第16話 スク水は恥ずかしい

「それで、話ってなんだよ」

 夕飯を食べ終えてから、私はお兄ちゃんを部屋に呼び出した。

「えっとね……」

 切り出すのが恥ずかしくて顔が熱くなる。どう説明したら良いのか。

「ぷぅ……」

「ぷぅ?」

「プールに行くことになっちゃったんだけど……」

 何とか言葉を捻り出す。

 顔が熱い。湯気でも出ているんじゃないだろうか。

「…………それがどうかしたのか?」

 見るとお兄ちゃんは、意味が分からないとでも言いたげに首を傾げている。

「どうかしたってプールだよ!」

「おう」

「水着にならないとなんだよ! 今、柚葉なんだよ!」

「ああ、そういうことか」

 ようやく分かってくれたのか、お兄ちゃんが納得したように頷いた。

「ようするに女子の水着が着たくないと」

「そうだよ……悪いか!」

 こっちがあえて言わないようにしていたことをあっさりと口に出す。こっちの気も知らないで。

「いや、悪くないけどさ。何か今更だなと思って」

「今更って?」

「だって、いつも女子の格好してるわけだし、もう割り切ってるのかと思って」

 確かに柚葉になってから女の子らしい服ばかり着ている。外出の時にズボンを穿いたことが何回あったか。今日だってワンピースで出かけたわけだし。

「そっちも恥ずかしいけどさ。水着だとほら……」

 察してくれることを期待して、お兄ちゃんの方を見つめるが全然分かってないみたいだ。

「水着って、体のラインが出るじゃん?」

「まあ、基本的にそうだな」

「だから、その……」

「はっきり言えって。分からないだろ」

 あんまり柚葉の口からこういうことを言いたくはないのだが仕方がない。

「………………アレがないのが見えて怖いというか、恥ずかしいというか」

「うん? それこそ今更な気が……」

 全然今更なんかじゃない。ずっと思っていたことだ。

「お兄ちゃんには分からないよ! 柚葉の体だって分かってても付いてないのは、すっごく変な感じするんだから!」

「でも、それ普通の服でも変わらないんじゃ」

「変わるよ! 普通に服着てる分には、ぱっと見分からないし」

「うん?」

 何でこれだけ言っても通じないのか。

「直接触ったりとか、お風呂やトイレの時以外は、気にしないようにしてれば大丈夫だけど、水着だと見下ろしたら視界に入っちゃうじゃん」

「…………お前の、そのこだわりがよく分からん」

「なっ!?」

 そんなに変なの? お兄ちゃん的には全く理解出来ないの?

「まあ、ようするに自分で明らかに男じゃないのを見たくないってことだろ」

「そうそう。どうしても目で見ると違和感がすごいというか、不安になるというか」

 一応言っていることは理解してくれたようだ。気持ちは分からないらしいが。

「そんなに嫌なら、断れば良かっただろ」

「断れなかったの!」

「えっと、確か女物の水着で腰に布巻いてるのなかったっけ?」

「腰に布? ……あっ」

 机の本棚から一冊の雑誌を取り出す。パラパラと捲って目当てのページを見つけた。そのページを開いて見せる。

「こういうパレオみたいなの?」

「そういうやつ。よく知ってたな」

 伊達に女の子達と混ざって1ヶ月も過ごしていない。話題に出ても困らないように、最初から部屋にバックナンバーがあったこの雑誌は買い足してるし、隅々まで目を通している。

「でも、柚葉ってこういう水着持ってるの?」

「知らない。去年は一緒に海とかプールとか行かなかったし。一々買っても教えにこないし」

 しかし、パレオというのもありか。一応隠れるし。

「じゃあ、とりあえず引き出しの中見てみる」

 そう言って洋服ダンスの引き出しを一つ一つ確認していく。漁っているようで柚葉に申し訳ないが、場所が分からないのでしらみつぶしに探すしかない。

「これだけだった……」

 しばらく探してみて見つかったのは学校指定の水着のみ。高木と書かれた白い布が縫い付けてある。

 そういえば、この前ママと買い物に行ったときに水着がどうとか言ってた気が……。

「それしかないなら、それを着るしかないな」

「……うん」

「サイズ合わなくなってるかもだし、試しに着てみろよ」

 そう言ってお兄ちゃんが部屋から出て行く。お兄ちゃんの言うとおりなので、私は着てみることにした。

 着ていたワンピース、下着を順番に脱いで素っ裸になる。

「これ、着るんだよな……」

 いくら柚葉の体とはいえ、これを着るなんて……。私服とは別の恥ずかしさがある。

「…………よしっ」

 気合いを入れて足を通す。サイズが少し小さめなのか元々なのか、スムーズには入らず少しずつ上に引っ張り上げていく。何とか身につけてから、ずれているところを少し調整する。

「こ、これでいいんだよな?」

 言いながら部屋の姿見で自分の姿を確認する。

「…………」

 水泳の授業で柚葉が着ていた時と多分同じ感じ。ちゃんと着れているだろう。

「っ……やっぱり変な感じ……」

 多分ずれたりしないためだと思うが、かなり体に密着している。胸の辺りまで覆われているのは初めの感覚だ。アレがないのも視界に入ってしまうし。

 体を締めてくる感じがとてもいたたまれない。キツいわけではないのだが、何でこんなに密着しているのか。特にあそこのところとか、いつも以上に男と違うのを強調されている感じがする。

「この格好で人前に出るとか……」

 公共施設のプールを使うなら、確実に他のお客さんがいる。周りからすれば女の子が普通の水着を着ているだけに見えるだろう。でも。

「むー…………やっぱり恥ずかしぃ……」

 柚葉で過ごすのも少しは慣れてきたと思っていた。でも、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 プールの日を想像して、その場にしゃがみ込んでしまった。




「おはよう柚葉ちゃん!」

 すぐにプール当日となった。11時に現地集合。薫子と一緒にバスで行くことになっていた。

「うん、おはよう……」

 いつも通り元気な薫子に対して私は憂鬱だ。これから女子の水着で過ごすのだ。服を着たままじゃ駄目かな。

 挨拶を済ませて、二人で来たバスに乗り込む。しばらくして、屋内プールや温泉などがある天衣ウォーターパークに到着した。ちょうど目の前に止まってくれるので移動が楽なのは助かる。

「柚葉に薫子、おはよう」

 施設に入ると、受付近くのベンチに座っていた田中が声を掛けてくれる。隣に佐藤と渡辺姉妹がいる。えっ?

「わたっ愛里沙のお姉さんもいたんだ」

「うん、美紗ちゃんも一緒」

 美紗ちゃん? 多分渡辺姉の事だと思うが、そういう呼び方なのか。まあ、自分も悠輝の頃お兄ちゃんのこと和兄って呼んでたし、呼び方は人それぞれか。

「ごめんね、突然来て」

「え、いえ。その吃驚しただけなので気にしないでください……」

 渡辺姉が急にこっちに来て話かけてきてドギマギする。よく知らない人から親しい感じで話されるのはやっぱり困る。

「こんにちわ、愛里沙ちゃんのお姉さん!」

「あ、薫子ちゃん久しぶり。その呼び方長くて呼びづらくないの? 美紗でいいって言ったのに」

「慣れちゃったので」

 そういえば、薫子はお兄ちゃんもお兄さん呼びだったし、みんなが柚葉と呼ぶ中一人だけ柚葉ちゃん呼びだ。それに対し、柚葉は基本的には他の3人と同じ呼び方で呼び合っている。

 つまり、柚葉はお姉さん呼びじゃない? でも、名前で呼んでもし違っても困る。今は極力話かけないようにしよう。そうすれば名前を呼ばなくても問題ないし。

 少しお喋りをしてから、受付で会計を済ませる。更衣室にみんなで移動した。

「あれ? 柚葉ちゃん下に着てきたの?」

「う、うん」

 着てしまえば問題ないだろうが、着替えの仕方が他の女の子と違ったら問題だと思い服の下に着てきたのだ。おかげでずっと落ち着かなかった。

「香奈はやっ」

「下に着てきたから」

 佐藤も下に着てきたらしい。まあ、他にもいるなら問題ない行動だったということだ。

 他の4人が着替え終わるまで体育の着替えの時みたいに下を向いて待つ。今は柚葉とはいえ、中身男の自分が見るのは駄目だ。

「よし、みんな着替え終わったし行くか」

 佐藤の楽しそうな声が聞こえる。みんな着替えを終えたらしい。安心して視線を上げる。

「…………しまった」

 他の5人の水着姿を見て気づいてしまった。

 学校の水着着てるの私だけ!?

 佐藤のは可愛い感じではないが、競泳にでも使いそうなやつだし。田中と渡辺姉妹は上下に分かれた、ビキニとかいう奴。薫子はピンク色でフリルの付いたワンピースタイプ。

「これって……」

 誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

「…………柚葉に恥をかかせてるんじゃ」

 他の子が遊び用の水着を用意しているのに、一人だけ学校の水着。

「あの時、ママと一緒に水着を買っておけば……」

 さっきまでは女子の水着を着ている恥ずかしさで頭の中が一杯だったが、今度は一人だけスクール水着で浮いている自分が恥ずかしくて頭が一杯になった。

 柚葉、本当にごめん……。

 心の中で強く何度も謝った。



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