第35話 掃除をしてて見つけたもの

 クリスマスが終わるともう今年も終わりだ。そう年末である。

 入れ替わってすぐはこの体のまま年を越すことになるとは思わなかったな……。

 さて年末といえば、そう大掃除である。今までは両親を手伝う形でやっていたが、今年はそうもいかない。仕事で忙しい柚葉の両親のことを考えれば、自分が主導で進めておかないと。

 そんなことを考え、クリスマスを終えてから少しづつ掃除を進めてきたが、残すところは、自室こと柚葉の部屋だけになった。正確にはお兄ちゃんの部屋も簡単にしかやっていないのだが、また変な本とか見つけても悪いし自分でやってもらいましょう。うん。

「うーむ……」

 私は難しげな表情で唸る。どこをどうすれば良いのか悩ましいためだ。

 柚葉になり、この部屋で生活をするようになってから半年以上経つが、実は極力弄らないようにしていたのだ。さすがに幼馴染みとはいえ女の子の部屋を勝手に物色するのは気が引けるし。学校で必要な物を探したり、夏物と冬物の服の位置を取りやすいように動かしたりしかしていない。今回もあまり下手に弄らず表面だけにしておこうか……。

「でも、隅々まで掃除したい! 見えないところをそのままにすると埃とかたまりそうで嫌だしっ!」

 せっかくの大掃除だし徹底的に綺麗にしたい。でも、勝手にあれこれ弄るのも気が引ける。中々どうするか決められず、この部屋が最後になってしまったのだ。

「………………」

 とはいえ、柚葉に見られて困る物などあるのだろうか。下着どころか一糸纏わぬ姿すら毎日のように見てしまっているのだ。今更、それ以上のことがあったりは……。

「…………………………よし、隅々まで徹底的に掃除しよう」

 きっと大丈夫だろう。柚葉がまさかお兄ちゃんみたいないかがわしい物を隠してるわけないしね。うんうん。

 というわけで、掃除を開始する。普段動かさない物を動かしたり、引き出しを全部引っ張り出して、中身を全部ひっくり返して綺麗に拭いたりしてから、整理して入れ直したり。

 しばらく順調に掃除をしていたのだが……。

「…………怪しい」

 勉強机を整理していると、普段は移動式の引き出しの部分に隠れて見えない棚部分から四角いお菓子の缶が出てきた。軽く振ってみるが音や重さから、確実にお菓子でないことは分かる。

「開けても良いかな……」

 蓋に手を掛けて空けようとして、すぐに手を引っ込めた。

「いや、まぁ中身見なくても掃除は出来るしね……うん」

 変な物が入っていたら正直受け止められないかもしれないし。世の中には知らなくても良いことがあるのだ。

 とりあえず邪魔になるので机の上に上げて掃除を再開する。隅々まで拭いて、順番を分かりやすく並べ替えたり整理していく。

「下の棚はこんなものかな……」

 一区切り付いて立ち上がる。

「痛っ!?」

 しかし、机の下に入り込む形になっていたため、頭をぶつけてしまった。同時に後ろでガシャンと音がした。

「ガシャン……?」

 ぶつけた頭を抑え、涙目になりながら、恐る恐る振り返ると先程机の上に置いたお菓子の缶が落ちていた。蓋は開いていて、微妙に中身が飛び出ている。

「…………あははは」

 わざとらしく笑いながら、恐る恐る缶の方に近づく。見てはいけないと思うと、余計に気になるものだ。

 慎重に手にとって中を確認する。

「これは…………?」

 中には、色々な物が入っていた。統一性はなく、玩具のアクセサリーからお菓子の型、可愛いデザインのシャーペンなど中身は様々だ。

「もしかして、柚葉の宝箱的なもの……?」

 自分も普段使わないような大事な物は纏めて仕舞っていたし、その可能性もある。自分から見たらよく分からないものでも柚葉からしたら大切な物かもしれない。

 一応一通り確認してみたが、特に壊れているものはないみたいだった。

「中身が無事で良かった……」

 本人が寝ている間に壊してしまうなんて、事故だとしても笑えない状況である。

「とにかく、これは元の場所に片付けておこう……ん?」

 缶を持ち上げて立ち上がると近くに何かが落ちているのが目に入った。もしかしたら、缶が落ちたときに飛び出た物かもしれない。そう思い、それを手に取ってる。

「これって、リボン?」

 どこでも買えそうな、いかにも子供向けのゴムの付いた水色のリボンだ。大分痛んでいて、古そうな印象を受ける。

「何か見たことあるような気がする……」

 何となく見覚えがあるような。いや、昔柚葉が着けていたのを見ただけかな。

 缶の中身だったのかは判別が付かないが、念のため入れておいた方が良いだろう。覚えておけば、後で聞かれても教えられるし。

 缶を元の位置に戻し、机の片付けを済ませる。物の整理は大体終わったし、後少しで完了するだろう。

「って、もうこんな時間か!」

 部屋の掃除ばかりしてもいられない。夕飯の買い出しに行ったり、洗濯を取り込んだり、することはたくさんあるのだ。

「一旦、中断して……」

 また、慌ただしく動き始める。やることを全て終わらせて一息吐く頃には夕方になっていた。

「くうーっ」

 ようやく腰を下ろせた私は、ソファに背を預けて大きく伸びをする。完全に力を抜いてぐったりとおっかかる。

 すると、連日の疲れからか次第にうとうとと意識が薄れてきた。

 意識を保とうと健闘していたが、ついには瞼が落ちてしまった。



     ◇     ◇     ◇



「悠輝、あんまり遠くに行ったら駄目だからね」

「うん」

 お母さんの言葉に元気よく頷く。

 今日は4月から暮らすことになる新しい家であるマンションを両親と一緒に見に来たのだ。

 同じく4月からは小学校に行くことになるしで、少し不安もあるけれど、それ以上に色々と楽しみだ。新しい家では自分の部屋が貰えることになっているし。

 ぼくは、お母さんから離れてとある場所に向かっていた。その場所はマンションに来る途中に通りすがった駄菓子屋さんだ。今、頭の中はお小遣いに貰った200円で出来るだけたくさんのお菓子を買うことで一杯だった。

「……ん?」

 行きに来た道を近くの駄菓子屋の所まで歩いていると、泣き声が聞こえてきた。気になって、声の方まで歩いて行く。すると、道ばたで同い年くらいの女の子がしゃがみ込んで泣いていた。

「どうしたの?」

 声を掛けると女の子が顔を上げてこっちを見る。しかし、女の子は黙り込んだまま何も言ってくれない。

 早く駄菓子屋さんに行ってお菓子を買いたいけど、泣いている女の子を放っておくのは絶対に良くない。女の子には優しくしなさいと、先生とかお母さんとかが言ってたのだから。

「ねえ、どうしたの?」

 自分もしゃがみ込んで、もう一度声を掛ける。

「…………おにいちゃんもパパもママもおうちにいないの」

「きっと、すぐにかえってくるよ。そういうときはおるすばんするんだよ」

 女の子の言葉で、いつの間にか家族が出かけていたことが予想できたので、どうすればいいか教えてあげる。多分すぐに帰ってくるのだ。家のお母さん達もお留守番してるとすぐに帰ってきたし。

「いっしょにいるっていったもん! たんじょうびにはあそびにいこうって!」

 僕の言葉が気に入らなかったのか、女の子は怒ったように大きな声を出す。

「……ごめんなさい」

 気圧されて思わず謝ってしまう。

「…………ん?」

 しばらく沈黙が続いていたが、あることに気づく。

「えっと……たんじょうびなの?」

「うん? ……うん、わたしたんじょうびだよ」

 大声を出したことで少し落ち着いていたのか、すぐに返事をくれる。誕生日か。それなら。

「ちょっとまってて!」

 女の子にそう言って、返事を待たずに走り出す。当初の予定通り駄菓子屋に。

「えっと、えっと……」

 しかし、買おうとしてるのは、当初の予定のお菓子ではない。

 あまり広くないお店の中を見て回って、それっぽいものを探す。ぐるぐると無駄に3周くらいしたところで、良さそうな物があった。

「あっ……200円……」

 貰ったお小遣い全額をそれ一つで使い切ってしまう。一番安い棒スナックすら買えなくなる。

「うーん、でも……でも」

 女の子に待っててと言ってしまったし、今更やめるわけにはいかないだろう。

「これください!」

 奥に座るおばあさんに声を掛けて200円を渡してそれを受け取る。それを握りしめながら慌てて女の子の所まで走っていく。

「って、あれ……?」

 せっかく戻ってきたのに女の子がいない。まさか帰ったのだろうか。

「どこいってたの?」

「うわっ!?」

 いきなり後ろから両肩を掴まれる。吃驚して思わず叫んでしまった。いないと思ったら、何故か後ろに回り込まれていた。

「びっくりしたー。おどかさないでよ……」

「むーわたしおどかしてないもん」

 文句を言うと女の子がむくれてしまう。いけない機嫌を直して貰うために買ってきたのに、また怒らせてしまっては意味がない。

「これ、たんじょうびプレゼント」

 握っていた物を女の子に差し出す。ゴムの付いた水色のリボンだ。女の子はこういうのが好きなので、高いけど買ってきたのだ。

「……どうしてくれるの?」

「えっ」

 しばらく、差し出されていたリボンを見つめていた女の子がそんなことを言ってくる。

「だって、しらないこだよ」

 言われてみれば、確かに知らない子に誕生日プレゼントをあげたりしないかも。

「プレゼントもらうとうれしいんだよ。だから、げんきでるとおもって……」

 そう思って買いに行ったのだが、駄目だったらしい。200円が無駄になった。

「もらってもいいの?」

「え……うん!」

 どうせリボンなんて、自分では使わない。受け取ってくれた方が200円も無駄にはならない。

「……ありがとう」

 そう言って女の子がリボンを受け取る。しばらく髪の毛に付けようと四苦八苦していたが、女の子の髪はあまり長くないので上手く付けられず、結局腕につけてしまった。選ぶ物を間違ったかもしれない。

「そういえば、おなまえは?」

「ぼくはゆうき」

「わたしは――」

「おーい、ゆずは!」

 女の子が言いかけたところで、誰かの言葉が重なる。声の主は少し先にいて、黒いランドセルを背負っている。

「あ、おにいちゃん」

 女の子がランドセルを背負った男の子の方を向いてそう言った。どうやらさっき言ってたお兄ちゃんらしい。

「こんなところで何してるんだ?」

「おにいちゃんたちがいなくなるからわるいんでしょ!」

 そう言って女の子が近づいてきた兄の方へ行ってぽかぽかと叩く。

「だって、学校だったから……友達?」

「これからともだちになるの」

 女の子は兄にそう答えると、こっちに戻ってくる。

「わたしゆずは。よろしくおねがいします」

「うん、よろしくおねがいします。ゆずはちゃん!」

 そう返事をして僕は笑った。新しい友達が出来たことが嬉しかったのだ。



     ◇     ◇     ◇



「うーん……」

 目を開けて起き上がり辺りを確認する。ここは柚葉の家のリビング。どうやら、ソファに座ったまま寝てしまったらしい。

「何かもの凄く懐かしい夢を見たような…………あっ!」

 あることを思い出してはっとする。

 立ち上がって部屋に戻る。机からあの四角い缶を取り出して目当ての物を取り出す。

「そっか、これ柚葉に初めて会ったときにあげたやつか。通りで見覚えが……」

 引っかかっていたことが解消されてすっきりする。それにしても。

「柚葉、わざわざとってあったんだ」

 確か、100円か200円くらいのもので大したものじゃない。もう何年も経つし捨ててたとしてもおかしくないのに。

「何か、ちょっと嬉しいかも」

 本人に確認出来ないから確かな事ではないが、自分が昔プレゼントしたリボンが宝箱らしきものに入っている。それがどうというわけはないのだが、二人の思い出が大事にされている気がして、胸が一杯になった。



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