第26話 ママとお買い物2

 朝起きて、顔を洗ってから一度鏡を見る。今日も柚葉と目があった。

 入れ替わってこの家で暮らすようになってから、毎朝繰り返していることだ。鏡を見て自分が柚葉であることを確認する。最初は元に戻っていることを期待してやっていたのだが、冷静に考えたらこの家で目覚めている時点で戻っているはずがない。今ではただの習慣である。

 歯を磨いたり、髪を梳かしたりしてパジャマから着替える。外出用の服ではなく、家で過ごす様の動きやすい服だ。掃除や洗濯、調理をするので、パジャマのままではいられない。エプロンとか付けても汚す可能性があるし。

 時計を確認すると6時になったくらい。いつも通りの時間だ。

 洗濯籠に入っている家族の服を洗濯機に突っ込む。家族4人分なので、一日二日サボるだけでたまって邪魔になるので毎朝回している。

 洗濯機をセットして、朝食の支度に入る。両親は7時前には仕事に行くため、早めに用意しないといけない。炊飯器を夜寝る前にタイマーでセットしておいたので、ご飯は問題ない。後は、お味噌汁と鮭の切り身でも焼こうか。付け合わせは買い置きの漬け物でいいかな。

 やることを決めて、テキパキと調理を進める。料理をするのは意外と楽しくて好きなのだが、それを毎日となると少し疲れてしまう。休みの日とか3食も何を作ればいいのかで悩まされる。毎食おいしい料理を用意してくれたお母さんは凄かったんだなぁ。それを当たり前だと思って生活していた当時の自分を殴りたい。今なら、感謝するどころか手伝ったり代わったりするまである。

「まあ、今は柚葉だから手伝ったりとか出来ないけどね」

 独り言をこぼしながらも、手を動かしていく。もう2ヶ月は高木家の台所事情を任されているので慣れたものだ。まあ、簡単なことしかしていないのだが。

 出来上がったものから、皿に盛りつけてテーブルに運ぶ。お兄ちゃんの分はまだ起きてこないはずなので自分の分と一緒に温め直せるようにしておく。朝はお兄ちゃんと一緒に食べることにしているのだ。お兄ちゃんなしで両親二人と食卓を囲むのは、まだ少し怖いし。

 朝食を並べ終えたところでパパが起きてきた。

「おはようパパ」

「ああ、おはよう」

 パパが少し眠たそうな表情で返事をして、朝食の用意された席に座る。初めは恥ずかしかったパパ呼びも大分慣れた。柚葉の体でも自分の父親という感じはしないが。

「ママはまだ寝てるの?」

「ああ。いただきます」

 パパが手を合わせて用意した朝食を食べ始める。私が料理を始めてから、ご飯の時は結構ご機嫌だし、パパもママの料理は嫌だったのだろう。そもそも誰もその不味さに触れなかったのが謎だけど。

 時計を確認するともう6時半になる。そろそろ起きないと仕事に遅刻するんじゃないかな。仕方がないのでママを起こそうと、両親の寝室に向かおうとする。

「母さんなら今日は休みだぞ」

「えっそうなの?」

 それは聞いていなかった。というより、朝が早いので残業で遅くなりやすい両親が帰ってくるより先に寝ることが多いのだ。だから、そもそも聞きようがない。

「じゃあ、ママの分のご飯は一回片付けるよ」

 用意の都合があるのでせめてメモくらい残しておいて欲しいものである。

 仕事に向かうパパを見送って、今度は洗濯を干す。前は自分が身につけているとはいえ、女の子の下着を干すのも恥ずかしかったが、いつの間にか慣れてしまった。男としては慣れない方が良かった気もする。

 朝のニュース番組を見て二人が起きてくるのを待つ。掃除機をかけたいが、お兄ちゃんとママが寝ているのでやめておいた。特にママは疲れてるだろうし。

 しばらくして、お兄ちゃんが部屋から出てくる。

「おはようお兄ちゃん」

「おはよう……」

 お兄ちゃんが口を大きく開けて欠伸をする。お兄ちゃんは両親が帰ってくるまで起きているので寝るのが遅かったのかもしれない。

「眠いなら、まだ寝てても良いよ。今日から秋休みだし」

「眠いけど寝ないよ。それに秋休みって言っても4日しかないし、ぐだぐだしてられない」

 そう言ってお兄ちゃんは洗面所に向かう。多分眠気覚ましに顔を洗いに行ったのだろう。

 その間に朝食の準備をしておく。温めるだけなのですぐだ。

「お兄ちゃん食べよう」

「おう」

 二人で頂きますして朝食を食べ始める。

「そういえば、今日ママ休みなんだってね」

「みたいだな。俺も昨日の夜聞いたよ」

「聞いたなら、メモ残しといてよ。ご飯用意する都合があるから」

「今度から、そうするよ」

 そう言ってお兄ちゃんがお味噌汁をすする。

「あっそうだ。母さんが柚葉と買い物に行くって張り切ってたぞ」

「うぇっ……」

 それはあまり嬉しい情報ではない。夏に出かけたときは大変だった記憶しかないし。

「まあ頑張れ。俺は行けないけど」

「えっ!? 何で」

「部活だよ。練習時間の予定表渡してあるだろ」

 そうだった。お兄ちゃんはお昼から部活の練習なのだ。確かにそれだと一緒に買い物は無理だ。

「休んだりは……」

「出来なくも無いけど、サボりってばれると困るしなぁ」

 確かに練習をサボってお出かけは良くない。部活でのお兄ちゃんの評判に関わる。

「いや仕方ないよ。ごめん我が儘言って」

「まあ、心配なのも分かるし気にするな」

 うん。本当に心配だ。柚葉になって4ヶ月くらい経つというのに、未だにママと二人になると緊張して上手く話せなくなるのだ。母親と娘の距離感が分からないというか何というか。ママと二人の時の柚葉がどんな感じだったかも分からないし。

「すっごく不安……」

 でも、いい加減慣れないといけないだろう。現状だといつ戻れるか分からないし。

「この機会に、ママに慣れるようにする……」

「本当に大丈夫か?」

「うん、大丈夫……多分……おそらく……きっと……」

 自分で言ってて不安になってくる。すぐに戻れると自分に言い聞かせて先送りにしていた問題に直面してしまった。

「またママと買い物か……」

 しかも今度はお兄ちゃんなしの二人で。やっぱり駄目かもしれない。




「柚葉これ着てみて」

「うん……」

 受け取って、その服に着替える。

「うーん、今度はこっち着てみて」

「分かった……」

 先程着た服を脱いで受け取った服に着替える。

 天衣モール内の試着室で私は着せ替え人形みたいになっていた。うん、予想通り。

 時間はだいたい昼過ぎ。自宅で少し早いお昼を食べてからやってきた。

 さっきから、ママが持ってくる服を片っ端から着ては脱いでを繰り返している。前と同じような状況である。違うところは、今回は秋冬物の服を見ているところ。

 完全にされるがままになっているが、それでは駄目だ。ママと自然に接することが出来る様にならないといけない。

 ママが戻ってくる前に試着室から出る。少しは自分の意見を言った方が良いはずだ。そう思って近くの服を物色する。

「何か良いのあった?」

「わっ!?」

 いつの間にか戻ってきたママに声を掛けられて吃驚した。まだ見終わってない。

「えっえっと……こっこれとか……?」

 咄嗟に目に付いた水色の物を手に取る。柚葉=水色という考えもどうかと思うが、もう水色のイメージがついてしまったから仕方ない。

「そういえばコート類はまだ見てなかったね。じゃあ、それは一応持っておいて他のも見てみよう」

「あっうん、そうだね……」

 手に持った水色の物はコートだったらしい。多分トレンチコートとかいうやつ。違うかな? まだまだ服の事には疎い。

 試着室にある鏡の所に行って、手に持った水色のコートを体に当てて見てみる。適当にとったわりには結構可愛いかも。

「柚葉、こっちはどう?」

 ママが持ってきたのは形は似ているが薄いピンク色のコート。

「ピンクかぁ……」

「たまには良いじゃない」

 ママに押しつけられたので、上に羽織って鏡で姿を確認する。確かに可愛いし似合っていない訳ではないのだが。

「何となく違和感……」

「えー可愛いと思うけど」

 ママは気に入っているようだが、やっぱり変な感じがする。そもそも柚葉がピンク色の服を着ているのを見た記憶がない。もしかして本人も拒否していたのでは。

「私ピンクはあんまりって言わなかったっけ?」

 ちょっとカマをかけてみる。もし柚葉なりのポリシーがあったら困るし。

「確かにピンク系の服があまり好きじゃないのは何度も聞いたけど」

 予想的中。柚葉があまり着たくない服を着るのはやっぱり違うだろう。だって自分が着てしまうと、柚葉が許容したことになる。本人が良いっていうまで駄目。

「絶対嫌?」

「嫌……」

 娘がいつも嫌がっていてもピンクを着せたいのか……。

「夏に来たときは、いくつか着てくれたし、今だって試着はしてくれたんだから、少しは良いなって思ってるでしょ?」

「えっいや……」

 何でそんなにピンクを推すの!?

「たまに着てくれるだけで良いから。ね?」

 頭をぶんぶん振って拒否する。柚葉が嫌だったのなら駄目だ。

「さっきの水色のも買ってあげるから。ね? ねっ?」




「はぁ……柚葉ごめん」

 結局ママに丸め込まれてしまった。買った以上は着ないと駄目だろうな。勿体ないし。 柚葉への申し訳なさで暗くなっている私に対して、ママはかなり上機嫌だ。そんなに柚葉にあのコート着せたかったのか。

「あっちょっと、ここ寄ってくね」

 1階に降りるとママがエスカレータ近くのお店に入る。

「化粧品のお店か……」

 悠輝の頃もお母さんと出かけて、待たされたことがある。化粧品買う時って何であんなに長いんだろう。

 そんなことを考えながら突っ立っていると、店内でママが店員さんと会話を始めている。絶対に長くなるパターンだ。

 待っているのも退屈なので、中を見て回る。といっても化粧品の事なんて分からないので眺めているだけで別に面白くもなんともない。

「何か探してるの?」

「えっ!? ……別に」

 突然店員に話しかけられて吃驚した。いきなり話かけないで欲しい。

「あなた今いくつ?」

「10歳です……」

「そっか、じゃあまだお化粧は早いかな」

 言われなくてもそんなことは分かる。有華や愛里沙ですらしていないのだ。今は必要無いだろう。

「……いくつくらいからすれば良いんですか?」

 話を切って逃げようかと思ったが、暇なので疑問に思ったことを尋ねる。

「人それぞれだけど、早くても高校生くらいからで良いと思うよ。それでもがっつりじゃなくて簡単に。若いうちは肌も綺麗だし」

「は、はぁ……」

 高校生からなら関係ないな。うん。だって高校生になるって5年くらい先のことだ。そこまで柚葉とかあり得ないし。

「何かしたいなら、お化粧じゃなくてスキンケアとかやった方が良いかな。正しい方法で続けてれば、今の綺麗な肌保てるよ肌荒れも予防が大切だし。例えば……」

 言いながら店員さんが色々と紹介してくれる。お風呂の時はこの石けんを使うと良いとか、化粧水の後に乳液を使うとか……。

「た、大変そう……」

「無理しないで続けられそうな範囲でね。継続が一番大事だから」

「継続……」

 女の人の肌の手入れってこんなに大変だったのか……。しかも、大きくなったら+出かける前のお化粧。何これ女の子大変すぎない?

 今は特に何もやっていない。柚葉も特にやっていなかったみたいだから。でも。

「早いうちからやっておくと良いんですよね……?」

「予防にはなるよ。ニキビとか出来ちゃってから慌てるよりは全然良い」

「ふむ……」

 入れ替わる前の柚葉がやっていなかったとはいえ、自分がやらなくて良いことにはならない。入れ替わってなかったら、柚葉が今日から始めたっておかしくはないのだ。

「あれっ? 柚葉も何か見てたの?」

 買い物が済んだのかママがこっちにやってくる。

「ママ、ちょっといい?」

 決意を固めてママに声を掛ける。その後、洗顔石けんや化粧水などを一緒に吟味して貰って買って帰ったのは言うまでもない。



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