第24話 Q 大好きな人になったら、どうする?
夏休みが終わって1ヶ月ほどが経ち10月になった。暑さも大分落ち着いて涼しくなっている。
「昨日のドラマ見た? あの入れ替わるやつ」
「うん見た。小説にないシーンも増えてたね」
愛里沙の言葉に有華が応える。
今は給食が終わって昼休み。いつも通り教室でお喋りしていた。
話題は昨日の夜放送されたドラマについてだ。事前に愛里沙から借りた小説を読んでいたし、話題に上がることも考えて一応見ておいた。
小説一冊を連続ドラマ化すると内容が足りないのか、小説には無かった要素が色々と足されていた。
「私はまだ見てない。昨日宿題多かったし」
香奈がうんざりした様子で呟く。確かに今日までの宿題は多かったが、毎日順番にこなしていけば、それほど多いわけではないと思う。香奈は、いつも後に回してため込むらしいから、今回も昨日になってから、纏めて全部やったのかもしれない。
「毎日コツコツやっとけば良いのに」
「……うるさい」
有華のいつも通りの厳しい一言にも香奈の返事は鈍い。寝不足で疲れてるのかな。今日は欠伸してるの何度も見るし。
「薫子は、どうだったの? ちゃんと見れた?」
隣の薫子に話を振る。薫子はのんびりしているせいか、この5人で話していると自分から発言は中々しない。ちゃんと聞いてはいるみたいだが。
「ヒロインの子の部屋にコグマルとニャニャミがいたよ」
薫子が少しきりっとした表情で言う。何というか、目の付け所が薫子らしい。いや、私も気づいたけどさ。薫子の影響かヒロインの子の部屋のシーンでそっちにばかり目がいってしまった。
「でも、シュウとだったら私も入れ替わってみたいかな……」
「確かにあれくらい格好いい相手とだったら良いよね」
愛里沙と有華がそんな会話も実際に入れ替わってしまっている自分からしたら、ちょっとイラッとする。例え相手が誰だろうと入れ替わっても良いなんてことがあるわない。だって入れ替わるってことは自分でなくなるってことなんだから。家族にも友人にも分かって貰えないのだ。
「でも、一生そのままだったら嫌じゃない?」
だから二人にちょっと嫌な言い方をしてしまう。
「まあ一生だったら嫌だけどね。ちゃんと小説みたいに最後に戻って仲良くなれるなら良いけど」
「さすがに一生は無理だよね」
愛里沙と有華の答えは予想通りである。戻れるなら、そういう経験をしてみたい。そういうことだ。ずっとそのままなら二人だって嫌だろう。
主演の人気俳優、通称シュウは女の子達にとても人気がある。入れ替わることよりも仲良くなるの方が目的なんだろう。入れ替わった相手が異性だと色々と大変だしね。実際に経験しなくても予想が付くだろう。
「私なら、スポーツ選手の男の人とかだったら入れ替わってみたいかな。自分の体よりもプレイするとき楽しそうだし」
香奈がのんきにそんなことを言っている。運動のことをメインに考える辺りが香奈らしい。
「えー絶対格好いい人の方が良いじゃん。逆にナンパとかしたら楽しそうだし」
ナンパって……。愛里沙のこれは冗談なのか本気なのか。
「うーん、まあ男の人と入れ替わるなら私も格好いい方が良いと思うな。だって不細工な男に自分がなるとか嫌だし」
有華らしい発言だけど、中々耳に痛い。自分も別に格好いい方ではなかったし、有華からしたら、不細工に分類される可能性も……。
「柚葉は?」
「えっと……」
聞く側に回っていたら、有華に話を振られる。そもそも今が入れ替わっている最中だ。もし入れ替わるならどんな人が良いとか言われても……。
「柚葉ちゃんは絶対御坂君が良いって言うよ!」
私が答えあぐねていると薫子が代わりに答えてしまう。戻りたいという意味なら正解だけど。
「やっぱり好きな人と入れ替わるのが王道だよ」
薫子が自信満々といった様子で続ける。またこの展開か。何で柚葉が悠輝を好きってことになっているのか。柚葉がそんな素振りを見せたことないのに。
「あー確かに。柚葉は御坂君ラブだもんね」
「い、いや違うから……」
愛里沙が納得したように頷く。これまでも何度も否定しているのに、未だに信じて貰えない。どう言えば信じてくれるんだろう。
「誤魔化したってばればれなのに」
「そうそう」
有華と香奈まで言ってくる。
「本当に違うからっ!」
どう言い訳しても照れ隠しだと思われてしまう私は、必死に否定し続けるしかなかった。
学校が終わって家に帰ってきた。今日は特に予定もないし時間があるので、少し手の込んだものを作ろうかな。そう思って前に借りてきた本やインターネットで見つけたレシピなどをメモしたノートを開く。しかし、どれも一度は挑戦したものでピンとくるものが無い。インターネットで適当に検索でもしようかな。
そんなことを考えていると玄関の方で物音がした。お兄ちゃん? まだ早いような。
「ただいま柚葉」
「お帰り。今日はいつもより早い……」
扉を開けてリビングに入ってきたお兄ちゃんの方を見ると、後ろにもう一人いた。お兄ちゃんと同じ中学校の制服を着た男子。
「あ、こいつは同じ学年で同じ部活の友達で……」
「斉藤健介。よろしく妹ちゃん」
「あっはい、どうも……妹の柚葉です」
お兄ちゃんの友達の斉藤から手を差し出されたので一応握手しておく。何というかチャラそうというか軽そうというか。
「来週試験があって、部屋でその勉強するから」
「うん、分かった」
頷いて答えると、お兄ちゃんは友達と自分の部屋に入っていった。
突然で吃驚したが、別に部屋で勉強しているだけみたいだし、気にしないでおこう。
しばらく、パソコンに向き合って適当にレシピを漁る。
「……決めたっ栗の炊き込みご飯にしよう」
秋といえば栗だよね。うん。後は適当に汁物と魚でも焼こうか。魚はサンマかな。確か秋が旬だし。
頭の中で必要そうな物を考える。足りないものがいくつかあるので買いに行かないとだ。
「っと、その前に」
台所に行って安売りの時にまとめ買いしたジュースとコップを二つ、そして適当なお菓子を盛りつけてお盆に乗せて、お兄ちゃんの部屋に持って行く。勉強するなら糖分が必要だろうし、お客さんに何もしないのもまずいだろう。
お兄ちゃんの部屋の前まで行って、両手が塞がっていることに気づく。空けて貰おうと、呼びかけようとしたところで二人の会話が聞こえてきた。
「和矢は、昨日のドラマ見たか? あのアッキー出てるの」
「一応見たけど、何だ急に。勉強しろ」
「いやーアッキーやっぱり可愛いよなぁ」
アッキーっていうのは、あの入れ替わりドラマに出ていたヒロイン役の人の愛称じゃなかったかな。確かアイドルで中高生の男の子に人気があるらしいが、個人的には演技が下手くそで見てられなかった。特別可愛いとも思わないし。柚葉の方が可愛いでしょ多分。
「お前本当に好きだよな」
「だって可愛いじゃんか。もし俺がアッキーと入れ替わったりしたら……」
「変な妄想してないで、勉強な」
「いや、和矢も想像してみろって。あんな可愛いアイドルと入れ替わるとかやばいだろ。何でもし放題だぞ」
「……いや、多分大変だと思うぞ。誰かと入れ替わるなんて」
「そうかー?」
「そうだよ。いいから勉強しようぜ」
「ちょっとくらい良いだろ」
学校で自分が友達としたのと似た会話をしている。こういう所は男女関係ないかな。まあ、斉藤の想像してることが何となく女の子が不快な気分になりそうな内容の気がするが。
「和矢だっら、どうする? 好みの女の子とか、好きな相手とかと入れ替わったら」
「……どうするもないだろ。大変なだけだって」
「またまたー試しに思ったこと言ってみろって」
好きな女の子と入れ替わったらどうするか……。
「何も思ってねーよ。ちょっとトイレ行ってくる」
お兄ちゃんが内側からドアを開ける。ドアの前で固まっていたので鉢合わせしてしまった。
「あっ柚葉……」
「あっこれ休憩に食べて……あと、ちょっと夕ご飯の材料買いに行ってくる」
お盆を渡してそれだけ言ってその場から立ち去る。鞄を持ってそそくさと家を飛び出した。
「……はぁ」
何となく逃げてしまった。会話を盗み聞きしていたのもあるのだが、それが逃げた理由じゃなくて……。
「どうするか……か」
斉藤がお兄ちゃんに言っていた言葉。ただの会話の流れでのふざけていただけの言葉だろうけど。
それがどうしてか頭から離れない。それは、ずっと考えていたことだから。
大切で大好きな幼馴染みの柚葉。そんな相手と入れ替わってしまった自分はどうしたらいいのか。勿論斉藤が考えていたような、相手に対して不誠実なことをするなんて絶対に違う。
「どうしたら……」
大切だからこそ、大好きだからこそ、柚葉が目覚めたときに絶対に傷つけたくない。悲しい思いをさせたくない。ただでさえ入れ替わっていて大変なんだから。
「大好きな相手になったらどうしたらいいんだろう……?」
その答えはまだ見つからなかった。
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