても失礼な事を言われている。いや、あんなものを作った後だから否定も出来ないけど……。

「違うよ。友チョコはちゃんと買うよ。作るのは……そのっ」

「友チョコじゃないなら……あぁそっか、御坂くっもごふご」

 薫子がこんな教室のど真ん中でとんでもないことを口走ろうとしているのに気づき慌てて口を塞ぐ。誰が聞いているか分かったものではないのだ。あの女とか。

「大きな声で言わないで。それに……そ、そういうのじゃないから」

 恥ずかしさで顔が赤くなっている気がしたので顔を背ける。

 もう薫子にはばれている気がするが、それでも自分の口で伝えるのは、ちょっと気恥ずかしい。勿論、無事に付き合えたら報告するけど。

「ふーん。でも、御坂君にあげるんでしょ?」

 薫子がさっきよりも声を小さくして言う。一応気を遣ってくれたらしい。

「さあね……」

 一応とぼけておくが、まあ他に渡すような相手もいないし、絶対にばれた。むー。

「あっじゃあ、私の家で練習する?」

「え、いいの?」

 以前、お菓子作りを教えて貰ったときに、もう絶対に料理とかしないで! と怒られたから、無理だと思って頼まなかったのに。

「いいよ。柚葉ちゃんが暴走しないようにちゃんと見てるから。親友の恋くらい応援したいし」

 そんなことを言って薫子がにこっと笑う。こういう恥ずかしいことをさらっと言えるところは格好いいと思う。




 というわけで、次の土曜日に薫子の家にやってきた。バレンタインまで一週間しかないし、まともなものを作れるようになりたい。

「いらっしゃい柚葉ちゃん!」

「うん、お邪魔します」

 そう言って慣れた動きで家に上がる。もう何度も来ているし勝手も分かる。薫子が用意してくれた来客用のコグマルのスリッパを履いてリビングに向かう。

「本があるんだよね? 見せて」

「うん」

 作る予定のレシピが決まっていることは事前に話しておいた。教えて貰うためにも一度見て貰った方が良いので、ちゃんと家から持ってきたのだ。というわけで、ページを開いて、薫子に渡す。

「どれどれ……」

 本を見ている薫子の表情がだんだん曇っていく。もしかして、薫子でも出来ないくらい難しいものを選んでしまったのだろうか。

「難しい?」

「いや、難しいというか……凄く簡単なはずなんだけど……」

 その割に凄く表情が曇っているけど。目が泳いでるし。

「……?」

「これでレシピ通り作って駄目って一体……柚葉ちゃんに作れるものってあるのかなーっと……」

「薫子、さすがにその言い方は酷いよ」

 あんまりな言い方なので抗議する。

「だって……」

「それに、ちょっと失敗しただけだよ。薫子がちゃんと教えてくれれば美味しく作れるもん……多分」

 薫子がじとーっとこっちを見る。そんなに私を信用出来ないのか。

「まあ、試しに作ってみようか」

 薫子の言葉に頷いて二人で台所に向かう。貸して貰ったコグマルのエプロンを着けて準備完了。

「そういえば、薫子のママは?」

「ママは出かけてるよ」

 そっか。薫子のママもいれば心強かったのに。まあ、薫子だけでも大丈夫か。うむ。

「じゃあ、まずはチョコを溶かしやすいように小さめに刻んで」

「うん」

「私、ちょっと料理用温度計取ってくるから、終わったら待っててね」

 言われたとおりに用意して貰ったチョコを刻んでいく。何か必要な物があるのか薫子がリビングの方へ向かっていった。

「こんなもんかな。次は……」

 次はボールに入れて湯煎すると書いてある。薫子が用意していたボールにチョコを入れる。

「湯煎……」

 この前もレシピの写真を見ながら、見よう見まねで何とかやったが……。他の道具はまだ用意してないみたいだし……。

「要は溶ければ良いんでしょ」

 ボールを電子レンジに突っ込む。

「えっと……あれ? うちのと操作が違う……」

 色々と機能が付いていて分かりづらい。適当でいいか。えい!

「ただいまーって、柚葉ちゃん? 何でレンジを……ってああっ!?」

「何、そんなに大きな声出して……」

「湯煎するってなってるのになんでレンジに入れてるの! しかも金属をレンジに入れたりしたら――」

 ぼかんっという大きな音がレンジから響く。見ると黒い煙が上がっていて……。

「もう柚葉ちゃん! レンジ壊れちゃったじゃん!」

「ごめん……まさかこんなに簡単に壊れるなんて……」

 薫子がもの凄く怒っている。壊しちゃったし無理もないけど。

「ごめんなさい……弁償します」

 深々と頭を下げる。家に帰ったらママに頼もう。

「いいよもう。後で一緒にママに謝ってね……」

「うん」

 薫子に許して貰って作業を再開する。チョコレートは駄目になってしまったのでまた刻みなおし。

 湯煎してチョコがほどよく溶けている。

「これで色を付けるんだけど……」

 受け取って、蓋を開けてひっくり返す。あれ、出ない?

「ちょっとずつだよ。一滴ずつ様子見ながらね」

「……面倒だなぁ」

「柚葉ちゃん……」

 呟きが聞こえたのか薫子が怒った声で名前を呼んでくる。さっきの失敗もあるし、大人しく従っておこう。

 ちょっとずつ色素を加えて、ピンク色のチョコレートが出来上がる。

「で、次に型に入れるんだけど……って柚葉ちゃん何出してるの?」

「え、悠輝がモンブランとか栗好きだから入れようと思って……」

 薫子が一瞬呆れた表情になったかと思うと大きい声で話し出す。

「せっかくきれいにピンク色にしたのに何で栗入れようとするの!?」

「でも……」

「柚葉ちゃんは初心者なんだから、アレンジ禁止!」

 確かに初心者だけど……ぐぬぬ。へたくそな自分が悔しい。




「出来た……」

 その後、薫子に言われるままに作っていき無事にチョコレートが完成した。ピンクと普通の茶色の2層になったハートのチョコ。今度は見た目もしっかりしている。

「味は……」

 試しに囓ってみる。特別美味しい訳じゃないが、ちゃんとしたチョコレートの味がした。

「おおー、ちゃんとチョコレートだ……」

「普通はどうやってもチョコレートだよ」

 薫子の言葉がぐさぐさ刺さる。

「後は、前日にこれと同じのを作るだけ」

「うん、ちゃんと同じように作ってね? 思いつきは駄目だよ?」

 薫子が呆れたような心配したような顔で釘を刺してきた。

「分かってるよ!」

 悠輝にはちゃんとしたのを渡したいし、習ったとおりに作る!




 バレンタイン当日。今日は土曜日なので学校はない。

「これバレンタインのチョコ、メッセージも読んでね。……これバレンタインのチョコ、メッセージも読んでね」

 部屋で渡す時の言葉を繰り返し練習する。伝えたいことはメッセージカードに書いたし、ちゃんと渡すだけでいいのだ。

「よし……」

 決意して、家を出て、悠輝の家の前まで行く。と言ってもマンションの隣の部屋だし、すぐそこだ。今は12時半。悠輝が遊びに出かけるとしたら、13時過ぎが多いしまだいるはずだ。

 鞄にちゃんとチョコは入れた。可愛くラッピングしたし、大丈夫。……悠輝喜んでくれるかな……。何だか不安になってきた。

「これバレンタインのチョコ、メッセージも読んでね。……これバレンタインの……」

 がちゃっと、悠輝の家のドアが開く。まだ、呼び鈴も鳴らしてないのにドアが……。

「あれ、柚葉? 何か用?」

「ゆっゆゆ悠輝!?」

 そんな、なんでいきなり!? まだ心の準備が……。

「柚葉、どうかした?」

「な、何でもない……」

 えっと、何て言うんだっけ……そうだチョコを……。

「俺、今から当麻達と約束あるから、出かけるけど何か用事?」

「えっあ……別に大した用じゃないから、行って良いよ……」

 良くない。全然良くない。何言ってるんだ私!

「そう? じゃあ、またね柚葉」

 悠輝がエレベーターの方に歩いて行こうとする。

「ちょっと待って!」

「うん?」

 悠輝が振り向いて止まってくれた。チョコ。早くチョコを……。

「これ! バレンタインの……えあぁ」

 これ、お兄ちゃん用の奴だ。何で鞄に入ってるの!? えっ私入れたっけ?

「あ、そうか。今日バレンタインか。毎年ありがとう柚葉。ホワイトデーにお返しするね。じゃっ」

 悠輝がチョコを受け取って行ってしまう。ああ、何でこんなミスを……。悠輝はもう下に降りてしまった。

「せっかく作ったのに……」

 これでは悠輝と付き合う計画が……。むー。

 鞄から渡す予定だったチョコを取り出して、開ける。渡せなかったんだ、もう自分で食べてやる。

「って、ハートが割れてる……」

 何てことだ。昨日の夜はちゃんとしてたのに……。これなら渡せなくて良かったのかもしれない。

「おまたせ!」

 マンションの外で悠輝の声が聞こえた。友達が下で待っていたらしい。

「……来年こそ……来年こそ絶対に渡すんだから!」

 遠くに見える悠輝に向かって叫ぶ。言ってから恥ずかしくなり慌てて自分の家に引っ込んだ。多分、私が叫んだとは気づかれなかっただろう。

「そうだ。来年こそ来年こそは……」

 もっと上手く作って、悠輝好みの髪が長くて可愛い女の子になって、それで今度こそ悠輝に告白するんだ。

 私は、そう胸に決意して割れたチョコレートを口に入れた。



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