第17話 プール!
「うぅ……」
女子の水着というだけでも耐えがたいのに、一人だけスク水。二重の恥ずかしさに襲われる。
「……もう帰りたい」
考えるほど耐えきれなくなり、思わずその場にしゃがみ込む。
「柚葉ちゃん体調悪いの?」
いつの間にか隣にいた薫子が心配そうに声を掛けてくる。
「ううん、大丈夫……」
憂鬱ではあるが体調が悪いわけではない。これ以上心配させないように立ち上がる。
更衣室を出てプールエリアに入ってから、各々適当に準備運動をしてプールに入っていった。
私は色々と気持ちが落ち着かず、そのままプールに入らずしゃがみ込んでしまう。すると、薫子が戻ってきてしまった。
「そんな柚葉ちゃんに、はい!」
薫子が何かを差し出してくる。透明に水色の柄が入ったビーチボールだ。
「アザ太を見て元気出してっ」
「アザ太?」
よくよく見てみると水色の絵柄はアザ太だった。この前は売ってなかった気がするが一体どうしたんだろう。
「懸賞で当たったんだ。これと一緒に」
得意げにビーチボールを持っている方と反対の手で持っている浮き輪を見せてくる。よーく見ると、こっちはニャニャミ柄だ。
「アザ太は柚葉ちゃんにあげるね」
まだ、ストラップを買っただけなのだが、薫子の中ではもうアザ太ファン扱いだ。元に戻る前にどうにか出来る気がしない。その時は柚葉に頑張って貰おう。うん、ごめん。
「さすがに、貰うのは悪いよ」
「いいの! ふきょー活動なの」
そんなにファンアニ好きを増やしたいのか。ここまで言われて断るのも悪いので素直に受け取った。
「ありがとう」
「うん! じゃあ、プール行って遊ぼう。みんなはウォータースライダー行っちゃったよ」
薫子に手を引かれてプールの中に勢いよく飛び込む。
プールから頭を出して、呼吸を整える。急に飛び込んだから、少し水を飲んでしまった気がする。
「っはぁ……だから、人が多いところで走っちゃ駄目だよ」
この前も同じ注意をした気がするが、薫子は夢中になると周りが見えないタイプである。
それを聞いて、ごめんと素直に謝ってくれたが、またやりそうな気が凄いする。一応友人として気をつけておこう。
「それより、みんなの後追って、ウォータースライダー行かないの?」
「……柚葉ちゃんは大丈夫なの?」
「え、何が?」
体調のことならさっき大丈夫だと伝えたはずだが。
「ウォータースライダー怖くないの? 柚葉ちゃんもジェットコースターとかウォータースライダーとか苦手だったと思ったんだけど……」
そういえば、柚葉は絶叫マシーンとかが苦手だった。でも、ウォータースライダーって絶叫マシーンと同じ分類なの?
「えっと……」
もし本当に柚葉が苦手なら、今は苦手だと言った方がいいけど……。
「どうなの?」
薫子が行って欲しくなさそうにこちらを見つめる。多分薫子は怖いんだ。個人的には結構好きだし、行きたいけど。
「薫子ってウォータースライダー乗ったことある?」
「ないよ。だって見てるだけでも怖そうだもん」
乗った経験はないのか。それならやってみたら大丈夫ということもある。
「ここって、二人乗りのもあるんだよ。ボートみたいのに乗るタイプ」
「でも……」
「私も一緒に乗るから、二人でチャレンジしない?」
せっかく来たんだし経験するのも悪くないだろう。
「どうかな?」
「…………乗ってみる」
薫子が頷いてくれた。
「じゃあ、行こう」
二人でウォータースライダーのところまで行く。係の人にボールと浮き輪を預けて、順番が来るのを待つ。
「はい、どうぞ」
自分たちの順番になって、係の人が案内してくれる。
「薫子は前と後ろどっちがいい?」
確か、後ろが大きい人の方が良いとか聞いたことがある気がするが、柚葉の体になっている自分と薫子では、ほとんど体格が同じ。どっちが前でも問題ないだろう。
「前だと、怖そうだから後ろが良い」
「うん、じゃあ私は前に乗るね」
薫子、私の順に滑走用のボートに乗る。二人がしっかりと取っ手を掴んだのを確認した係の人がボートを押した。そこから滑り台のように斜めに落ちていく。途中で曲がったりしながら滑っていく。
「っ……!!」
薫子が怖かったのか後ろから抱きついてくる。……ってえっ抱きついて?
「取っ手掴んでないと危ないよ!」
しかし、薫子は離そうとしない。
「ちょっ……薫子!?」
抱きしめてくる力が強くなる。水着の女の子に抱きつかれている。思わずドキドキしてしまうが、それどころではない。
薫子がボートからはじき出されないように、自分の体で押さえる。しばらくそのまま滑って、プールに追突した。
「っ薫子大丈夫!?」
少しだけ水の中を漂ってから、飛び出して様子を窺うと、薫子が目尻に涙を浮かべていた。
「だから、怖いっていったのに……」
「ごめん……」
やっぱり無理に誘ったのは不味かったようだ。去年柚葉を誘ったときは、意外と大丈夫だったと言われたので、薫子も大丈夫だと思ったのだが。
「ごめんね。もうウォータースライダーはやめて別のことしよう」
「うん」
薫子の手を引いて、プールから上がる。いつまでもここにいると、次のお客さんが来てしまうだろう。
浮き輪とボールを回収して、今度は流れるプールの方に来た。これなら、薫子も大丈夫だろう。
「柚葉、薫子っおーい!」
プールに入ろうとすると、流れてきた田中に呼ばれる。渡辺姉妹も一緒だ。
「あれ、さっ香奈は?」
「魚?」
隣の薫子が首を傾げる。佐藤と言いそうになったのを慌てて直したのが、薫子には魚と聞こえてしまったみたいだ。
薫子は頭の中でも薫子と呼ぶようにしているから、間違えることがほとんど無いが、佐藤や田中、渡辺などのことは未だに名字で呼びそうになる。頭の中で考える時も名前で呼ぶように、もっと気をつけた方が良いかもしれない。香奈、有華、愛里沙に美紗さん? 頭の中で何度も名前を繰り返す。
「香奈なら、ウォータースライダーループしてるよ」
イメージ通りだが、他の3人ほったらかしてウォータースライダー乗り続けるのって自由過ぎませんか。
「二人もこっちおいでー」
美紗さんがおいでおいでする。イルカみたいな形の浮き輪に捕まって流されているようだ。
薫子と二人でプールに入って三人の方に行く。薫子はニャニャミの浮き輪で、私はアザ太のビーチボールで浮かぶ。流されてるだけだがそれだけでも楽しい。
「そろそろ、お昼にする?」
しばらく流されていると、美紗さんが時計を確認してそう言った。プール内の時計を見るとだいたい13時くらい。11時に来たのにもう2時間も経っている。
「賛成!」
渡辺妹こと愛里沙が同意する。こっちもお腹が空いてきたので頷いておいた。
「じゃあ、私は香奈連れてくるから、みんなは先に行ってて」
そう言って有華が先にプールから上がる。それを見送ってから、残った4人で、財布を更衣室から回収して、プール内にある食事スペースに移動した。
適当に焼きそばやたこ焼き、かき氷など思い思いの物を買って空いていたテーブルに着く。
「おまたせ」
有華が香奈を連れて戻ってきたので、みんなで食べ始めた。ちなみに私はオムそばとフライドポテトを注文した。
「そういえば、柚葉元気なさそうだったけど、大丈夫だったの?」
食べ始めると有華に聞かれる。しゃがみ込んでたし、ばれていたらしい。
「柚葉ちゃん気にしてるんじゃない?」
それを聞いた美紗さんが何故か答えてくれる。ってばれてる!?
「気にしてる?」
香奈がよく分からなそうに首を傾げた。有華と愛里沙は分かったような顔をしている。
「あー、一人だけ学校の水着だもんね」
「うっ……」
有華が香奈に教える。そんなにはっきり言われると、こっちとしては余計に恥ずかしい。
「でも、仕方ないでしょ。退院してから忙しかっただろうし、誘ったのも急だったし。買いに行く時間なかったでしょ?」
フォローなのか、有華がそう言ってくれたので、とりあえず頷いておいた。正確にはそこまで頭が回らなかっただけなのだが、それを言っても仕方がない。
「そうそう、来年は可愛いの着てくればいいじゃん」
「そ、そうだね」
愛里沙の言葉にぎこちなく答える。しかし、来年か……。
来年には、戻ってると思うけど……。
頭を振って考えを打ち消す。そんな風に考えると、逆に戻れない気がする。そもそも夏休みまでには戻っていると思ってたのに。
心配したって仕方がない。今は、この友人達とのプールを精一杯楽しもう。眠り続ける柚葉の分まで。
「はー遊んだ遊んだ」
香奈が満足げにする。時刻は16時になり、そろそろ帰ろうというところである。
昼食を食べてから、ビーチボールで遊んだり香奈に付き合って泳ぐ早さを競ったりした。
「それにしても柚葉いつの間に泳げるようになったの?」
「えっえっと去年の夏休みに練習して……」
普通に泳いでしまったら、みんなに驚かれてしまった。確かに柚葉は去年までほとんど泳げなかった。しかし、去年の夏の間に克服したのだ。
「あ、もしかして御坂君に教えて貰ったとか?」
「う、うん……」
「おーやっぱりか」
悠輝の名前が出たからか、みんなが弄るモードに入ってしまう。事実だから仕方がないが。
去年の夏休みに柚葉に頼まれて、二人でプールに来て泳ぎの練習をしたのだ。その時の内にずいぶん泳げるようになった。それを知っていたので普通に泳いでいたのだが、他の子は知らなかったらしい。もしかしたら、言うとからかわれるから、誰にも教えなかったのかもしれない。
「相変わらずラブラブだねー」
愛里沙が肘でこ小突いてくる。何でもかんでも恋愛に結びつけるのは止めて欲しい。
「それよりも、早く着替えようよ」
そう言ってみんなから逃げるように更衣室に向かう。このままではいつまでこの話が続くか分からない。
先に更衣室に到着して、さっさと着替え始める。一応タオルを巻いて体を隠して水着を脱いでいく。濡れているせいか体に張り付く水着を少しずつ降ろしていき、どうにか脱ぐ。
タオルを被ったまま簡単に体を拭いて、持ってきた下着と行きに着てきた服に着替えた。
慣れない水着のせいか随分と時間がかかった気がする。
「柚葉はやっ!」
遅れてやって来た有華に驚かれる。個人的には、時間がかかったと思っていたのだが、他の子からすると早かったらしい。
「じゃあ、私は外で待ってるから」
一言断ってから更衣室を出てロビーの所で待つ。ちょうど逃げる言い訳があったし、さっさと出てきた。他の子の着替えを見るわけにもいかないしね。
しばらく待って、みんなが出てきた。女の子は着替えが長いと言うけど、多分お喋りしながらだからだ。だって、柚葉になってもそんなに着替えの速度変わらないし。慣れない女子の服に着替えている私の方が早いくらいだ。
「お待たせ」
みんなに言われる。出来ればもう少し早く出てきて欲しかった。退屈だったし。
「柚葉は、まだ時間ある?」
「えっ大丈夫だけど……」
愛里沙に急に聞かれて、何も考えずに答えてしまう。
「みんなでここの温泉にも入って行こうって話になったんだ。大丈夫なら良かった」
「……温泉!?」
ちょっと待って、確かに温泉があるのは知ってるけど……。入るの!?
「うん。お姉ちゃんがクーポン持ってきてて」
「プール利用した人なら、このクーポンで3人まで無料になるよ。2枚あるから丁度6人まで大丈夫」
いや、無料とかそういう問題じゃなくて……。
「よし、じゃあ早く行こうか。帰りが遅くなったら怒られそうだし」
「私、温泉の後にコーヒー牛乳一気飲みする」
有華と香奈が先に温泉の受付に向かう。
「二人とも先に行かないの。クーポンは私が持ってるんだよ」
美紗さんが愛里沙を連れて二人を追いかけた。
「柚葉ちゃんも早く行こう」
薫子に手を掴まれて、引っ張られていく。
「……温泉って」
今は柚葉なので、当然女湯に入る流れになる。何年か前までは旅行先でお母さんと一緒に入った記憶があるが……。
「だ、駄目だって……」
思わず口に出すが、聞こえなかったみたいで、薫子は立ち止まってくれない。
さすがに、この年になって同級生の女の子と一緒にお風呂に入るなんて……。絶対駄目なのに。
どうして内容を確認する前に大丈夫だと言ってしまったのか。自分の軽率さが呪わしい。
この後の展開を想像すると、それだけで顔が焼けるように熱かった。
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