第36話 あけましておめでとう
「はふはふ」
現在23時30分。家族揃ってリビングで蕎麦を食べている。
こんな時間に食事をするのは、太りそうであまり良くないとは思うのだが今日は特別だ。
食べ終えてから、テレビを見ながら待機する。
「……3、2、1っ」
「あけましておめでとう」
となりに座っていたお兄ちゃんにぺこりと頭を下げる。
「ああ、おめでとう」
はい、年が明けました。意味もなく少しだけわくわくする正月です。
「はい、これ伯父さんから。この前会ったときに渡してって」
ママからポチ袋を渡される。正面にはおとしだまと書いてある。
「ありがとう……」
お年玉か。いつもなら何に使うかドキドキしてたけど、これは柚葉が貰った物なわけで。うーん。
「今度会ったらお礼言っとくのよ」
「うん」
ママにそう返事をする。伯父さんことママのお兄さんにはまだ会ったことがない。普段は東京だかにいるらしいので機会がないのだ。道ばたとかで声かけられても分からないから、早いうちに会っておきたい。柚葉の代わりにお礼を言わないとだし。
「ん?」
そんなことを考えていると、ピコーンとスマホが通知音を鳴らす。
何だろうと思って手にとって確認すると、愛里沙からあけおめのメッセージが来ていた。
「おおーこんな使い方があるのか」
今までスマホを持ってなかったので知らなかったとにかく返事を返しておこう。そう思って操作を始めると……。
「うおっ、またメッセージ?」
今度は有華から。年が明けた途端に連続で……。もしかして、準備でもしてた?
もしかしたら、香奈や薫子からも来るかもしれない。操作中にメッセージが届くと吃驚してしまうので、少し待つことにする。
テレビを見ながら、30分ほど待機。大丈夫そうなので、もう一度スマホを手に取ると、また通知音がなる。
「うわっ……何というタイミングの悪さ……」
確認してみると薫子から。文章ではなく、ニャニャミがあけましておめでとうと言ってるスタンプ。もしかして、このために買ったとか?
ともかく、そろそろ返事をしておこう。操作してそれぞれにあけおめする。来てないけど香奈にも送る。
香奈は最近スマホを買ったばかりなので、私と同じようにこういう使い方を思いついていないのかもしれない。
返事を終えて、時間を確認すると、そろそろ1時になる。もう寝ようかな。今日も遅くまで寝てられないし。
「じゃあ、おやすみ」
そう言って部屋に戻る。そういえばこんなに遅くまで起きてたの久しぶりかもしれない。
「ふぁぁ……」
大きく欠伸をしながら変な声を出す。夜更かししたし、さすがに眠い。
台所に立って、朝食の準備をしていく。と言っても私より後に寝たなら当分起きてこないだろうが。
食卓に重箱を置く。後は食べる時になったら開けるだけ。
いつもお母さんがさらっと用意していたのを食べるだけだったが、今年は自分で用意しないといけなかった。入れる物の種類が多くて中々大変だった。本当にあの頃の自分は母に対する感謝が足りなかったよ。うん。
お雑煮の用意もしておく。後で暖めてお餅を入れるだけ。
「よし、準備完了」
起きてくるまで寝直してもいい気がするが、それをするとお昼になってそう。
「適当に時間潰そうかな」
そう呟いて、一度部屋に戻る。充電しておいたスマホを手に取る。あまり変な物はインストールしないようにしているが、簡単なミニゲームくらいなら入ってるし、これで少しは暇を潰せるはず。
「って、あれ? 薫子から何か来てる」
自分が寝た後に送ってきたのか、メッセージが届いている。内容を確認すると、初詣のお誘いだ。
「初詣か……」
去年は当麻達男友達と行ったっけなぁ。思わず去年を懐かしんでしまう。また、そうなる日が来ると良いけど……来るかなぁ。いや、来る、絶対来るよ。
「確か、特に家族で出かけたりする用事はないはずだし、OKしてもいいかな」
懐かしむのを止めて薫子に返事を送る。まだ寝てると思うけど、起きたら返事が来るだろう。
「うーっ寒い……」
さすがに1月だけあって寒い。動いていたらまだしも立ち止まっているので尚更である。神社の入り口の所で薫子と待ち合わせしているが、まだ来てくれない。さすがにこの寒空の下、早く来るのは失策だったか……。
足を動かして体を暖めようと試みるが疲れるだけで大して温かくならない。うぅ早く来てー。
「よう、高木」
「うん?」
薫子を待っていると、突然名前を呼ばれる。声の主を見ると、同じクラスの当麻が男子3人で立っていた。後の2人は雄大と健太だ。3人とも悠輝の時は友達だったけど、今は違う。
「あ、あけましておめでとう石井君……と二人も」
声を掛けてきたのは当麻だけだが、一応二人にも言っておく。会話に夢中で聞いてないみたいだけど。
「ああ、あけましておめでとう。……高木も初詣か?」
「うん。今は薫子……友達待ってるところ」
も、ということは当麻達も初詣か。まあ、この時期に神社に来る理由なんてそれしかないけどね。
「そっか……じゃあ、俺そろそろ行くな」
「うん、また学校でね」
そう言うと当麻は2人と一緒に中に入っていく。クリスマスの時も思ったけど当麻も寒いならマフラーでも巻けばいいのに。また少し赤くなってたし。
それからしばらく待っていると、10分ほどして薫子がやってきた。
「柚葉ちゃんお待たせ! ごめん、ちょっと遅くなった」
「ううん、待ってないよ。じゃあ、行こっか」
本当はちょっと待ったけど、わざわざ言うことじゃないしね。
薫子と2人で神社に入っていく。正月だけあってやっぱり人が多い。参拝するだけでも並ばないといけない。しばらく、待って自分たちの番になる。今年はいつもより真剣にお参りをする。自分に出来ることがない以上神頼みしかない。
「……」
二礼二拍手一礼で願いを込める。願いごとはたった一つだ。
「柚葉ちゃん、おみくじ引こう!」
お参りを終えて歩き出すと薫子が楽しそうにそう言う。新年の運試しには丁度良いかな。薫子の提案に頷く。
2人で売り場まで行ったところで薫子がいきなり大声を出した。
「あっファンアニみくじ! こんなのあるんだ」
薫子が目をキラキラさせる。神社でこんなのあるんだ……。
「柚葉ちゃんもこれ引こっ!」
「えっ?……うん」
薫子の勢いに押されて思わず頷いてしまった。まあ、おみくじなら何でもいいか。
巫女さんに言っておみくじを引かせて貰う。さて、中身は……。
「吉……」
反応に困る。いや、凶とか出るよりいいけども……。出来れば大吉引きたかったな。その方が願いが叶いそうだし。
「あっ小吉だ」
薫子は小吉を引いたみたいだ。あれ? 小吉と吉ってどっちが良いんだっけ……小さい吉だから、吉の方が良いのかな?
「微妙だし、結んじゃおう」
「うん、そうだね……」
まあ、引いたおみくじを結ばなかったことないから、個人的には微妙とか関係ないけど。返事をして移動しようとしたところで、あるものが目に入った。
「ちょっと待ってて買う物があった」
巫女さんに聞いて、それが売ってる場所を教えて貰って買いに行く。おみくじとは別の場所で売ってるみたいだ。
「お待たせ」
買ってすぐに薫子の所に戻る。薫子はもうおみくじを結んでいたので、自分の分も結んでしまう。
「柚葉ちゃん、それ絵馬買ってきたの?」
「うん」
そう、絵馬を買ってきた。書いたことはなかったが、この願いはどうしても叶って欲しいのだ。
「こういうのは、あんまり見られると良くないって聞いたことがあるから……」
「分かった。私、屋台みたいなの見てくるね」
最後まで言わなくても察してくれたのか、薫子が離れていってくれた。
「ふぅ……」
書く内容があまり見られるわけにはいかないものだし、薫子がすぐに行ってくれて良かった。マジックペンを借りて絵馬に願い事を書いていく。
「…………出来た」
ずっと願い続けている一つの願い事を書く。『柚葉が目覚めますように。御坂悠輝』と。
神様にお祈りする時に誤魔化して書くわけにはいかない。かといって、知り合いが見たら変に思われてしまう。
目立たなそうな位置に掛ける。立ち去る前に手を合わせて祈って、すぐに立ち去る。見られたらまずい。本当にまずい。
走ってその場を後にする。変な緊張のせいで心臓がばくばくした。いけないことでもしてるみたいな気分になる。
「はぁっはぁ……」
立ち止まって息を整える。とりあえず薫子の所に行かないと。
しばらく、探してみると袋に入った綿菓子を買っているところだった。
「あ、柚葉ちゃん見て! ニャニャミの絵の綿菓子があったんだ!」
「そっか、良かったね」
「うん。一緒に食べよう」
新年早々薫子は楽しそうだな。その様子を見ているとこっちまで元気になってくる。
「おまたせ。絵馬はちゃんと書けたの?」
薫子が綿菓子を持ってこっちに来る。
「うん、大丈夫」
「……柚葉ちゃん、きっと大丈夫だよ」
そう言って薫子が少しだけ真剣な顔になる。
「柚葉ちゃんがこんなにお願いしてるんだから、神様もすぐに御坂君を目覚めさせてくれるよ」
「……うん」
ファンアニに夢中かと思ったら、急にこんなこと言ってくれるんだから。薫子は本当に良い友達だ。
「あ、そういえば……」
まだ直接言ってなかったことを思い出す。こういうのはちゃんと言った方が良い。
「改めて、あけましておめでとう」
柚葉としての新しい年が始まった。いつ戻れるか分からないけど、今年も出来る限り頑張ろう。優しい友達も居てくれるしね。
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