第34話 柚葉としてのクリスマス 後編
「ごめん! 遅くなった」
15時近くになって香奈が到着した。電話が来た時間を考えれば、15時を過ぎると思っていたので十分早いだろう。
「全く。あんたはいつもいつも……」
「まあまあ有華も落ち着いて」
愛里沙が香奈を叱る有華をなだめる。言いたい気持ちも分かるがせっかくのクリスマスパーティーだし、怒るのもほどほどにした方が良いだろう。
「それじゃあ、さっそくケーキにする?」
薫子がみんなの顔を見回して確認する。
「私はどっちでも良いけど」
「お菓子食べ過ぎちゃったから、ちょっと待って欲しい」
「走ってきたから、すぐは無理」
有華、愛里沙、香奈の順で答えていく。
「柚葉ちゃんは?」
「私もどっちでも良いよ。愛里沙と香奈はまだ無理みたいだし、ちょっと待つ?」
「うん。じゃあ、その間ゲームでもする?」
ゲーム? 薫子の家にゲーム機らしきものは無かったと思うけど……。
「ゲームって何するの?」
愛里沙も疑問に思ったのか代わりに質問してくれる。
「これ! ファンアニ人生ゲーム!」
薫子が棚の引き出しを開けて大きな箱を引っ張り出して見せてくる。人生ゲームか。ちょっと時間を潰すには良いかしれない。
「よし、1抜け!」
愛里沙がガッツポーズをする。ゴールの所に羊のキャラクターメープルを模した駒を置く。
「人生ゲームは最終金額が大事だから、まだ逆転出来る……あっ」
有華がそう言いながらルーレットを回す。サメのキャラクターサメザワさんの駒を進めると、次に止まったところは罰金の文字。あっまた手持ちが減ってる。有華はこのゲームでマイナスのマスにばかり止まっている。
「いや、さすがにもう有華は無理でしょ」
「うぅっ……」
1抜けの愛里沙が自信満々に言う。ただのゲームとはいえ、ここまで不運が続いたせいか凄く悔しそうだ。
「次は私っ」
薫子がルーレットを回して猫のキュラクターニャニャミの駒を進める。
「柚葉ちゃんの番だよ」
「うん……ふぅ」
ルーレットを回してアザラシのアザ太の駒を進める。良し資産が増えるマスだ。
キャラクターもののゲームだというのに、マイナスのマスが多くて中々心臓に悪い。
しばらく続けて何とか全員ゴールに辿り着く。
「私、優勝!」
香奈が右の拳を上に突き上げる。一度もマイナスのマスを踏まずに、しかも値の大きいマスばかり踏んでいたので、余裕の1位である。
結果は上から、香奈、愛里沙、私、薫子、有華。ちょうど真ん中。今の状態を考えると一番運がないと思うけどな。いや、自分よりも寝たままの柚葉の方が運が無いのか。
「さて、ゲームも終わったみたいだし、そろそろケーキ出しても良い?」
薫子のママさんの提案にみんなそれぞれ了承の返事をする。
返事を確認したママさんの手作りクリスマスケーキが運ばれてくる。イチゴやキウイ蜜柑などの色とりどりなフルーツが使われていてとても美味しそうだ。
適当なサイズに切り分けて小皿に取って貰う。
よく見ると、それぞれのケーキの上に小さなサンタの砂糖菓子がのっけてある。可愛いと思うがこういうのって何か食べづらいよね。
全員に行き渡ったのを確認してから、それぞれ食べ始める。
フォークでケーキの先の方を切り取って口に運ぶ。ぱくりと一口。クリームの甘さと果物の酸味が丁度良くてさっぱりしていて美味しい。
「美味しいです!」
愛里沙が元気よくママさんに感想を言っている。他のみんなからも同じように好評だ。
やっぱり薫子のママさんはお菓子作りが上手だ。機会があったら教わってみたいかも。
みんなでクリスマスケーキを食べながら談笑して時間を過ごす。全員のお皿が空になったところで、薫子が立ち上がった。
「よし、そろそろプレゼント交換しよう! 私取ってくるね」
そう言うと薫子がスリッパをぱたぱたと鳴らしながら、リビングを出て行く。もしかして、さっきのプレゼントまで片付けてしまったのだろうか。本当におっちょこちょいである。
薫子が戻って来るのを待ってプレゼント交換を始める。有華の提案で方法はあみだくじになった。
有華が簡単に紙に書いて用意し、それぞれ名前を書いていく。私は5本のうち一番左になった。
「じゃあ、左から確認しよっか」
そう言って有華が折っていた紙の下部分を開いてから、線をなぞつて確認していく。
「えっと柚葉は…………私のか。はい」
下の方にプレゼントをくれる人の名前が書いてある。柚葉と書かれた線の先には有華の名前。
「ありがとう」
お礼を言って有華のプレゼントを受け取る。袋は小さめ。中身は何だろうか。気になるが開けるのはみんな一緒ということになっているので、全員分決まるまで待機だ。
「じゃあ最後、愛里沙は…………柚葉の貰って」
私の用意したのは愛里沙行きか。自分の選んだ物を女の子に渡すというのは中々ドキドキする。
「はい愛里沙」
「ありがとー」
愛里沙がプレゼントを受け取る。やっぱりドキドキする。変なの選んできたと思われたらどうしよう……。うぅっ……。
「じゃあ、開けよう!」
薫子がノリノリで宣言し、それを合図にそれぞれ貰ったプレゼントを開ける。
「これは……」
自分のがどう思われるかも気になるが、貰った物も気になる。ドキドキしながら中身を開けると、青いリボン型の髪飾りが入っていた。
「えっと、バレッタだっけ?」
確かそんな名前だった気がする。試しに髪に当てて見るが、どう着けたらいいか分からない。
「貸して、着けてあげる」
様子を見ていた有華が私の後ろに回って髪を纏めて、リボンのバレッタで止めてくれる。
「……よしっ、柚葉もずいぶん伸ばしたね。前は短い方だったのに」
自分では見えないので、手を頭にやって確認する。確かにちゃんと纏めてある。
「おおー気づけば、髪を纏められる長さに……」
まだ、薫子とかほど長くはないが十分縛ったり出来そうだ。いつの間に。
「自分で気づいてなかったのかい」
「う、うん。いやぁ、まだ無理かなって……」
有華に突っ込みを入れられてしまう。ここ1ヶ月くらい長さを気にしていなかったので、全然気づけなかった。毎日見てると分かりづらいし。
「あ、柚葉ちゃんそれ可愛い」
気づいた薫子がこっちに寄ってくる。
「そう? 自分じゃ見えないから何とも……」
「はいっ!」
どこから持って来たのか、薫子が手鏡を渡してくれる。受け取って自分の姿を確認してみる。
手紙の大きさ的にあまりよく見えないが、確かに可愛らしい感じになっているんじゃないだろうか。柚葉がここまで髪を伸ばしたのも初めてだろうしとても新鮮。
「可愛い……」
「何自分で言ってんのよ」
思わず呟くと有華にまた突っ込まれてしまう。柚葉を見ての感想なのだが、今そう言ってしまうと確かに自分の事を可愛いとか言ってる子になってしまう。
「い、いやそのっ……リボンが可愛いなぁって。ははは」
一応そう言って誤魔化したが、きっとナルシストだと思われちゃったよね。柚葉に申し訳ない。
「ところで有華は何が入ってたの? 確か……香奈が用意したやつだったよね」
話を変えたいので、有華がまだ開けていなかったプレゼントのことを聞く。
「何か、全く期待出来ないんだけど……」
そう言いながら有華が包装を解いて中身を取り出す。
「…………」
「す、水筒みたいだね……」
中身を見て有華が絶句している。いや、気持ちは分かるよ。プレゼント交換で水筒って……。
「ちょっと香奈! 何で水筒なんて選んでるのよ!」
「うん? 実用性あると思って」
「今、冬だし。しかも、黒だし! せめてもっと可愛い色とか無かったの!」
「黒って無難でしょ?」
何というか、香奈は少しずれてるよね。男の自分でも水筒がダメなのは分かるよ。
「お、これは……マグカップ?」
有華と香奈のやり取りを見ていると、愛里沙がそんな声を上げる。私が買ったのは愛里沙のところに行ったんだった……。
「う、うん。蓋付きのマグカップ……」
「蓋がコグマルの頭になってる。何か可愛いね!」
良かった、可愛いって評価貰えた。変だと思われなくて本当に良かった……何時間も悩んだ甲斐があった。
「これ、蓋でこぼれないように出来るのなんだね。部屋で飲むときに使うね」
愛里沙がそう言って嬉しそうにする。とりあえずプレゼント選びは成功だったみたいだ。
「実用性っていうなら、こういうの選びなさいよ!」
有華がコグマルマグカップを指指しながら言う。まだ、言い合い続いてたんだ……。
「……愛里沙は何を買ったの?」
「私は、猫の手みたいになってる手袋だよ。ちょっと物が持ちにくいけど暖かい感じの……」
「ニャニャミっぽくて可愛いよ!」
手袋は薫子に行っていたらしい。とても気に入っているようだ。
「可愛いでしょ!」
「うん!」
愛里沙と薫子が楽しそうに笑い合う。
私がマグカップで、有華がバレッタ、香奈が水筒、愛里沙が手袋で、後は……。
「薫子は何買ったの?」
片付けの時に見た物は、結構大きかった気がする。
「私は、コグマルのキーホルダーだよ」
そう言って、言い合いを続ける香奈の方を向く。
見てみると、プレゼント袋から取り出されたらしい、サンタ服のコグマルが机の上にちょこんと座っている。あれ? 思ったより小さい。
「服と帽子、簡単に取れるタイプだからクリスマスが終わっても大丈夫!」
そんなものがあったのか。自分が見たときは気づかなかった。サイズ的に鞄とかに着けると可愛いだろう。
その後、言い争いを続ける二人をなだめてから、入れて貰った紅茶を飲みながらお喋りをしていると18時を過ぎていた。
「お邪魔しました」
4人でそう言って薫子の家を後にする。もう外も真っ暗だ。
「柚葉ちゃん、ちょっと待って!」
玄関を潜って外に出たところで薫子に呼び止められる。
「うん? どうしたの?」
「これ、持って帰って! きっと願えば叶うからっ……じゃあ、おやすみ」
目の前まで来た薫子は私に袋を一つ押しつけると、すぐに戻って行ってしまった。
渡された袋を確認する。中に見覚えのある物が入っていた。
「これ、プレゼント交換用の?」
確か、片付けの時に見つけたものだ。どうしてまだ残っているのか。
「……?」
「柚葉、早く帰ろう!」
少し先の方で有華が呼んでいる。みんなを待たせるのも悪い。中身を確認するのは後にしよう。
「今、行く!」
慌ててみんなの方に向かう。掛けだしたところで軽く滑り、今日は歩きにくいブーツを履いていたことを思い出した。ああ、やっぱり女物の靴って歩きにくいよ!
「ただいまー」
玄関でブーツを脱いで家に上がる。もう19時近いし早く夕飯の支度をしないといけない。
「足、いったぁ……」
大分慣れたつもりだったが、つるつると滑る雪道を歩くのは相当足に負担が掛かっていたようだ。道が凍ってるときは履かないようにしよう。そうしよう。
そんなことを考えながらとりあえずリビングに向かう。明かりも点いているしお兄ちゃんがいるだろう。
「ただいま」
「おう、おかえり」
お兄ちゃんがいつも通りの言葉で返事をくれる。
「……あれ? これ何の匂い?」
リビングに入ると何かの匂いがする。見回すと、いつもソファにいるお兄ちゃんが何故か台所にいる。
「ああ、カレーだよ。遅くなると思って作ってた」
「そう……ってえぇぇ!?」
お兄ちゃんが料理? いやいや、前に一緒に作った時はダメダメだったじゃん! 食材が無駄になる……。
慌てて台所の方に行く。おかしな事になる前に止めないといけない。
「お兄ちゃんストップ! って……意外とまとも?」
今鍋で煮込まれているそれは、一見カレーに見える……。
「そんなに心配しなくても作れるって……あれ、その可愛い頭どうした?」
「えっ……プレゼント交換で貰ったやつ。せっかくだから着けてた……」
お兄ちゃんにこういうので髪を纏めてるの見られるの恥ずかしいな……何か男なのに女子しちゃってるみたいで……。
恥ずかしさからか、少し顔が熱くなる。
……じゃなくて、お兄ちゃんはカレーすら作れないはずなのにどうやって。
「この前調理実習で作ったんだよ。その時は大丈夫だったし、作り方のメモ見ながらやってるから」
言われてみると、一枚の紙が台にある。でも、心配だなぁ……。
「ちょっと待ってて。今着替えてきて手伝うから」
「いいから、お前は休んでろって。たまには出来るまで待ってろよ」
お兄ちゃんはそう言いながら、私を台所から追い出してしまう。気になるけど、どうしよう……。
どっちにしろコートを脱いだ方が良いので荷物を持って一度部屋に戻る。そしてすぐに楽な格好に着替える。
「……帰り道で疲れて足も痛いし、今日はお兄ちゃんに任せるか」
そう呟いて、ベッドにごろんと倒れ込む。ちょっと休むだけのつもりだったが、瞼が落ちてきた。
がばっと上半身を起こして、頭をぶんぶんと振る。危うく夕飯前に寝てしまう所だった。
今日は久しぶりに騒いだり、雪の日に慣れないブーツを履いて疲れた。また横になったら、そのまま寝てしまうかもしれない。
「とっとりあえずベッドから降りよう。うん」
立ち上がって、体を適当に軽く動かす。少しだけ眠気が緩和された。体を動かしていると、あることを思い出した。
「あ、そうだ薫子がくれたもの……」
帰り際にわざわざ渡してくれたプレゼント。一体中身は何だろう。
袋から取り出して包装を解いていく。中身が見えると、それは見慣れたものだった。
「あっアザ太のぬいぐるみ……?」
自分が気に入っているキャラクターということになっているアザ太のぬいぐるみ。でも、わざわざクリスマスにこれをくれた意味は何だろう。
十分な隙間が出来たのでアザ太のぬいぐるみを引っ張り出す。すると、普通のタイプのアザ太だと思っていたそれは手で大きな星を持っていた。
「これお店で展示してあった……」
公式エピソードになぞって、ツリーの先に付けると願いが叶うかもしれないという商品だ。これを買おうとしてお小遣いが足りなかったのは薫子に話していない。
「これで励ましてくれたのかな」
柚葉が……悠輝がもう目覚めないかもしれないことは、薫子にだけは話した。また隠すのも良くないと思ったからだ。また心配されて怒られるかもしれないし。
きっと、この星アザ太で願掛けをしろということだろう。しかし、何というか薫子らしいチョイス。
「これで柚葉が目覚めてくれるわけないのに……」
こんなのただの子供だましなんだから。そう思うのにこのぬいぐるみを見ていると不思議と笑みがこぼれた。
「カレー出来たぞ!」
リビングからお兄ちゃんに大声で呼ばれる。せっかく作ってくれたのに待たせると悪い。早く行かないと。アザ太を持ってリビングへと向かう。
「今、運ぶから座って待ってろ」
「うん。でもその前に……」
テーブルの横を素通りしてツリーへと向かう。一番上に付いている飾りの星を外して、そこにぬいぐるみをセットした。
「思ったよりもシュールかも……」
何か星に必死にぶら下がってる感じ……。
「よし、食べるか」
「うん」
お兄ちゃんが運び終えたようなので、慌てて席に着く。
「それじゃあ、頂きます」
手を合わせて合掌してから、お兄ちゃんのカレーを食べ始める。……不味くはないけど、美味しくもないな。
「あれ、おかしいな……前はもっと美味しく出来たはずなのに」
お兄ちゃん的にも思っていた味ではないようだ。
「全く、カレーも美味しく作れないんだから。やっぱり私が作らないとダメなんだなぁ」
「いや……悪い」
お兄ちゃんが申し訳なさそうにする。
「でも……ありがとう」
きっと、自分の事を心配してくれているから、わざわざ出来ない料理を頑張って作ってくれたのだ。
この1ヶ月は正直落ち着かなかった。先の事を考えると不安だし、かといって何も出来ないし。慣れてきた柚葉としてのいつも通りが過ぎていくだけ。一生このままかもしれない。それが凄く怖かった。
でも、一人じゃない。事情を知ってくれてて心配してくれるお兄ちゃんもいる。いつも気に掛けてくれる友達もいる。
だから――
「諦めない」
「うん?」
お兄ちゃんが私の言葉に首を傾げる。カレーの話をしていたのに、突然そんなことを言ったら驚かれて当然だ。でも、言っておきたい。
「目覚めないかもってことは、目覚めることが絶対にないってことじゃない。可能性があるなら諦めたくない」
きっと柚葉が目覚める。自分のその願いに必死にしがみつく。アザ太がツリーでやってるみたいに。思い続けていればいつか叶うって信じたいから。
宣言を終えて食事を再開する。今日は雪で冷えているので、熱々のカレーは体を温かくしてくれてありがたい。本当に暖かいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます