第25話 間接キス?

「じゃあ名簿順に呼ぶから取りに来て」

 担任の加藤先生が一人一人にあるものを配っていく。

「一ノ瀬さん」

「はいっ」

 隣の席の薫子がそれを受け取りに行った。薫子は名簿順だと3番目なのでいつも呼ばれるのが早い。

「……ほっ」

 受け取って席に戻ってきた薫子が内容を確認して安堵の声を出す。

「思ったよりも良かったの?」

「うん。これならママにも怒られないかな」

「高木さん」

 そんなことを話していると今度は自分の番だ。返事をして受け取りに行く。

 柚葉として学校に通い始めてすぐは、高木と呼ばれても自分のことだと気づけず、反応が遅れたりしていたが、さすがに夏休みを挟んで2ヶ月以上繰り返していれば、呼ばれ慣れてもくる。

 加藤先生からそれを受け取る。名前の欄に高木柚葉と書かれた通知表を。そう今日は一学期の終業式があり、一学期分の通知表が配られていた。

 席に戻って一応中を確認。◎○△の3段階のうち◎が多め。体育は一部△があるけど元々柚葉は運動が得意な方でもないし、自分が柚葉として学校に来るようになってからは、見学が多く、ちゃんと授業に参加していたのは、夏休み明けからなので仕方がないだろう。

「……これって」

 自分の通知表と言うべきか、柚葉の通知表と言うべきか。勿論名前は高木柚葉になっているので、悠輝の成績には絶対にならない。そういう意味ではなく、通知表って自分の出来てないところを確認して次に生かすための物だと思っているので、これをどう参考にするか悩ましいのだ。

「うーむ……」

 入院前と入院後で分けてくれていれば分かりやすいのに。入れ替わってることはお兄ちゃんしか知らないから仕方がないけど。

「どうしたの柚葉ちゃん、唸ったりして。もしかして△多かったとか?」

「えっそういうわけじゃないよ」

「気にしなくても良いと思うよ。2ヶ月も学校来れなかったんだから仕方ないよ」

「えっあ……うん」

 訂正しようかと思ったが、薫子に勘違いされて励まされてしまったのでそういうことにしておく。

「はい、じゃあ静かにして」

 加藤先生の言葉にみんながお喋りを止めて静かになる。そして、加藤先生が色々と連絡をしていく。

「よし、じゃあまた休み明けにね。秋休み楽しんでね」

 そう言って締めくくり、学級委員の合図で帰りの挨拶をする。

「明日から秋休みだね」

 薫子が嬉しそうに言う。そう明日から秋休み。と言っても夏休みみたいに長い休みじゃない。明日の金曜日から月曜日までの4日間。月曜に祝日がある時とそんなに変わらない。10月の半ばに四日間だけの休みで秋休みと言われても、他の季節がついた休みと比較すると見劣りしてしまう。

「ねー午後からみんなで遊びに行かない? 天衣モールに美味しいクレープ屋さん出来たって」

 近くに来た愛里沙が楽しそうにする。

 今日は終業式だけで、まだお昼前だ。午後から時間もあるし遊びに行くという考えも分かる。

「私は大丈夫だよ。香奈も暇っぽいし」

 先に有華が返事をして香奈がうんうん頷いている。

「二人は大丈夫?」

「私は平気だよー」

「私も平気かな……」

 愛里沙がまだ答えていない薫子と私に確認してきたので、問題ないことを伝える。このメンバーでいるのも大分慣れたし、問題ない問題ない。そもそも、用事もないのに断って柚葉の友人関係壊したくないしね。

「みんな大丈夫だね。じゃあ、14時に現地集合で良い?」

 まだ11時過ぎだし、家に帰ってお昼を食べて支度をしても少しは時間に余裕がある。良いんじゃないかな。

「よーし、待ち合わせ場所はバス停近くの入り口から入ったところにある小物店で。じゃあ帰ろーう」

 愛里沙の言葉に頷いて、みんなで教室から出て家路につく。学校でのんびりしていたら時間が無くなってしまう。

 学校の玄関で香奈達3人と、自宅近くで薫子と別れて自宅に戻る。お兄ちゃんも今日は終業式のはずだが、部活でもあるのかまだ帰ってきていない。

 あまり時間の掛かるものを作っていると遅れてしまうかもしれないので、作り置きや冷凍食品を中心に簡単に用意して一人で手早く食べる。一応お兄ちゃんの分も温めるだけにしておいて、出かける準備をする。

 まあ、服装はそのままでも良いのでいつもの鞄に必要そうな物を入れるだけだ。財布とスマホと後は……まあいっか。

 遅れても悪いので13時前だが家を出る。天衣モール行きのバスは13時10分に来るはずだ。夏休みに薫子と一緒に天衣モールのファンアニショップへ行ったときに乗ったから分かる。

 予定通りのバスに乗って目的地に向かう。薫子はいないみたいなので次のバスかな。

 30分掛からないくらいの時間を掛けて天衣モールに到着。スマホで確認すると時刻は13時35分。丁度薫子がバスに乗ったくらいかもしれない。ていうか、乗ってないと間に合わない。

 待ち合わせ場所の小物店に入る。まだ誰もいないみたいだ。約束の時間まで30分くらいあるしね。家に一度帰ってからだと、早めに来る余裕があるか分からないし。

 暇なのでお店の中を見て回る。可愛らしい小物が色々とあるが、特別惹かれたりもしない。これでも心は男のままのつもりなので、女の子みたいにこういう物を見て可愛いとか言ったりしないのだ。うん。

 しばらくあれこれと見ていると、あるものが目にとまった。

「シュシュか……」

 髪を縛ったりするのに使うシュシュ。確かにゴムで縛るよりも可愛い感じになると思う。その中の水色のものを手に取る。

「これで縛ってみたりして……」

 手を後ろに回して簡単に束ねる。十分縛れそうだが、シュシュが似合うにはまだ少し長さが足りないかもしれない。

「あれ、柚葉それ買うの?」

「うわっ!?」

 いきなり後ろから声を掛けられて吃驚する。振り向くと有華がすぐ後ろに立っていた。

「そんなに驚かなくても」

「いきなり声かけられたら吃驚するよ……」

 しかも、女の子みたいに髪の毛を弄って色々と試していたときだ。いや、今は女の子だから、おかしくないだろうけど気持ち的にね?

「そういえば柚葉ずいぶんと髪伸びたね。伸ばしてるんだっけ?」

「うん……」

 柚葉が伸ばしていたのを知って、切らずに伸ばしている。夏休み中に伸びた前髪と痛んだところを切って貰うために一度美容室に行きはしたけど。

「あれ? そういえば有華って髪短いよね」

 有華の髪型はショートだ。人一倍おしゃれとか見た目に気を遣っているみたいだし、寧ろロングの方が向いていると思うのだが。

「この方が格好可愛くない?」

「かっこかわ……」

 確かに有華の服装はひらひらした女の子女の子したものというより、女の子的な格好いい感じを意識している感はある。まあ、柚葉になってから慌てて女の子向けの雑誌に目を通し始めた私だと、ファッションのこだわりとか分からないけど。

「それに私伸ばすと、くせが出ちゃうから。長いならさらさらのロングの方が良いし」

 確かに有華のイメージだとそっちの方が似合いそうである。薫子みたいにカールしているのも可愛いと思うけど。

「それで、柚葉それ買うの?」

「えーと……」

 もう一度シュシュを見る。別に今しか買えない物でもないし、まだ縛るには短い。それなら。

「今日は止めとく。もう少し伸びてからにするよ」

 この長さで無理に縛っても見栄え良くなさそうだし。

 その後は、有華と店内の物を見ながら、3人が来るのを待つ。有華と二人きりというのも何だか珍しい。

「そういえば、香奈と一緒に来なかったんだね」

「えっ何で?」

「いつも一緒のイメージあるから」

 有華と香奈はいつも言い争いになっているが、行動するときはいつも二人一緒にいる事が多い。

「香奈とは幼稚園からの腐れ縁というか、家が近いだけというか……」

 幼稚園からってつまり幼馴染みか。自分と柚葉は小学校に入る時に今のマンションに引っ越してきて隣の部屋になって以来なので、自分たちよりも長い関係だ。

「私からしたら、柚葉も薫子と一緒のイメージだよ。それか御坂君」

 薫子はともかく、ここで自分の名前が出るとは。学校ではそんなに一緒に行動してなかったと思うけどな。

「そこでどうして俺っ……じゃなくて悠輝の名前が出るのさ」

 慌ててつい俺とか言ってしまう。危ない危ない。

「だって学校はともかく休みの日とか一緒に出かけてるの良く見かけたし」

「えっ……」

 確かにたまに二人で買い物に行ったりしたけど、見られてたんだ……。

「二人がラブラブなの知ってるから隠さない隠さない」

「いや、隠してないよ……」

 一応訂正しておくが、信じてくれた様子はない。こういうときは言っても無駄なので話を変えた方が良い。

「それよりも、みんな遅いね。まだかな?」

「あっ唐突に話かえるんだ」

 有華ににやにやとした目線を送られたが無視。気にしたら負け。

「あっ愛里沙と香奈はバス乗ってるみたいだね。愛里沙が呟いてる」

 いつものアプリで確認する。愛里沙はアプリで呟くことが多いのでこういうとき助かる。

「じゃあ後は薫子か。たまにバス逃したりドジするから不安だなぁ」

 有華の言葉に、前にバス停で待ち合わせたときのことを思い出す。あの時は寝坊したとかで走ってきたのだ。

「あっでも、薫子も大丈夫みたいだよ」

 画面を見ていると、私もーという薫子の呟きが表示された。バスの中でアプリを見ていたみたいだ。

「じゃあ、全員間に合いそうだね」

 有華の言葉に頷いて、3人を待つことにした。少し待てば来るだろう。




「やっぱり私がビリだったよ」

 薫子が申し訳なさそうにする。

「仕方ないよ。私達の家の近くを通るバスだと、30分前か丁度着しかないし」

 薫子の家は私の家よりも学校から距離があるし、バス停までも少しかかる。一度家に帰ってお昼を済ませてからだと、私の乗った30分前着に乗るのは大分急がないといけない。

「そうそう。バスの時間だし気にしない」

 有華も薫子を励ましてくれる。基本的に香奈以外には当たりがきつくない、というか優しかったりする。

「私が14時って言ったのも悪かったかも。10分とかにした方が良かったかな」

 愛里沙が少し申し訳なさそうにする。別に悪くはないよ。

「全員集まったし、まあ良いじゃん。それより早く食べに行こう!」

「香奈にしては珍しく良いことを言う」

 香奈ののんきな言葉に有華が同意して、この話はとりあえず終わった。薫子は結構気にするタイプだから、流れが変わって良かった。

 目的のクレープ屋さんに5人で向かう。平日なのでそれほど混んでいない。待たずに済みそうだ。

 それぞれ思い思いの物を注文して、近くの席に座って食べ始める。

「柚葉ちゃん、それ何味?」

「えっと、秋限定栗モンブランクレープっていうの」

 限定という言葉に惹かれて選んでしまった。美味しいしモンブランも好きだし別に良いんだけど。

「一口貰っても良い?」

「うん良いよ」

 そう言って持っているクレープを差し出す。薫子はアイスクレープを頼んだのでスプーンがあるし、それを使って食べるだろう。そう思って了承したのだが。

「あむっ。あっクレープにモンブランって美味しいんだね」

「っぁ…………」

 口で直接ぱくりといってしまった。これって……間接キス!?

 いや、落ち着こう。今クレープを柚葉の体で食べているから、先に口を付けたのは女の子。今も口を付けたのは薫子で女の子。つまり女の子同士。問題ない…………ってそんな簡単に割り切れるか!

「どうかしたの柚葉? ぼーっとしてると溶けちゃうぞ」

 固まっていると有華が不思議そうに声を掛けてきた。確かにマロンアイスも使われているので、早くしないと溶けてしまう。でも……。

「……うぅっ」

 今口を付けると、こっちも間接キスをしてしまう。男のつもりの自分が何も知らない薫子と勝手に間接キスとか……。

「あ、そうだ。柚葉ちゃんも一口どうぞ」

「えっ?」

「私も貰ったからお返し」

 薫子が自分のクレープを差し出してくる。

「いいよ。薫子の分減っちゃうよ……」

「私も貰ったんだから気にしないの。どうぞ!」

 これは断れそうにない。間接キスは避けられない。いや、食べものを分け合うだけなら間接キスじゃないかもしれない。うん、きっとそうだ。そういうことにしよう。

「じゃあ、頂きます……」

 覚悟を決めてぱくりと少し食べる。やっぱり間接キスかもという考えが頭から離れず、味がよく分からない。

 今度はもう一度自分のクレープに向き直る。もう間接キス的なことはしたんだし、これを食べきろう。薫子が口をつけて以降食べないのでは、変に思われるかもしれないし。

 そっと口を付けてぱくりぱくりと少しずつ食べていく。ああ、何か顔が熱い多分赤くなってる。周りに気づかれませんように。

 そう祈りながら、必死にクレープを平らげるのだった。



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