第13話 ママとお買い物
「ただいまっ」
玄関からママの声がする。どうやら帰ってきたらしい。
「おかえり」
リビングのソファにお兄ちゃんと並んで座って、テレビを見ながら待っていた。普段は見れない朝番組は新鮮だが、特別面白くもなかった。
「ごめんね遅くなって」
「ううん。お仕事ご苦労様です」
今はだいたい13時半。少しお昼時を過ぎてしまったが、午前の仕事を終えてから帰って来たのならこんなものだろう。
「今、着替えるから」
そう言ってママは両親の寝室に移動する。
「俺たちもすぐ出られるように支度しとくか」
「うん」
と言っても既に着替えなどの身だしなみは整えている。部屋に戻って財布の入った鞄を取ってきた。
ママの支度が終わるのを待って、家を出る。外に出ると日差しが強く、夏を感じた。最近日に日に暑くなっている。
「うー暑い!」
「そうだな。部活の時が辛いな」
お兄ちゃんは確か、中学校でバスケ部に入っている。まだ一年なので試合には出ていないようだが、それでも練習の大変さは変わらないだろう。クーラーの効いた部屋から出ただけで文句を言っている私とは違うな。
そんな話をしながら車まで行く。柚葉の家には両親それぞれが使う車が計2台ある。今日はママの車で買い物だ。パパが居るときは、パパが運転するためパパの車に乗ることの方が多く、ママの車に乗ることは少なかったりする。
お兄ちゃんと一緒に後部座席に乗り込んだ。シートベルトをしっかり装着。もう事故はこりごりである。まあ、あの時もシートベルトはしていたので関係ないのだが。
ママの運転で20分ほどかけて、目的地に到着。今日やってきたのは天衣市で一番大きいショッピングモール。お隣の風宮市にあるショッピングモールに対抗して作ったらしい。オープンして一年経っていないからか、まだスペースが空いていて、定期的に新しいお店が入っている。
「久々かも……」
「そりゃあ、最低でも3ヶ月くらいは来てないしな」
柚葉になってから一度も来ていない。つまり、事故にあった5月の初めから、7月終わりの今まで来ていないので大分時間が経っている。最後に来たのは4月の終わりなので、確かに3ヶ月くらいだ。
「中にあるお店も変わってそうだ」
「少しは増えたりしてるかもな」
お兄ちゃんとそんな事を入り口の所で話していると、ママに少し先から呼ばれた。いつまで経っても動かなかったからだろう。
ママに付いて行って、三回にあるフードコートに移動する。とりあえずお昼ということか。もう14時になるし。
「何が良い? 久しぶりに出かけたし、ちょっと高いのでもいいよ」
ママがそう言ってくれるが、ちょっと高いがどこまでか分からない。
「私は特に食べたいのがあるわけじゃないし、お兄ちゃんに合わせるよ」
ちらっとお兄ちゃんの方を見る。困ったときはお兄ちゃんに決めて貰おう。柚葉らしからぬものを選んでもあれだし。
「俺も別にこれってのはないけど……」
お兄ちゃんが悩むそぶりをする。とりあえず私が話を振った意図は伝わっているようで、こっちに選択権を返されることはなかった。
「じゃあ、そこのラーメンにするか」
お兄ちゃんの言葉に頷いて、みんなで店の前まで行く。メニューを確認してどれにするべきか考える。
「えっと……」
個人的には醤油か塩が好きだが、柚葉はどうだったかな。ママがいるので適当に選ぶのは危険だ。
「お兄ちゃんはどれにするの?」
「俺はこの野菜味噌かな。……柚葉はいつも通り醤油か?」
「……あっそうそう。いつも通り醤油にする」
私が何に迷っているか気づいていたらしく、ママに怪しまれないように教えてくれた。ちょうど醤油が食べたかったしちょうど良い。
注文して、しばらく待つ。出来上がったラーメンを持って席を探して移動する。
「平日なのに混んでるね」
「みんな夏休みなんだろう」
フードコートスペースには、小学生から中学生くらいの子供達がたくさんいる。おかげさまで空いている席が見つからないのだが。
「どうしようか」
「どっか1カ所くらい空いてると思うんだが……」
困ったことにラーメンを頼んでしまったので、いつまでもうろうろしていると麺がふやけてしまう。早く席に着かないといけない。
「ママが探してくるから、二人はここで待ってなさい。和矢、柚葉見ててね」
「分かってるって」
そう言ってママが離れていく。端の方を探しに行ったのだろう。
「もしかしてママ、まだ私が病み上がりだとか思ってるのかな」
お兄ちゃんに見ててと言ってたし。
「別に深い意味はないだろ。まあ、事故があったから、前より過保護な気もするけど」
あんまり過保護になられても困る。構われすぎてもどう返して良いか分からないし、手を掛けるのも悪い。
しばらく待つがママが戻ってこない。やっぱり空いていないのだろうか。お昼時を少し過ぎているのに。
「あれっ、柚葉?」
振り返ると背の低い女の子がいた。柚葉の友達の渡辺だ。
「わっ愛里沙も来てたの」
「うん。私はお姉ちゃんと来てたんだ。ほら」
渡辺が家族の方を指さしてくれる。多分柚葉は面識があるのだろうが、私は知らないのでどの人を示しているか分からない。
「……本当だ」
とりあえず分かってる振りをしておいた。
「柚葉はお兄さんと来てたんだね。お兄さんこんにちわ!」
渡辺が元気よく挨拶すると、お兄ちゃんが軽く会釈してこんにちわと言った。
「こんなところで突っ立ってどうしたの?」
「席が空いてなくて」
手に持ったままのラーメンを見せる。少しスープが減ったような。
「ああ、混んでるからね。良かったら、私達が座ってるところ使う? もう食べ終わったし」
今度は渡辺が手に持っていたトレーを見せてくる。確かに乗っている器は空になっていた。
「そうして貰えると助かるよ。ありがとう」
「いいよ、気にしないで。これ置いてくるからちょっと待ってて」
そう言って渡辺が離れていく。戻ってくるのを待って、一緒に席まで行く。
「あ、柚葉ちゃんこんにちわ」
「こ、こんにちわ……」
渡辺のお姉さんに挨拶される。姉の方は特別背が低いわけではないらしい。高校生には見えないし、小学校で会ったことがないから、中学生だろう。自分が知らない相手と知り合いなのも困ったものだ。
「お姉ちゃん、柚葉席が空いてなくて困ってるみたいだし、ここ空けてあげようよ」
「そうなの? ちょっと待ってね」
そう言ってお姉さんがテーブルの上の物を鞄に片付けていく。多分メイク道具とかだ。中学生でもお化粧するのか。
「よし、片付いた。柚葉ちゃんどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言ってラーメンをテーブルの上に置く。
「それじゃあ、私達は買い物の続きに行くね。行こうお姉ちゃん」
「走らないの。またね、柚葉ちゃん」
返事をする間もなく、渡辺姉妹は行ってしまった。
「とりあえず、母さん呼んでくる」
お兄ちゃんもテーブルにトレーを置く。すぐにママを探しに行ってしまった。
「……さすがに待ってた方が良いよね?」
誰にともなく呟く。目の前でスープを吸ってふやけていくラーメンを見ながら、二人が戻るのを待つのだった。
「柚葉、こっちはどう?」
「う、うん可愛いかな」
「こっちとどっちが良い?」
「えっと……こっち?」
お昼を終えた後、3人で服屋などのお店が多い二階へとやって来ていた。さきほどから、ママに服を当てられたり、試着をするように言われたりと大変である。
「じゃあ、こっち試着してきて」
「……うん」
渡された服を持って、何度目かの試着に向かう。さすがに疲れてきた。いつになったら満足して終わってくれるのだろうか。
少し離れたところで、お兄ちゃんが暇そうにしている。この辺りは女の子向けの服ばかりだし、お兄ちゃんもいいかげん離れたいだろう。文句を言わずに待っていてくれるのは、ママに着せ替えられてる私に気を遣っているのかもしれない。
試着室に入り渡されたものを身につける。1ヶ月ほど柚葉として、女の子の服を着て生活してきたので大分慣れたが、抵抗感がなくなったわけではない。あれこれと着るのは出来ればそろそろ止めたい。
着替えを終えて、試着室を出る。
「……どう?」
「うん。やっぱりこっちの方が似合ってるわね。柚葉は水色がよく似合う」
今着ているのは、水色のワンピース。さっきピンクのと二つ提示されたのだが、柚葉なら水色というイメージでこっちを選択した。
「じゃあ、これに決めて他の所見ようよ。お兄ちゃんも退屈そうだし」
既にいくつか買う用の服を抱えているママに提案する。買ってくれるのは良いのだが、こっちも疲れたし、お兄ちゃんも気になる。いい加減終わりにしよう。
「そうね……。あっ水着とかいらない? 学校指定のしか無かったでしょう」
「今年はプールとか行かなそうだし、大丈夫だよ!」
ここからさらに水着売り場まで移動して選んでいたのでは、時間がどれだけかかるか分かったものではない。使う機会もないだろうし、今は良い。柚葉が元に戻ってから、一緒に選んでください。
そう言うと、諦めたのかママがレジの方に向かって行った。やっと解放された安心感で溜息が出る。
「おつかれ」
「あっお兄ちゃん」
ママがレジに行ったのに気づいたのか、お兄ちゃんがいつの間にか隣に来ていた。
「うん、疲れた。ママいつもあんななの?」
「いつも通りだな。柚葉も買って貰えるのは嬉しいけど疲れるって言ってたし」
柚葉も同じ感想だったらしい。女の子でも疲れるのなら、自分がくたくたになるのは当然だろう。
「それにしても女の子って服の種類多いね。男だと夏はTシャツとズボンくらいなのに」
「まあ、そうかもな。いっそ女子のおしゃれでも楽しんだらどうだ?」
お兄ちゃんがからかうように言う。私が女の子の服を着るのが嫌なのを知ってるくせに。
「そんなこと言う人には夕飯食べさせてあげません」
「悪かったって。怒るなよ」
「お待たせ」
二人で話していると、ママが会計を終えて戻ってきた。紙袋が4つもあり、買った服の多さに驚かされる。
「和矢、これ持って」
「はいはい」
唯一の男手ということもあり、その紙袋はお兄ちゃんが持つ流れに。中身は柚葉の服なのに、男女差別じゃないだろうか。
「私も持つ」
「いいよ。任せとけって」
申し訳ないので紙袋を受け取ろうとしたが、お兄ちゃんは渡してくれなかった。あんまり粘るのもどうかと思い、受け取るのを諦める。
「後、まだ行くところあるから付いて来て」
「えっ!?」
お兄ちゃんと二人して同じ声を上げる。まだ何か買うつもりらしい。
仕方なく付いて行くと、目的地はケータイショップだった。
「ママ、スマホ変えるの?」
機種変更とかいうので、スマホを新しいのに変えられるはずだ。自分では持っていないので、詳しいことは分からない。
「ううん。ママじゃなくて柚葉と和矢の携帯買おうと思って。パパには言ってあるから」
予想外の言葉に声を失う。お兄ちゃんの方を見ると、驚いた顔で固まっていた。
「えっと、どうして急に?」
「最近、柚葉が家のこと頑張ってくれてるからご褒美にと思って」
「別にご褒美なんか……」
家の事をやっているのは、こっちの気持ち的な問題なのでご褒美を貰うような事じゃない。
「後、柚葉は悠輝君のお見舞いに行くと、いつも帰りが遅いらしいじゃない」
「うっそれは……」
お見舞いに行くと、後少しで目覚めるのではと考えてしまって、中々帰れなくなってしまうのだ。
「だから、携帯持たせようと思って。遅くなったら和矢に連絡してバス停まででも迎えに来て貰いなさい」
「あ、俺は柚葉に呼び出される用のケータイか……」
ママの言い方から察するに多分そうだ。何だかお兄ちゃんの扱いが酷くて可哀想になる。
「高いのは駄目だから……ちょっと待ってね。予算内の機種見てくるから」
ママが見本の並んでいる方に向かって行った。
「自分用のスマホ……」
手元には先程買って貰ったばかりの新しいスマートフォン。色はやっぱり水色を選び、付けるとちょうど水玉模様みたいになるカバーをつけて貰った。
自分用のスマートフォンが持てるなんて夢にも思わなかった。今日買って貰った物の中では一番嬉しい。
「大切にするのよ」
「うん!」
返事をして、またスマホを見る。意味もなく電源ボタンを押して画面を点けたり消したりする。
「和矢も変なことに使わないようにね」
「変な事ってなんだよ!?」
ママがお兄ちゃんに釘を刺す。ママは知らないはずだが、あんなエッチな漫画を持っているお兄ちゃんだし、言いたいことは分かる。
「……あっ」
「どうしたの?」
「なっ何でもない」
冷静に考えてみれば、買って貰ったのは柚葉である。今は一応柚葉なので自分の物と言えば自分の物だが、今だけである。
せっかくの自分専用のスマホだが、元の体に戻るまでの借り物である。そう思うと、勝手にいじるのが悪い気がして、鞄の中に片付けた。
「他に見たいところある?」
「あ、夕飯の食材買いたい」
「そういえば、今日は結局何作ることにしたんだ?」
「トマト味のロールキャベツ。家にキャベツ無かったし、他にも足りないものあったから買ってかないと」
食材や生活品を買うためのお金は預かっていて、それ用の財布に入れている。まだ、余裕があるし、色々と買い足しても大丈夫だろう。
「ママも手伝おうか。いつも柚葉一人でだと大変でしょう」
「いや、良いよ。せっかくゆっくり出来るんだし休んでてよ」
「そうそう、俺も出来る範囲で手伝うから母さんは休んでなって」
ママの申し出を二人がかりで断る。料理に参加させたら、間違い無く食べられないものが出来上がってしまう。
「よろしくお願いします。次の月曜からオープンです」
そんなことを話ながら歩いていると、一枚のビラを渡された。
「これって、ファンアニショップの……」
受け取ったビラには、本オープンに先駆けて7月27日月曜日朝10時、天衣市初のファンアニショッププレオープンと書かれている。一番人気のコグマルと薫子が好きなニャニャミ、あとうさぎのラビラビが3匹で並んで描かれている。
そういえば、天衣市のショッピングモールにもファンアニショップが出来ると、薫子から聞いていた。夏にオープンと聞いて、先のことだと思っていたのに次の月曜日には開店するらしい。
「時が流れるのは早いな……」
その頃には元に戻っていると思っていたのに、戻るどころか柚葉が目覚めてすらいない。薫子とファンアニショップに行くのは自分になりそうだった。
「明日にでも薫子に電話して聞いてみようかな」
オープンしたら一緒に行く約束だった。日程とかを決めておいた方が良いだろう。
「柚葉、何してるんだ。早く行くぞ」
少し先からお兄ちゃんに呼ばれる。
「うん、今行く!」
ビラを二つ折りにたたんで鞄にしまう。近いうちにファンアニショップを見にここに来る。元々興味の無かったファンアニだけど、薫子から聞かされている間に少しだけ興味が出てきた。
「少し楽しみかもしれない」
私は小さく笑ってそう呟いた。
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