第37話 今年は渡す側なんだ……

 新年になったかと思えば早いもので、今日から2月になった。

 良いか悪いか柚葉としての生活にも大分慣れたので、前ほど苦労することもない。

「楽しみだねー。面白いって話題になってるみたいだよ」

 愛里沙がうきうきとしている。

「それ何回も聞いたって。今から見るんだから落ち着きなさいよ」

 ずっとそわそわうきうきの愛里沙を有華がなだめている。

 今日は二人と一緒に映画を見に来たのだ。ファーストデーとかいうので、料金がいつもより少しだけ安い。というわけで学校が終わってからやってきた。様子からも分かるように愛里沙が言い出しっぺだ。

 元々は5人で来る予定だったが、薫子は風邪で学校を休んでしまい、香奈は家の用事が出来たとかで来られなくなった。

 というわけで、この3人。柚葉としての友人関係も慣れたつもりだが、このメンバーだけで行動するのは初めてなので、少し緊張する。

 みんなでチケットを買って、シアターに向かう。途中、愛里沙がポップコーンセットを買いに行ったが、私と有華はやめておいた。映画館は食べ物が高いのであまり買う気がしない。しかも、今は柚葉のお小遣いで生活しているので、余計に使いづらい。

 チケットを買った際に選んだ席に座って、待機する。平日だというのに思ったよりも人が多い。大半が女の人だ。

 今から見るのは、簡単に言えば恋愛映画だ。愛里沙が好きな俳優さんが出ているとか。バラエティ番組やCMで宣伝されているのを何度も見たし、愛里沙が言うように話題ではあるだろう。

 長い予告映像を眺めているといよいよ本編が始まった。少しだけ姿勢を正して、スクリーンを見る。お金を払って見るんだから、ちゃんと見ないと勿体ないし。




「最後良かったね! 私感動して泣いちゃったよ」

「思ったより良かったかな」

 映画を見終えると、愛里沙が楽しそうに笑う。本人が言うとおり、頬を涙がつたった後があり、実際に泣いたのが分かる。

 かくいう私も泣くほどではないが、十分に面白かった。最後の告白シーンは中々熱いものがあった。

 悠輝の頃は恋愛映画なんて見ようとも思わなかったのだが、見てみると存外に面白い。ただの喰わず嫌い的なものだったのか、女の子になったから面白いと感じるのか。いや、体が替わっても自分の性格が変わった感じはしないから、単純に喰わず嫌いだっただけかな。

「この後、どうする? すぐ帰る?」

 有華が私たちに問いかける。今はだいたい17時を過ぎたところ。別に急がなくてもいいが、のんびりしてると夕飯の準備が遅くなってしまいそうだ。お兄ちゃんも部活でお腹をすかせて帰ってくるだろうし、ふむ……。

「せっかく来たんだし、少しくらい見てこうよ」

 悩んでいると愛里沙が先に返事をした。

「私は良いけど、柚葉は大丈夫?」

「うん、少しだけなら……」

 有華の言葉に頷いて返す。まあ、友達付き合いも大事だし、ちょっとだけならいいか。

「決まり! えっと、じゃあ……セールやってた2階のお店から行こうよ」

 愛里沙の案にのって3人で移動する。

 ちなみに今日来ていたのは、いつもの天衣モール3階にある映画館だ。個人的には、いつも薫子に付き合って1階のファンアニショップに来てるので、前に来てから日も経ってないし、せっかく感はない。

「ここだよ。30%オフ中だって!」

 愛里沙に案内されてやってきたのは、可愛らしい服の並ぶテナントだ。

「このワンピースとか可愛くない?」

 愛里沙がグリーンのワンピースを自分の前に当てながら聞いてくる。確かに可愛いと思うけど……。

「愛里沙、それサイズあってないよ」

 有華が思ってたことを代わりに指摘してくれる。

「これで一番小さいサイズなんだけど……」

 そもそもここだと愛里沙にちょうど良いサイズの服はないだろう。ここは子供向けのサイズが置いてあるお店ではない。同年代の中でちょっと背が高い有華はともかく、クラスでも背が低い方の愛里沙では、こういうお店はまだ無理だろう。

「お店変える?」

「そうだね。愛里沙の背丈だと無理そうだし」

「やだっ、私ここのが良い! 別に小っちゃくないし! これとかちょっと大きいけど着れるし!」

 そう大きな声で言って動こうとしない愛里沙を有華が何とか引っ張って、他のお店に移動する。これだけ騒いでしまうと、お店の迷惑になりそうだし。

「もう少し、背が伸びてからにしよう……ね?」

「…………つ、次に来るときには身長足りてるし……」

 愛里沙が悔しそうにする。可愛そうだけど、そんなすぐに身長は伸びない。下手をすると、背が低いままという可能性も……。

 しばらく歩いて、別のテナントに移動する。小中学生向けのお店みたいなので、愛里沙に合うサイズの服もあるだろう。

「これ、さっきのに似てるんじゃない?」

「えー……うーん、ちょっと違うけど……」

 最初は不満げだった愛里沙だったが、有華がいろいろと勧めると乗り気になってきたのか、自分でも物色を始めた。

 愛里沙が落ち着いたようなので、自分でも並んだ服を手にとっていく。始めは恥ずかしかった女の子の服だが、いつの間にか見るのも楽しくなってきた。一周回ったというやつだろうか。自分が着るのではなく、柚葉が着てくれるのだと考えれば選び甲斐もあるし。いや、結局自分が着ることに変わりはないけども。

 適当に見て回っていると、アクセサリーのコーナーが目にとまったので、近づいてみる。

「そろそろ、シュシュとか……」

 ずっと伸ばしてきた髪は、まだロングとは言えないが、十分縛ってもいい長さだろう。料理の時も、長い人はまとめた方が良いって言うし、この機会に買うのもいいかもしれない。

「ふむ、どっちにするか……」

 二つのシュシュを手に取る。どちらも色は水色。やはり柚葉と言えばこの色のイメージが強い。片方は、縁が白のレースみたいになっているタイプ。もう片方は、一部がリボンみたいになっているタイプだ。

「リボンのも可愛いと思うけど、慣れてないと難しいかな。頭の後ろだし……」

 縛り慣れていない上に、直接は見られない部分だ。鏡で確認しながらするつもりだが、リボンを上手い位置に持ってこられるだろうか。それなら、シンプルなレースのタイプの方が簡単で良いのでは……。

「うーん……」

 実際にやってみたら案外簡単かも知れないし、やっぱりリボン? でも、レースのも可愛いとは思うし。

 それぞれを身につけた柚葉を頭の中にイメージする。どちらも凄く可愛い。もう、両方とも買ってしまおうか。お年玉も全然使ってないし。

「柚葉、何見てるの?」

「うひゃっ!?」

 考え込んでいると、突然後ろから声を掛けられる。驚いて、変な声を出してしまう。

「そんなに、驚かなくても。あ、今度こそ買うの?」

 有華が呆れた様子で言ってから、持っている物に気づいて聞いてきた。

「今度こそ……?」

「ほら、前に来たとき……えっと10月? にも見てたじゃん。あの時は、まだ良いって言ってたけど」

 そういえば、そんな話をした気がする。確か、みんなでクレープを食べに来たときだ。あの時も気になったが、縛るほどの長さでも無かったので止めたのだ。

「……うん、今日は買う」

 二つとも持ってレジに向かう。どっちも似合うと思うし、たまには無駄遣いも良いだろう。

「お待たせ」

 会計を終えて、二人のところに戻る。何故か愛里沙がまた落ち込んでいた。

「どうかしたの?」

「気に入ったのがあったけど、お金が足りないんだって」

 訊ねると、有華が代わりに答えてくれる。服って意外と高いし、まあ仕方ないね。

「帰ったら、ママに頼んでみる!」

「うん、頑張って」

 急に立ち直って意気込む愛里沙を応援する。

 柚葉のママなら、頼めば買ってくれそうだけど、みんなのママはどうなんだろうか。愛里沙が服を買ってもらえるのを祈るばかりである。

「じゃあ、今度こそ帰る?」

 頷こうとして時計を見ると、もう18時を過ぎている。帰りにスーパーに寄るのも面倒だし、ここで買っていこう。

「ちょっと、夕飯の材料見ていっても良い?」

 お店を後にし、食料品コーナーに向かう。この時間だと、仕事帰りの人も多いのか混んでいる。

「あっキャベツが安い……」

 まだまだ冷えるし、煮込んでロールキャベツにでも……いや、時間が掛かるか。帰ってから作るとなると、簡単な物の方が……。

 何を作るか考えつつ、安い物を探していく。

「よし、鍋でいいか。豆腐とかネギとか安いし」

 野菜などで安い物を選んで買い物かごに入れていく。鍋なら、暖めながら食べられるし、温かくなるし丁度良いだろう。多分。

「よし、買い物完了」

「いやー柚葉が料理してるって事実は本当に違和感が……」

 愛里沙に酷い事を言われている気がするが、元々柚葉の料理の腕が壊滅的だったことを考えると、否定しきれない。

「お待たせ。私も買い物済んだよ」

 途中で何かを探しに行った有華が買い物袋を持って戻ってくる。

「何買ったの?」

「うん? まあチョコとか色々と……」

「ああ、もうすぐバレンタインだしね。有華は、また香奈のお兄さんにあげるんでしょ?」

 有華の返答に愛里沙がにやにやとする。

「え、いや……普段からお世話になってるし、毎年あげてるから、今年もあげるだけで別に深い意味はないからっ……」

 有華が少し頬を赤らめながら、呟くように言う。どう見ても照れている。

「へー」

「だから、にやにやしない!」

 愛里沙の態度に有華が怒る。まあ、こういうノリは言われてる方は本当に恥ずかしいから、気持ちはよく分かるよ。うん。

「それより、柚葉はどうするの? 御坂君まだ起きてないらしいけど、用意するの?」

 話を変えたいのか、有華がこっちに話を振ってくる。

「え、いや……どうしようかな。ずっと眠ったままだし……」

 自分にチョコをあげるかと聞かれているようなものなので、少し気恥ずかしくて目を背ける。

「えっあ、ごめん……」

 有華も咄嗟に言ったのだろうが、私の反応から失言だと気づき謝罪してくる。とはいえ、別に有華の発言に傷ついての反応じゃないけど。

「まあ、話はこの辺にして帰ろうよ」

 少し嫌な沈黙が出来てしまったのでそう切り出す。二人もすぐに頷いてくれてみんなで帰路についた。




「バレンタインかー」

 夕飯の片付けを終えて、ベッドに寝っ転がりながら呟く。

 言われてみれば、今は柚葉で女の子なので、今年はあげる側なのだ。

 一応、毎年柚葉にバレンタインチョコは貰っていたし、用意しても不自然は無いだろう。でも、眠ったままの相手に用意するってどうなんだろう。

「それじゃあ、本命チョコみたいになっちゃうしなぁ……」

 眠ったままで確実に受け取って貰えないチョコを用意するなんてまるで相手のことが好きみたいである。今それをやってしまうと、柚葉が悠輝を好きだと自演しているみたいなのでは……。

「あれっ? そもそも柚葉って誰かに本命チョコなんてあげてたのか……?」

 柚葉に好きな相手がいたのかは分からない。もし、薫子が言うように悠輝じぶんの事が好きだったのなら、今まで貰っていたのが本命チョコということになるが……。

「………………あーもう、分からない!」

 考えたって答えが出るはずがない。自分が知っているのは柚葉が毎年自分にチョコを用意してくれていたことだけだ。

「……一応、用意しようかな」

 毎年柚葉がチョコをくれていたのを去年で終わりにするのは何となく嫌だ。今は、自分が用意する側で、自分の気持ち一つで決められるのだ。

「もしかしたら、起きてくれるかも知れないし、願掛けも兼ねておいしいチョコを用意しよう」

 人生初の渡す側の、女の子としてのバレンタインに向けて静かに意気込んだ。



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