第32話 柚葉としてのクリスマス 前編

 柚葉がもう目覚めないかもしれない。そのことを知ってから、1ヶ月程が過ぎた。相変わらず柚葉に変化はない。いや、それは事故の後からずっとか。

 しかし、落ち込んでばかりもいられない。不安を無くすことが出来なくても、自分には柚葉としてしなければいけないことがたくさんあるのだ。家の事、学校のこと、そして友達とのこと。

「お兄ちゃん、これどう思う?」

 私が一つのキーホルダーを手に取って見せる。熊を模したキャラクターが温かそうな赤い衣服を着ている小さなぬいぐるみのキーホルダーだ。

「どうと言われてもなぁ」

 お兄ちゃんが困ったように頭を掻きながら答える。

「ちゃんと意見してよ。そのために一緒に来て貰ったんだから」

 私が少しわざとらしくむすっとした様子で言う。ちなみにこのむすっとした表情は中々可愛いし昔の柚葉のイメージを損なわないのを鏡で確認済みだ。女の子らしい仕草や表情が難しいので練習しました。はい。

「いや、来る前から言ってるけど、そういうのはお前の方が分かるだろ。一応女子なんだし」

「一応じゃなくて女の子でしょっ」

 さっきよりもよりむっとした表情を練習した通りにしてみせる。あれ、これってあざといだけなんじゃ……。

「……ていうか、一応だから手伝い頼んだんじゃん。半年分しか女子の経験ないんだから、妹を持つ兄として分かる範囲でちゃんと協力してよ。クリスマスのプレゼント選び」

 顔を近づけて耳元で、ぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で言う。別に聞かれても問題ないかもしれないが、どんな人に何を聞かれているかなんて分かったものじゃない。人によっては変に思うかもしれないし、声を潜めるに越したことはないだろう。

「それに、どんな悩みでも相談しろって言ったのはお兄ちゃんでしょ?」

 少し小首を傾げて言ってみる。少し傾けるくらいが可愛いと本で読んだ。

「いや、聞くだけは出来ると言っただけで何でも手伝えると言った訳じゃ……はぁ、分かったよ。意見はするけど参考にならなくても怒るなよ」

「うん!」

 少しだけ元気よく頷く。とりあえずやる気になってくれたようで一安心だ。正直一人で選ぶのは不安だった。

 もう12月も半ばを過ぎ、一週間も経たずにクリスマスがやってくる。どこのお店もクリスマスモードでサンタとかトナカイとかツリーとか、それっぽいもので溢れている。いや、本物のサンタとトナカイはいないけど。

 いつもなら12月になるとクリスマスにワクワクし、両親にクリスマスプレゼントをせがんだものだが、今年は柚葉なので自分の両親には頼めないし、かといって柚葉の両親に言うのも遠慮してしまうので、特に何も考えていなかった。いや、あのゲーム欲しいなぁとかあるけど、戻るまではマイゲームはお預けだしね。

 そんな例年よりつまらなそうなクリスマスを過ごそうとしていたある日、というか昨日、薫子からクリスマスパーティーをしようという申し出があった。薫子の家でいつもの5人一緒にだ。毎年23日に柚葉が薫子の所に行っていたのは、その時初めて知った。今年は5人全員でとのことだった。そういえば、薫子以外の3人とはいつからの付き合いなんだろう。その辺を把握しておかないと、いつか話が噛み合わなくて墓穴掘りそう。

 そしてクリスマスパーティーの時にプレゼント交換をすることになり、そのプレゼントを買いに来て今に至る。土曜で学校もないのでゆっくり選べるし丁度良い。多分他のみんなも今日明日中に用意するんじゃないだろうか。

「で、このサンタコグマルはどうなの?」

 改めて、手に持ったサンタ衣装のコグマルを見せる。コグマルはファンアニ一番人気でポピュラーだし、サンタはクリスマスの定番。個人的には悪くないと思うのだが。

「何て言うか、サンタのだと使いにくいんじゃないか?」

「使いにくい?」

 頭に?を浮かべる。ちょっと予想してなかった答えに、練習した疑問の時の仕草を忘れてしまったが、まあいいや。

「クリスマスのプレゼント交換で貰っても、25日過ぎたら季節はずれになるだろ」

「あー……確かに」

 こういうぬいぐるみ系のキーホルダーなら、鞄に着けている子も多いし良いと思ったが、確かに使える期間が短すぎる。

「じゃあ、コグマルは没。……コグマル駄目な奴」

「いや、コグマルに罪はないだろ!?」

 ちなみにこれは、ファンアニのアニメーションでコグマルが失敗をすると他のキャラクター、確かラビラビが言うセリフで、ニャニャミ派の薫子がコグマルを下げる時に使っていたのでうつってしまった。お兄ちゃんは知らないらしい。

「じゃあ、どういうのが良いと思う?」

「うーん……ていうか何でファンアニショップ何だよ。俺初めて来たぞ」

 お兄ちゃんの指摘も最もだ。確かにプレゼントを選ぶのなら他も色々と見た方が良いだろう。だが……。

「ファンアニ以外だと、他の女の子のレベルに、知識が到達してる気がしない」

 普段は薫子と出かける事が多いので、来る場所も話題もファンアニがいつも絡む。勿論普通の雑貨店とか服屋とかに行くことも無いわけではないが、有華や愛里沙と比べるとまだまだだろう。

「いや、プレゼントだけでそんなに知識いるのか……?」

 お兄ちゃんが納得いかなそうにしている。これはお兄ちゃんに彼女とか出来てプレゼント贈るってなると絶対苦労する奴だ。

「プレゼントってそれだけで個性出るんだよ? しかも、今回は誰に行くか分からないプレゼント交換用のだから、相手の趣味に合わせられないし。変なの選んだら、『柚葉ってこういう趣味なんだ……へえー……クスクス』とかになっちゃうよ!」

「え、そんなプレゼント一つでそんなこと言われる友人関係なのか?」

「いや、みんなは違うかもしれないけど……」

 薫子達がそうかは分からないが、本人のいないところで色々と言ってる女の子とか、柚葉になってから良く見かけるし、今後のことを考えるなら用心するに越したことはないのだ。女の子は男の子とは比べものにならないくらい見る目が厳しいのだ。多分。

「とにかく、恥をかかない範囲で選ばないといけないの! ほら、他見るよ」

 お兄ちゃんにそう言って、コグマルのコーナーを移動する。とはいえ、コグマルじゃなくてもクリスマスっぽいものは時期的に厳しいわけで。

「でも、こういうのもなぁ……」

 ちょうど通りすがったニャニャミの新年仕様のを手に取ってみて呟く。さすがにクリスマスにこれはない。やっぱり、季節物はだめか。

 何だかんだうろうろとして、アザ太のコーナーにやって来てしまう。何か習慣づいて本能でアザ太まで来るようになってる気がする。慣れって怖い。

 見てみると、中々に扱いが酷い。アザ太が緑色になって尾ひれ(?)に星が付いているけど、これは逆立ち状態で飾れということか。それとも吊す?

「他はサンタとかトナカイのコスチュームか、ツリーでも手に持ってるとかなのに……」

 本人ツリーにするとかいじめじゃないのか。ファンシーキャラクター達何やってんだ。いや、もしかして本人が自虐でやってる設定とか?

 手にとって、タグの所のストーリー説明を読む。ライオンのキャラクターガオガオのアドバイスでこの格好になり、クリスマスパーティーでラビラビに逆立ちをやらされたらしい。どう見てもいじめです。可哀想なアザ太。一応自分の推しキャラってことになってるので、この2匹には少し怒りを覚える。

「置いてくなよ……ってまたそのアザラシか?」

「アザラシじゃなくてアザ太ね」

 置いていってしまったお兄ちゃんが追いついてきた。またというほど見せてないと思うけど。

「こういう店で男一人はキツイから、一人で行かないでくれ……」

「えっ? あぁ……」

 この店に初めて来たときには既に柚葉で女の子だったのであまり考えた事が無かったが、確かに男子一人でこういう店はちょっと気まずいかも。自分も悠輝の頃なら気にしていたかもしれない。いや、初めて来たときは同じようなこと思ったっけ? 柚葉で居ることに順応してきてるみたいで少し怖い。

「ごめん。気づかなかった」

「いや、良いけどさ。で、そのアザ太から選ぶのか?」

「そうだね……個性が出ると言えばそんな気もするけど……」

 薫子の中ではそのイメージだろうし、変ではないと思うが他の子が気に入るかどうか。そんなことを考えながら一応他のキャラクターに比べて少ないアザ太の商品を眺めていく。よく見てみると、ツリーアザ太の奇抜さで気づかなかったがもう一つクリスマス関係のアザ太がいた。これは……。

「ツリーの先端の星を持ってる……?」

 その手に少し大きめの星を持っている。サイズ的にそのままツリーに着けられそうだ。ぶら下がっちゃうけど。

「何か、他に比べて地味だな……」

「うん、確かに……」

 しかし、表情が少し必死なような嬉しそうなような他とは違うものになっていて少し気になる。ストーリー設定を読もうと、手を伸ばしてあるものに気づく。

「あ、展示スペースにこれがメインで飾ってあるんだ……」

 特設スペースで展示中と書かれたポップが目に入ったのだ。

 展示スペースの一部では季節やテーマに沿った物が交代で展示されている。アザ太がメインの展示は初めて見る。きっとストーリーに沿っているはずだし、内容はそっちで確認しよう。

「お兄ちゃん、ちょっと展示スペース行こう」

「ん? 分かった」

 お兄ちゃんが不思議そうな返事を寄越す。プレゼントを選んでいたのに、急に展示スペースと言われたら、確かにそう言う反応になるかもしれない。だが気になるのだから仕方ない。

 二人で展示スペースの方まで歩いて行く。目当ては、アザ太メインのところ。

 来たときは、すぐにグッズコーナーに来たので、お兄ちゃんが珍しそうに展示物を見ている。ここの展示は小物+グッズで作っているのだが、中々に凝っていて誰が見ても、それなりに面白いだろう。

 しばらく歩いて、目的の展示の前に来る。一度展示をさっと見て、その後にストーリーを読む。ツリーにされていじめられていたとは思えない、一生懸命なアザ太のストーリーが描かれていた。

 幼馴染みのペンギンのキャラクターティアラが風邪で倒れたことを心配したアザ太があちこち駆け回って薬やおかゆを用意する。しかし、中々良くならないティアラを心配したアザ太が村に伝わるとあることをクリスマスイブにすると願いが叶うという儀式にチャレンジするというお話。その儀式が、願い事を書いたお星様を村で一番高い樹の頂上にはめるというもの。

 あまり運動が得意でないアザ太が必死に昇っていく様がしっかり表現されている。頂上で星をはめているアザ太が、さっきのぬいぐるみと同じ凄く良い表情をしている。なるほど、これは達成感とかティアラの病気を治せるという希望に満ちた表情だったわけだ。

「幼馴染みのためにか……」

 自分はそんな高い樹に昇るような努力は出来ていないが必死になっているというところでは、アザ太と一緒かもしれない。

 アザ太の展示スペースの所に、願い事を書き込める星を持ったアザ太ぬいぐるみ発売中と書いてある。さっきのだ。

「値段は…………げっ」

 千円札が何枚もなくなる金額。というか、そんなに財布に入っていない。せっかくだから柚葉の目覚めを祈って買おうかと思ったが無理そうだ。まあ、買ったからって目を覚ましてくれるわけじゃないだろうし、気休めになるくらいだけど。

「仕方ないね……よし、気を取り直して改めてプレゼント選び再開しよう」

「もう良いのか?」

「うん、もう大丈夫。それよりも良いの探さないとだし」

 お兄ちゃんにそう言って二人でまたグッズスペースに戻る。一応推しキャラのアザ太だからか、こんな簡単なストーリーでも少しだけ元気を貰った。私もアザ太みたいに出来ることをやっていくしかない。柚葉がもう目覚めないなんて思っていないのだから。このまま時間が過ぎていくことは確かに不安だけど、それでもこれまで通り柚葉で居ることを頑張るのだ。

 だから今は友達とのクリスマスパーティーの準備をしよう。こんな状況でもクリスマスは心を躍らせてくれるイベントだ。これでもちゃんと楽しみにしているんだから。



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