第15話 好きなキャラを決めちゃった

 バスに揺られて30分くらいしてようやく目的地に到着した。

「着いたー!」

 薫子が嬉しそうに大声を上げる。いつもはのんびりとした印象なのに今日はテンションが高い。

「柚葉ちゃん! 早く行こっ」

「ちょっと待っ――」

 薫子が私の右手を掴んで走り出す。いきなりだったので少し倒れそうになったが、何とか転ばずに付いて行く。

 ファンアニショップは1階の中央辺りにある。ほとんど走りながら向かったため、すぐに到着した。

「もう……いきなり走ったら危ないよ」

 ようやく立ち止まった薫子を注意する。平日とはいえ夏休みなので今日も混んでいる。途中何度も人にぶつかりそうになってしまった。

「えへへ……ごめんなさい」

 薫子がしゅんとして、肩を落とす。。

 楽しみにしていたのだから、焦る気持ちは分かるが怪我をしたら元も子もない。怪我どころか体が入れ替わってしまった自分が言うんだから間違い無い。

「次からは気をつけてね」

「……うん」

 様子から反省しているのが伝わってくるのでこれ以上追求はしない。そうでなくても、気にしすぎてしまうタイプだし。

「それじゃあ、今度こそ行こう?」

「うん!」

 薫子と一緒にファンアニショップへ向かう。もう目の前だ。しかし、近づいてみて愕然とした。

「凄い列……」

 ただのお店だと思っていたが、そうではなかった。入り口と出口があって、そこから出入りしなければならないらしい。

「やっぱり初日だと混んでるよね……」

 薫子も行列を見てげんなりとしている。

「とりあえず、並ぼっか」

「うん、そうだね……」

 二人で列の最後尾に並ぶ。中々進まないし、先が長そうだ。

「風宮のファンアニショップもこんなに混んでるの?」

「混んではいるんだけど、ここまでじゃないよ」

 つまり、みんなして新しい店舗のオープンに集まってしまったということだろう。

「風宮市に住んでる人とかも来てそうだし」

「え、近くにあるのに!?」

「うん。オープン記念に天衣市デザインのを限定販売するから、集めてる人は来てるみたい」

 近くに同じお店があるのに限定商品のためだけに来る人がいるなんて驚きである。そもそも天衣市デザインって何だろう。

「中ってどうなってるの? 私、てっきりグッズのお店だけだと思ってたんだけど」

「うん、バスで約束したし、待ってる間に教えるね」

 思い出したように薫子が言う。別に忘れていても問題なかったが、せっかくだし教えて貰おう。

「入り口を入るとね、色々なコーナーがあるんだ」

「コーナー?」

「うん。ファンアニの歴史についてのコーナーとか、キャラクターごとの展示コーナーとか。でも、人気キャラのだけで全員分はないんだけど」

「ファンアニの歴史……?」

 歴史って何だろう。いつ誕生したかとか? そういえば知らない。

「えっとね、ファンアニって最初のキャラクターのコグマルが出てから、今年でちょうど30周年なんだけど……」

「えっそんなに昔からあるの!?」

 自分が生まれる前である。それどころか、お母さん達が子供の頃じゃないだろうか。

「そうだよ。それでコグマルのデザイナーさんが今3人目で絵が少し違うから、それの比較用に昔と今の絵が並んでたりとか、どのキャラがいつ登場したか、年表になってたりとか、そういうコーナーだよ」

「そっか、30年も続いてたら歴史があるよね……」

「それで、キャラクターのコーナーなんだけど――」

 薫子の説明を聞きながら、しばらく順番を待つ。いつも以上にファンアニの事を聞いているが、アトラクション前に基礎知識を聞いてるようなものなので割と楽しい。

 一時間近く待ってようやく自分たちの番になった。

「そういえば、入場料とかいるんだっけ?」

「あっ言ってなかったね。一応、小学生は300円必要なんだけど……」

 展示物とかがあるみたいだし、そうだと思った。鞄から財布を取り出す。水色で可愛らしい装飾の財布。柚葉が元から使っていた物は事故で紛失してしまったらしい。これは退院後にママが買ってきてくれたものだ。

 横で薫子も鞄から財布を取り出している。ニャニャミの絵柄が入った鞄に、同じくニャニャミの柄が描いてあるピンク色の財布。本当にニャニャミが好きなんだなぁと感心した。

「小学生二人でお願いします!」

 受付の人に薫子が楽しそうに言う。薫子が先に300円を出したので、私も財布から100円玉3枚を出した。

 一応柚葉のお小遣いなので勝手に使うのは憚られるのだが、ここは交友費ということで許して欲しい。

 会計を済ませて、二人で中に入る。先に話を聞いていたとおり、ファンアニの歴史と書かれたコーナーから始まった。

 どのキャラクターがいつ登場したのか年と月で記されている。

「最初は、コグマルとニャニャミだけだったんだ……」

 そこから、何年かごとに増えている。コグマルにコグマサとかいう弟がいることを今始めて知った。薫子の情報はニャニャミ関係ばかりだったし。

 右側の古い方から年表を見ていくと、最後の所に今年の7月と書かれている。

「今月のことじゃん」

 名前はアザ太。小さくイラストが載っているので確認すると、どうやらアザラシのキャラクターらしい。ちょっとドヤ顔。アザラシでアザ太とは、なかなか安直だと思う。

「柚葉ちゃん何見てるの?」

「わっ」

 さっきまでニャニャミの歴代イラストを眺めていた薫子が、いつの間にか後ろに来ていた。

「そんなに驚かなくても……。あっアザ太見てたの? この前電話で話した新しいキャラクターだよ」

 そういえばそんな話を聞いた気がする。あの時は、いつ電話を切るかで頭が一杯だったので全く記憶に残っていなかった。

 そのまま奥に進む。思った以上に広い。このショッピングモールの中でこれだけスペースを取っているお店は他にないだろう。

 次にコグマルの展示スペース。色んな服装のコグマルとその家族のぬいぐるみやフィギュアが並んで飾ってある。

「これがコグマサか」

 さっき年表で見たコグマルの弟を確認。年表にもイラストが載っていたが、小さいかったし、立体の物とでは印象が違う。

 次に薫子が大好きなニャニャミのコーナー。

「ニャニャミ!」

 薫子がスマホを取り出して、写真を何枚も撮っている。今日一番楽しそうである。ってスマホ?

「薫子スマホ持ってたの?」

「うん。今年のゴールデンウィークに買って貰ったんだよー。そういえば、柚葉ちゃんにはまだ教えてなかったね。うっかりしてた」

 ゴールデンウィークに事故にあってから、1ヶ月も寝たきりだったわけだし、話す機会を逃されてしまうのも仕方がない。

「私も買って貰ったんだ」

 鞄からスマホを取り出して薫子に見せる。

「え、そうなの! じゃあ、番号交換しよう」

 まだ慣れていないので薫子に操作して貰って登録する。これでもう家に掛けなくても直接薫子に連絡できるだろう。女の子の家に電話掛けるのは緊張するので、少し安心。

「あれ、柚葉ちゃんLANEのアプリ入れてないの?」

「レーン?」

 どんなアプリだろう。柚葉の私物をいじるのは気が引けるので、最低限の設定をしてから、必要なとき以外弄っていないのだ。

「メールとかよりも簡単にメッセージのやり取りが出来るんだよ」

 言いながら薫子が自分のスマホで、そのアプリを起動して画面を見せてくれる。やり取りをしている相手が愛里沙になっているが……。

「もしかして、愛里沙もスマホ持ってるの……?」

「うん。愛里沙ちゃんも有華ちゃんも持ってるよ。香奈ちゃんはまだみたいだけど」

 つまり、グループの中で佐藤以外持っているのか。お兄ちゃんもまだだったし早い方だと思っていたが、そんなことはなかったらしい。自分が入院している間に急速に持ってる人が増えたのだろうか。悠輝だった頃は周りも持っていなかったはずだ。男友達のことしか知らないけど。

「そうだったんだね……」

 とりあえず、みんな使っているみたいなのでそのレーンとかいうアプリをダウンロードする。一度起動してみて、簡単な登録作業を済ませる。名前の所は、柚葉で良いだろう。渡辺も愛里沙になってたし。

「じゃあ、こっちも登録しよ」

 薫子に操作して貰って友人登録。ついでに3人のグループに入れて貰う。これでメッセージを入力して会話が出来るということだろうか。後でやり方とか確認しとこう。

「まさか、柚葉ちゃんがスマホ買って貰ってたなんて」

「ママが夜遅いときとか心配だからって」

 悠輝のお見舞いに行った帰りが遅いということは言わないでおく。多分またからかわれるし。

「うちもだよ。何かあった時すぐ連絡出来るようにって」

 どこも同じ理由らしい。柚葉の友人で持っている子が多いのは、女の子の方が危ないってことかもしれない。

「……とりあえずスマホの事は後にして、ちゃんと展示見よっか。せっかく来たんだし」

「そうだね。私はとりあえず、ニャニャミをもっと撮るよ!」

 そう言って、またスマホで写真を撮り始める薫子。

 本当にニャニャミ大好きだなぁ。そんなことを考えながら、その様子を見守った。




「全部見終わったね」

 展示物のコーナーを終えて、後はグッズの売っているところである。

「ここからが本番だよ! お小遣いの範囲で何を買うか考えないと!」

 そう言って薫子がニャニャミの並んだコーナーに突撃する。あれこれと手にとっては戻していく。結構時間が掛かりそうだ。

「私は適当に見るか」

 グッズコーナーをぶらぶらとする。一番広いコグマルのところで足を止めた。

「これって、部屋にあったのと同じの?」

 よく見ると服装が違うがサイズは同じだ。あれもやっぱりファンアニショップで買ったものだったのかも。何となくタグをひっくり返して、値段を確認する。

「えっこれ3000円もするの!?」

 ぬいぐるみってこんなに高かったのか。買おうと思ったことが無かったから、知らなかった。

 部屋のコグマルの隣に置くぬいぐるみでもと思ったが、こんなに高い物を買っていたら、夏休み早々お小遣いが無くなってしまう。

「ぬいぐるみは、またの機会だね……」

 例えばお年玉とか、たくさんお金が貰える時じゃないと無理だろう。

 コグマルを元の場所に戻してその場を離れる。目的もなくうろちょろしていたが、他の人の邪魔になりそうだったので、人が少ないところに避難した。

「みんな真剣だなぁ……」

 薫子ほどじゃないにしても、誰もが楽しそうにキャラクターグッズを手に取っている。わざわざ行列に並んで入場料も払ってるので、当たり前と言えば当たり前か。

 悠輝の頃は、女の子っぽいものとして、ファンアニというかぬいぐるみとかには関心を持たなかった。なので、こういう時にどうしていれば良いのか分からないのだ。

 何となく辺りを見回す。コグマルやニャニャミと違って、あまり有名じゃないキャラクターが並んでいる。羊のキャラクターとか、鮫のキャラクターとか。その中の一つに目が止まった。

「あっこれ新しい奴……」

 新キャラクターと書かれたアザラシのキャラクターアザ太のグッズがいくつか並んでいる。せっかくの新しいキャラクターなのにこんな隅の方に置くのか。

 試しにアザ太のぬいぐるみを一つ持ってもふもふする。絵で見るよりも可愛いドヤ顔である。

 キャラクター説明が載っていたので読んでみる。

「いつも真剣で真面目な男の子。コグマルの新しい友達だよ。友達のことをいつも気遣っているぞ」

 簡単な説明過ぎてよく分からないが、真面目で気遣いの出来るアザラシというのは分かった。

『悠輝って本当に気遣いが出来るよね』

 いつだったか柚葉に言われたことを思い出した。どういう状況で言われたかは覚えていない。自分ではそんなことはないと思うが。

「アザ太も一緒か」

 ぬいぐるみはとてもふわふわと柔らかくて、顔の辺りを押すと表情が少し変わって見える。それでもドヤ顔だが。この眉毛のせいだろうか。

「柚葉ちゃんアザ太気に入ったの?」

「うわっ!?」

 いつの間にか近くにやってきた薫子に吃驚してぬいぐるみを落としそうになる。

「えっどうして……?」

「だって、ずっとぬいぐるみ触ってるし。気に入ったのかなって」

 別に気に入ったわけではない。何となく触っていただけだ。でも……。

「うっうん。割と好きかな。可愛いし……」

 薫子みたいに好きなキャラクターがあった方が話をしやすいだろう。そう思って気に入ったことにする。

「そっかぁ。柚葉ちゃんもついにお気に入りのキャラクターが出来たんだ。前に聞いたときは特別気になるのないとか、強いて言えばコグマルとか言ってたのに」

 コグマル? あっ部屋にコグマルがいるし、コグマルが気に入ったって言った方が良かったかもしれない。自分が勝手にアザ太を推すと、元の体に戻ったときに柚葉が話を合わせないといけなくなる。何で勝手にアザ太を推しキャラにしちゃったんだ俺。

「じゃあ、アザ太のぬいぐるみ買うの? ずっと持ってるし……」

「えっと……」

 ここまで来たら何か買った方がいいか。ぬいぐるみの値段を確認するとコグマルと同じく3000円。このサイズは一律で同じ値段らしい。

「ちょっと、予算オーバーかな……」

「じゃあ、ストラップとかは? 柚葉ちゃんまだスマホに何にも付けてないでしょ?」

 確かにまだ何も付けていない。薫子はニャニャミのストラップを付けているみたいだし、こっちもアザ太ストラップを付けるのはありだろう。

 アザ太天衣市限定版のストラップを手に取る。

 天衣だから天の羽衣か。なるほど。値段はちょうど1000円で、天の羽衣を身につけたアザ太の小さいフィギュアが先に付いたストラップ。これにしておこうか。

「じゃあ、このストラップ買うね。薫子は……」

「私はこれ!」

 籠の中にたくさんのニャニャミグッズが入っている。ぬいぐるみも入ってるけど、薫子の予算はいくらなのか……。

 二人で一緒にレジに並んでお会計。せっかくだから、すぐにストラップを付けた。

「アザ太も可愛いね。私はニャニャミ派だけど」

 それを見ても薫子が嬉しそうにする。ファンアニ仲間が増えたからだろうか。

「そうだ! ちょっとスマホ貸して」

 よく分からないが薫子にスマホを預ける。少し操作してから返してくれた。

「レーンのアイコンアザ太にしといたよ! 公式サイトでアイコン貰えるんだ」

 自分の画面のところがアザ太の顔になっている。友達一覧の所にはニャニャミの顔で薫子の名前。本格的にアザ太ファン認定されてしまった。柚葉が目覚めたら謝ることがまた一つ。

 そんなことを考えていると、スマホがブブブっと震えた。見ると、レーンからの着信通知だ。

『あれ? 柚葉がグループにいる??』

 有華と書かれた名前の下にこの文章。メッセージが届いたということだろう。

「これ、どうしたらいいの?」

「文章打って返事すればいいよ。ここの下のところタップすると、入力画面開くから」

 言われた場所をタップすると、文字入力用の画面になる。スマホ買って貰いました。と打ち込む。

『そうなんだ!! これで柚葉とも連絡とりやすくなるね』

 はやっ返信はやっ。慌ててそうだね。と返事をする。

『柚葉水曜空いてる?』

 うん? 何だろう。特に予定もないので空いてるよ。と返事をする。

『じゃあ、プール行こう!!』

 えっプール!?

『香奈と愛里沙には聞いてあるから、後は柚葉と薫子に聞こうと思って』

 こっちが打ち込む前に田中が次のメッセージを入力してきた。

『私も大丈夫だよ』

 画面に薫子のメッセージが表示される。隣で打ち込んだらしい。

『じゃあ、決まり!! 時間とかは後でメッセージ送るね』

『うん』

 有華のメッセージに薫子が返事をしている。先に大丈夫と言ってしまったので、今更断れない。仕方がないので、慌てて分かった。と打ち込んで返事をした。

「……プールって」

「楽しみだね、柚葉ちゃん。もう体は大丈夫なんだよね?」

「う、うん」

 もう体力は戻っているし、遊ぶだけなら問題ない。授業ではプールに入れなかったし、遊びたい気持ちはある。でも……。

「どうしよう……」

 薫子に聞こえないように小さな声で呟く。

 この体でプールに行くってことは、女の子の水着を着ないといけないのだ。



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