第33話 柚葉としてのクリスマス 中編

 買っておいたプレゼントを鞄に入れる。まだ時間があるが早めに支度をしておくに越したことはないだろう。

 今日は23日の水曜日。薫子達とクリスマスパーティーの約束をしている日である。祝日なので学校はない。

 14時くらいに薫子のところに行くことになっているが、まだ朝の6時だ。

 別に楽しみすぎて早く起きたとかではなく、いつも朝から起きて家のことをやっているだけだよ。うん。

 とりあえず、いつも通りのことをしていく。朝食の用意をして、掃除機をかけたり洗濯機を回したり、普段と変わらない朝を過ごす。両親は今日も仕事があるので、7時前には家を出て行った。8時くらいにお兄ちゃんが起きてきたので一緒に朝食を取ることにした。

「いただきます」

 二人で向かい合って座り合掌。両親の帰りが遅いため、朝に限らず二人で食べることが多い。悠輝の頃は家族3人で食べたり、たまに柚葉達兄妹も来て一緒に食べたりしていたことを考えると少し寂しくなる。

「今日はツリーのライト点けてるんだな」

 口に入れていたご飯を飲み込むとお兄ちゃんがそう言った。

「うん。せっかく光るんだし、今日から25日くらいまで点けててもいいかなって」

 このクリスマスツリーは、この前の土曜日に帰宅してから設置した。ここ数年使っていなかったのか、物置の奥の方にあって、取り出すだけで四苦八苦した。やっぱりクリスマスならこういうものは出しておいた方が気分が良いだろう。

「あのツリーが光ながら飾ってるのなんて久々に見たな」

 私の言葉を聞いてお兄ちゃんがそんなことを言う。本当に何年出してなかったんだ……。

「そういえば、今日何時頃出かけるんだ? 今日だろクリスマス会」

「14時からだから13時半には出るかな」

 薫子の家まではそこまで遠くないし、30分あれば余裕を持って到着するだろう。時間もあるし早めに行って準備の手伝いとかしても良いけど。

「そうか。楽しんでこいよ」

「うん? うん」

 お兄ちゃんがいきなりそんなことを言うので、驚いて一瞬変な顔をしてしまった。返事をしてから、最近のことで心配して言ってくれているのだろうと思い当たり少し心が温かくなった。

「ありがとう」

 そう一言お礼の言葉を返す。お兄ちゃんは本当に優しいな。




 お兄ちゃんとテレビを見ながらリビングで過ごしていると13時を過ぎた。そろそろ向かっても良いだろう。そう思い自分の部屋に行って水色のコートを上から羽織る。首にマフラーを巻いて毛糸の手袋を着ける。プレゼントの入った鞄を手に取りリビングのお兄ちゃんの所まで戻った。

「そろそろ出かけるね」

「おう、いってらっしゃい」

 お兄ちゃんに行ってきますと返して、家を出る。今朝から雪が降っていたため少しだけ積もっている。今は一応やんでいるが、帰りに降ると悪いので念のため傘を持ってきた。

 滑ると悪いのでゆっくりと歩いて行く。もう何回か履いているが、女の子用のブーツはかかとが高くて歩きにくい。見た目は可愛いのかもしれないが、個人的には機能性で大きな問題がある。

「うおっ……とと」

 足が滑って転びそうになる。そんなに積もってないし余裕かと思ったが、思ったより道が凍っていて滑る。もっと歩きやすい靴にした方が良かったかもしれない。女の子の集まりだし見栄を張った結果がこれである。

 気をつけて歩けば転ぶほどじゃないけど、引き返して靴を履き替えようか……。いや、雪道も大分慣れてきたしこのまま行こう。うん。

 そんなことを考えながらひたすら歩を進める。雪合戦や雪だるまで毎年楽しんでいたのに、今年の雪は中々憎い。

「高木?」

「えっ!? ……うわっ」

 いきなり声を掛けられて吃驚する。足を滑らせてそのまま尻餅をつく。

「いったぁ……」

「あ、ごめん……大丈夫か?」

 痛みに耐えながら近くにやって来た声の主を見上げて確認する。

「……とう…石井っくん?」

 同じクラスの石井当麻が目の前に立っていた。

「立てるか?」

 当麻が手を差し出してくれる。その手に捕まって立ち上がらせて貰う。

「……ありがとう」

「おう……」

 よく見ると風が冷たいせいか、当麻の頬が少し赤くなっていた。

「石井君寒くないの?」

 当麻は一応防寒用のジャンパーを着ているものの他に防寒具の様な物は身につけていない。どう見ても寒そうだ。

「男はこれくらい平気なんだよ」

「そっか……」

 別に納得したわけじゃないけどそう返しておく。今自分がこんなにぬくぬくとした格好をしているのも女の子は体を冷やすと良くないとか、聞いたり言われたりしたというのもあるし。悠輝の頃は、動きやすいようにもう少し薄着だったし。

「高木はこんなところで何やってるんだ? 家この辺じゃないだろ?」

「……友達の所に行くところだよ。石井君は?」

 一瞬なんで家の場所知ってるのかと思ったが、当麻は悠輝の頃には家に来たこともあったし、隣が柚葉の家だと話した気もする。

「俺は家がすぐそこなんだよ。コンビニに行くところ」

「あっそっか、石井君の家この辺りだっけ?」

「えっ何で知ってんの?」

 当麻が不思議そうにこっちの顔を見る。しまった。柚葉は当麻の家の場所知らない。

「えっと……ほら、悠輝が前にそんなこと言ってたんだ。ははは……」

「ふーん悠輝が」

 そう言って当麻が黙る。誤魔化した手前上手く言葉が出てこなくて沈黙が出来てしまう。何というか気まずい。

「俺、そろそろ行くから」

「あ、うん。立たせてくれてありがとう」

 当麻はおうと返事をしてそのまま去っていった。いや、何というか昔みたいには話せないね。今は男子と女子だし。仲が良かった分ボロを出しやすいし。

「あ、私も早く行かないと」

 別に遅れることはないだろうが、手伝いでもしようと早めに出たのだ。時間に間に合えば良いというものでもない。

 気を取り直して歩き始める。もう転ばないよう慎重に慎重に。




「いらっしゃい柚葉ちゃん。早いね」

「うん、何か手伝えればと思ったんだけど……おじゃまします」

 当麻と話していたせいか、雪道のせいか、薫子の家に辿り着いた時には13時半を過ぎていた。この時間ならさすがにもう手伝えることはないかもしれない。

「ちょうど良かった。じゃあ、部屋の飾り付け手伝って!」

「うん」

 そういう薫子に引っ張られてリビングに連れて行かれる。いつ来ても綺麗なリビングがなかなかどうして散らかっている。

「いらっしゃい柚葉ちゃん。ごめんなさいね散らかってて」

「あ、こんにちわ。お気になさらず」

 とは言ってみたが、この後香奈達3人が来ることを考えると、片付けないといけなだろう。

「薫子ったら、ファンアニクリスマスにするんだって朝起きてから急に言いだして、あれこれと引っ張り出しちゃったの」

「だって、昨日寝るときに思いついたんだもん」

 どうやら薫子が原因らしい。飾るにしてもちょっと出し過ぎじゃないだろうか。もっとクリスマスに関係あるものだけにするとか出来ただろうに。

 近くの袋を手に取ってみると中に水着を着てパラソルを持ったニャニャミが入っている。さすがに季節が違いすぎません?

「今、一昨年バージョンのサンタニャニャミ探してるから柚葉ちゃんも手伝って!」

「お、一昨年バージョン……」

 もしかしなくても、探しているうちに散らかしてしまったらしい。ていうか、一昨年のと今年のは違うのか。てっきり同じ物だと思っていた。

「えっと、私違い分からないけど……」

 もしかしたらタグで見分けがつくかもしれないが、一々確認していたのでは時間が掛かってしまうだろう。

「じゃあ、季節はずれのニャニャミだけ1カ所に纏めておいて」

「うん、分かった」

 それなら、ぱっと見で出来るだろう。クリスマスっぽいのだけ避ければ良いのだ。

 時間がないのでさっそく動き出す。さっき確認した水着パラソルをまず手に取ってリビングの入り口辺りに置く。片付けるならリビングから持ち出すだろうし、この辺に置いた方が多分良い。

 端から手にとって確認していく。月見団子みたいなのを持っているのから、ジャックオーランタンを持ってるものや、ウエディングドレスを着てブーケを持った物。色々な季節のニャニャミがあって吃驚する。似たような季節の別のものがあったりもするし、何年も掛けて集めた物だと分かる。

 手を動かしていると、水色の袋の中にラッピングされたままのものがあった。

「薫子、これは?」

「えっ!? あっそれはダメっ!」

 薫子が袋ごとラッピングされた物を奪い取る。大きな声を出されてきょとんとする。

「あ、あのこれは……」

「……あっもしかして今日のプレゼント交換の?」

「え? うん、そうそう。だから開けちゃダメだよ」

 それなら、確かに開けちゃ行けない。そもそもラッピングされている時点で気づくべきだった。

「ごめん、うっかりしてた」

「ううん、気にしないで」

 二人でそんなやり取りをしてから、作業に戻る。そこでインターホンが鳴った。

「あっ……」

 もう、50分になる。そろそろ来てもおかしくない……。

「私ちょっと見てくる」

 薫子がぱたぱたと玄関に小走りで向かう。うん、この荷物どうするんだ……。

「おじゃまします……って何これ!?」

 リビングに入ってきた声を確認すると声の主は有華だった。散らかりようを見て驚きの声を上げている。

「ははは、有華こんにちわ」

「柚葉、こんにちわ。これって……」

 有華がはぁと溜息を吐く。うん、気持ちは分かる。

「仕方ない私も手伝うわ」

 そう言って有華が呆れた様子で笑う。とりあえず人数が増えたし早く終わることを祈ろう。




「終わったぁ!」

 有華が両腕をあげて体を伸ばす。今は14時15分過ぎ。有華も30分近く頑張ってくれた。 愛里沙はメールで30分ほど遅れると連絡が来ている。香奈は何故か来ない。

「ご苦労様。二人ともごめんなさいね。うちの娘が」

 薫子のママさんがジュースとお菓子を持って来てくれる。有華と二人でお礼を言って頂くことにした。

「香奈、どうしたんだろうね」

 オレンジジュースで喉を潤しながら、有華に尋ねる。香奈のことなら彼女に聞くのが一番だ。

「さぁ。また寝坊じゃない?」

「えっもう14時過ぎてるけど……」

 さすがに、それはないんじゃ……。

「いや、休みの日は昼過ぎまで寝てること多いし。今家を出るところて言われても驚かない……って香奈の家から電話?」

 有華がスマホを持って廊下に出て行く。

「はぁっ今起きた!? あんた今何時だと……」

 廊下から有華の声が聞こえてくる。今出るどころか、今起きたのか……。

「終わったよ!」

 一人でずっとニャニャミを展示していた薫子が残った物を片付けて戻ってくる。見てみると、部屋のあちこちがニャニャミで飾り付けられていた。テレビとか下にも上にもニャニャミがいて、見ていて気が散りそうである。

「お疲れ様」

「うん、やり遂げた!」

 部屋中のニャニャミを見て薫子が至福の表情をする。この表情の時の薫子が一番可愛いと思う。

「香奈は半過ぎそう。今から支度して出るって」

「ははっ有華の予想以上だね」

「こういうのは、予想以下って言うのよ」

 有華が呆れた様子で溜息を吐く。どうやら始まるまでもう少しかかりそうだ。



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