第38話 その時まで待ってる

 柚葉にチョコを渡す。そう決意したものの、どういうチョコを用意すれば良いのか分からない。というわけで、今日は放課後に図書室に来ていた。

「確かこの辺りに……」

 柚葉になってから度々利用しているお菓子作りの本が並ぶコーナー。そこでバレンタインとタイトルについた本を見た記憶がある。

「あれっ……?」

 しかし、見つからない。何冊も似たようなのがあったはずなのに……。

「柚葉ちゃん何探してるの?」

「ひゃっ!?」

 突然後ろから声がする。驚いて変な声を出してしまった。振り返るとそこには薫子がいた。

「か、薫子……」

 昨日は学校を休んでいて病み上がりだし、付き合わせるのも悪いと思って、教室に置いてきたのだが、まだ帰っていなかったらしい。

「いつの間にか居なくなってるんだもん。探したよ」

「あはは、ごめん……」

 冷静に考えてみれば、一言声を掛けておけば良かった。いつも一緒に帰っているわけだし。チョコの事で頭がいっぱいになっていた。

「それで、柚葉ちゃんは何の本探してたの?」

「えっいや、その……」

 何となく言いづらくて、言い淀んでしまう。何というか、恥ずかしいやら何やら。

「ちょっチョコの……」

「チョコ? あっ! もしかしてバレンタイン……もごもご」

 薫子が大きな声を出したので、慌てて口を押さえる。人に聞かれるのは、どうしてだか恥ずかしい。

「大きな声で言わないでよ……」

「うん? ごめんね。それでバレンタインチョコの本を探してるんだよね?」

 こくりと頷く。何か丁度良いレシピでもあればと思って探していたのだ。

「多分、全部借りられてると思うよ」

「えっ!?」

「だって、もうすぐバレンタインなんだから、実際に作るかどうかは別にしても、借りていく子多いよ」

 言われてみれば、女の子のほとんどが同じバレンタインの日に向けて動いているのなら、ここにあった数冊の本もなんてすぐに無くなるだろう。

「じゃあ、借りるのは無理そうだね……」

 仕方がない。それなら本を買うなり、ネットで良いレシピを探すなりしよう。

「柚葉ちゃん、去年買ったのじゃ駄目なの?」

「?」

 残念そうにしていると、薫子が不思議そうに聞いてくる。

「だから、去年も手作りチョコ作るって言って本買ってたでしょ! 一緒に練習してあげた時持ってきてたじゃん!」

「えっあ……うん?」

 去年の本? バレンタインチョコの本? 柚葉が手作りチョコを作ってた……?

「もう、何で忘れてるの! 柚葉ちゃんうちの多機能電子レンジ爆発させたりしたのに!」

 え、爆発……? えっ? えっ……!?!?

 一度によく分からない事実を告げられて頭がこんがらがる。えっと、えっと……。

「ちよっと、柚葉ちゃん大丈夫?」

「あ、えっ? だっ大丈夫だよ?」

 全然大丈夫じゃないが、薫子の前で混乱していても仕方がない。考えるのは後にしよう。

「本当に?」

「本当に本当に。うん、大丈夫……そう、本は去年買ったの使えばいいよね。うんうん」

 薫子が疑わしげにじとーっと見てくるがスルーしておく。

「じゃあ、用事も無くなったし帰ろう、薫子」

「……うん」

 しばらく、訝しげに見つめてきたが、追求を諦めてくれたのか頷いてくれた。




「えっと……どこ?」

 家に帰ってから、本が入っていそうな場所を片っ端から探しているのだが見つからない。

「もしかして、捨てちゃったとか……?」

 しかし、柚葉が買った本をすぐに捨てたとは考えにくい。自分と入れ替わる前に捨てたとなると、買って数ヶ月で捨てたことになる。雑誌ならともかく、レシピの本をそんなにすぐに捨てないだろう。普通の人でもあまりしない。物を大事にするタイプの柚葉なら尚更だ。

「お手上げ……」

 両腕を頭の上に投げ出して、カーペットに倒れ込む。捜し物は探している時には見つからないというし、買った方が早いかも知れない。

「…………柚葉の手作りチョコ」

 本のことを諦めると、今度はもう一つの気がかりが頭を過ぎる。

 薫子は、去年柚葉が手作りチョコを作ったと言っていた。それは一体誰のために作ったのか……。

 もちろん悠輝じぶんは貰っていない。去年貰ったのは、お店で売っているタイプのチョコだった。毎年そういうチョコである。

 つまり、柚葉は悠輝以外の誰かに渡したということだ。料理やお菓子作りなんて一切出来ない柚葉が頑張って。

「やっぱり、薫子の勘違いじゃないかぁぁぁぁ!」

 頭を抱えてカーペットの上で転がったりジタバタしたりする。恥ずかしい。柚葉が自分の事を好きかも知れないなんて思っていた自分が恥ずかしい。

「ああっ、もうぅぅ」

 薫子に言われたからとはいえ、何て勘違いをしていたんだ。自信過剰も良いところだ。

「だって、柚葉には手作りチョコを送るくらい好きな相手が……」

 どうしてか、胸の辺りが苦しくなる。ムカムカして気分が悪い。どうしてこんな気持ちになるのか。柚葉が誰を好きでも自分には関係ないのに。

「用意した方が良いのかな……」

 去年柚葉が手作りチョコを渡した相手に。去年渡して、もしも仲良くなったりしてるのなら今年も渡した方が……。

 でも、それは自分がチョコを作って渡すということになる。柚葉が好きな男の子に柚葉として、チョコを……。

「無理っ絶対無理!」

 想像しただけで気持ち悪い。何でそんなどこの馬の骨とも知れないやつに柚葉のフリしてチョコを渡さないといけないんだ。……ムカつくぅ。

「だいたい柚葉になって入院してる間も一度も来てないじゃないか! その時点で柚葉のチョコを受け取る資格なんてないし、柚葉にふさわしくない」

 そもそも、どこの誰かも分からないのだ。そんな奴のことは無視。考えなくても良い。

 ふんすと鼻をならす。あーもう、何なんだよ柚葉から手作りチョコ貰っといて一切音沙汰がない最低男は。柚葉になってから一度もそれっぽい男、寄ってきてないぞ。

 考えていたら、またイライラしてきた。どうしてこんな気分にならないといけないのか。

「ただいま」

「……おかえりっ」

 部屋のドアを開けて声を掛けてきたお兄ちゃんを睨む。

「何怒ってるんだよ。俺、何かしたか?」

「別に……」

 虫の居所が悪い時に話しかけてきた。それだけだ。




 目の前の商品を物色する。見ているのは、どれも可愛らしいラッピング用品だ。

 作るチョコはまだ決まっていないが、先に確実に使いそうな材料だけでも確保しようと、買い出しに来たのだ。

「ハート型は……やり過ぎかな」

 一度手に取ったハート型の箱を棚に戻す。本命チョコにはならないのだし、違うだろう。

 もっとシンプルなものが良いかもしれない。四角とか丸とか。

「柚葉ちゃん決まった?」

「ううん。まだ決まらない」

 買い物に付き合ってくれている薫子が傍に来る。その手にはニャニャミの柄のラッピングセットが何セット分か握られている。

「あ、これ? 可愛いでしょ。みんなにあげるのに使うね。柚葉ちゃん用にアザ太のも探しておくよ!」

「うん、ありが……私用?」

 え、もしかして薫子って柚葉ラブなの? 友達としてのライクじゃなくて?

「うん。柚葉ちゃんにもいつも友チョコあげてるじゃん」

「友チョコ……うん、そうだったね」

 そういえば女の子同士で渡し合う友チョコとか言うのがあるんだった。男の自分には関係なかったから、頭から抜け落ちてた。

「あ、えと私も何か用意するね」

「うん。今年の柚葉ちゃんなら、手作りでも問題ないよ」

 柚葉の手作りの評価が……。でも、そうか。友チョコも用意しないといけないのか。準備することが益々増えた。

「そういえば、本は見つかった?」

 薫子が思い出したように聞いてくる。昨日の私の様子が変すぎて頭に残っていたのかもしれない。

「ううん。見つからなかった」

「そっか。柚葉ちゃん、あんなに大事そうにしてたのになくしちゃうなんてドジだなぁ」

 薫子が呆れた顔をする。しかし、引っかかる言葉があった。

「大事そうに?」

「してたじゃん。本抱きしめながら、にやにや笑ってたりして。作るレシピのページに色々と書き込みしたりして」

 それは随分と恥ずかしいところを見られたようだが……そうか、大事にしてる物か。それなら、もしかして……。

「ごめん、薫子。先に帰るね」

「えっ!? 急にどうしたの?」

 予想外の言葉だったようで薫子が素っ頓狂な声を上げる。

「本の場所思い出したかも。気になるから家に戻るよ」

「わ、分かった」

 薫子の返事を聞いて、お店を飛び出す。柚葉が大事にしてるものなら多分あそこにある。




「ただいま!」

 靴を脱いで、すぐに柚葉の部屋じぶんのへやに向かう。机の下に潜り込み目当ての物を取り出す。

「これこれ」

 取り出したのは、お菓子の缶。そう、柚葉の宝箱(仮)だ。

 蓋を開けて中身を確認する。入っている物を一度取り出してもう一度確認する。

「やっぱり……」

 思った通り、缶の底に思っていたよりも薄くて小さい本が入っていた。缶の底とほぼ同じサイズで、上に物が乗っていると本があるとは気づきにくい。前開けたときは、リボンにばかり目が行っていたのもあって気づかなかった。

「よしっ」

 意気込んで本のページを開く。宝箱に入っていた本だと思うと見てはいけない物のような気がしてくるが、この本が必要なので仕方がないことにする。

 ページを捲っていくと、開き跡がついたページがあった。よく見ると色々と書き込みがしてある。多分去年作ったのはこれだ。

 レシピ自体は、この本の中でも簡単な物だ。好きな形に型を取る2層のタイプ。ページには、ハート型、上の層はピンクとか書かれている。これは完全に本命チョコを作った証拠である。

「……柚葉が誰かにハート型のチョコを……うん?」

 ページを捲ってみると次のページに何か、紙が挟まっている。

『来年こそ、ちゃんとしたの完成させて渡す!!』

 と書かれているメモ用紙。その下に小さく1年練習すればお菓子作りもきっと上手くなるはず……とか書かれている。

「もしかして、柚葉は手作りチョコ渡せてない?」

 というか、完成すらしてない? それってつまり……。

「……柚葉が誰かに手作りチョコを贈ったわけじゃないんだ」

 そっか。誰か好きな人がいるって決まったわけではないんだ。そうなんだ……。うん?

「来年こそ……?」

 何か柚葉が言っていたのを聞いたような……うーん。駄目だ、思い出せない。

 でも、その来年が今年なわけだ。柚葉の代わりに手作りチョコを作るのも、柚葉になっている自分がしてあげられることだろう。

 その渡したい相手が悠輝じぶんとは限らない。そうだとしても、こういうのは本人がやらなきゃ意味がないことだろう。もし渡したい相手が悠輝じぶんだったとしても中身的にはあべこべな状態だし。

「来年こそはって思ってた柚葉の気持ちは大事にしたい」

 そうと決まれば、これを作るしかない。

「型は……多分一緒に入ってたこれかな」

 ハート型の少し大きめな型も宝箱に入っていた。クッキーに使うにはでかいと思ったが、バレンタインチョコ用だったのだ。

 レシピを確認していく。色々なお菓子作りに挑戦していた甲斐あって、簡単に作れそうだ。レシピの最後に目を止める。

「メッセージ……」

 チョコレートの上にデコペンでメッセージを書こう! となっている。何を書くか悩んでいたのか、何かを書いて塗りつぶした跡がある。何が書いてあったかは読み取れない。

 メッセージ。柚葉から相手へのメッセージ……それとも、悠輝から柚葉へのメッセージ?




「やっぱり、起きてたりしないよね」

 病室の扉を開けて、いつもと変わらない自分の体を見て、そう呟く。

 今日はバレンタイン当日、学校のない日曜日なので午前中からやってきた。後で薫子たちと友チョコを持ち寄ってチョコレートパーティーをする予定になっているので、早い時間に来たというのもある。

 扉を閉めて中に入り、いつも通りベッド脇の椅子に座る。

「出来れば、食べて欲しかったな。せっかく作ったんだから」

 まあ、そんなに都合良く目覚めてくれるとは思っていない。食べてもらえないのが、ちょっと寂しいだけだ。

「えー、ごほん……」

 柚葉は寝たままだが、一応姿勢を正す。何か緊張するな。もしかして、柚葉も毎年チョコをくれるときは、こんな気持ちだったのだろうか。

「これ、バレンタインのチョコ……です。受け取ってください」

 もちろん返事はない。気持ち的な問題だ。

「んふふっ、変だよね。いつも一人で話してて……」

 でも、柚葉が聞いてくれているようなそんな気がするから、止められないのだ。止める気もない。

「……うぅっ、今日はさすがに恥ずかしいなぁ。チョコ、冷蔵庫に入れておくから」

 手作りだと、あまり日持ちしないし、きっと食べてもらえないだろう。でも良いのだ。作ったことに、メッセージを送ったことに意味がある。

「じゃあ、また来るね。柚葉」

 チョコレートには、今の柚葉に、眠ったままの柚葉に一番伝えたい言葉を書いた。もしお母さんに見られても問題ない言葉で。

『その時まで待ってる』

 柚葉が目を覚まして、また面と向かって会えるその時まで。いつまででも、どれだけ時間が経とうとも。それが彼女のために出来る一番のことで、自分が一番やりたいことだから。



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