第10話 楽しい料理
お母さんに料理を習い始めて一週間が経った。
今までに3回ほど教えて貰った。一度目がカレーライス。二度目がハンバーグで、その次の三度目がオムライス。そして今日は唐揚げを教えて貰えることになっている。
お母さんの唐揚げは衣がかりっとしていて中はジューシーでとても美味しい。いつも作った物を持ち帰って夕飯にするので、今日の夕飯は唐揚げ。楽しみである。
ふと教室の壁に掛けられた時計を見る。帰りの会が終わったばかりで時間は16時過ぎ。
「ふむ……」
お母さんとの料理教室は17時半から。帰宅にかかるのは20分くらいなので少し時間がある。
佐藤や田中達は習い事があるらしく、すぐに帰った。薫子はランドセルがあるので居るはずだが、いつの間にか教室から消えていた。
「大人しく帰るかな……」
家にいても宿題くらいしかすることがない。お兄ちゃんも部活があっていつも遅いので帰っても仕方がない気もする。
「当麻そろそろ全クリしたか?」
「まだだよ。この前の土曜に発売したばかりじゃん」
そんなことを考えているとクラスの男子達の会話が聞こえてくる。
「雄大は、どこまで進んだんだ?」
「俺は多分半分は終わってるぞ。ジムバッジ4つ取れたし」
雄大が自慢げに胸を張る。
「早いなぁ。俺まだ2つだぞ……」
「まだまだじゃん。帰ったら対戦しようぜ」
「絶対レベル差で負けるじゃん」
「分からないだろー」
当麻と雄大が話ながら教室を出て行った。
「スケモンの話かな……もう発売したんだっけ」
スケットモンスターはモンスターを捕まえて育ててバトルさせる育成RPGでみんなスケモンと呼んでいる。実は事故の前から発売を楽しみにしていたのだが、最近大変すぎてすっかり忘れていた。
「やりたいなぁ……」
スケモンは男女問わず人気がある。女の子でもやっている子は結構いるのだが。
「でも柚葉はそういうの持ってなかったしなぁ」
柚葉は兄から借りたりしてゲームをすることがあっても、自分のゲームは特に持っていなかった。なので仮にソフトを買えても、それをプレイするためのゲーム機がないのだ。そもそも買うお金もないし、ママ達に頼むわけにもいかないのでソフトが絶対に手に入らないのだが。
もしかしたらお兄ちゃんが買うかもしれないが、セーブデータが一つしか作れないので貸して貰うというのも難しい。それに。
「もしプレイ出来ても、みんなと話せないもんなぁ」
柚葉のままでは悠輝の頃の友人とゲームの話をするなんて不可能である。かといって柚葉にゲーム好きな女の子の友達もいない。ゲームの楽しさは友達と話してこそだと思うし、色んな意味で詰んでいた。
「いいなぁ……男の子」
女の子になってしまった今は、どうしても男の子が羨ましくなる。今まで男子として出来ていたことが出来なかったり、やりづらかったりする。
はぁ、と溜息を吐いて机に突っ伏す。本当に早く元に戻りたい。体を借りたままなのも申し訳ないし、男の子の体で男の子の遊びをしたい。
「どうしたの柚葉ちゃん溜息吐いて」
「わっ……薫子いつのまに」
急に横から声を掛けられて驚く。もしかしてさっきまでの呟きを聞かれていたのだろうか。それだと困るが。
「今戻ってきたところだよ。先生に昨日忘れたプリント提出してきたの」
良かった聞かれてなかった。もし聞かれていたら説明が難しかった。我ながら注意不足である。
「柚葉ちゃん帰らないの?」
「うん……あっ図書室に寄っていこうかな」
「図書室? じゃあ私も行く」
ちょうど時間も半端なので図書室に行くことにする。薫子も付いてくるらしい。
二人で教室から図書室まで移動する。柚葉になってから来るのは初めてだ。
「柚葉ちゃん何か借りたいのあるの?」
「えっとね……」
一応探しているものはある。普段あまり使用していなかったので中々見つけられない。
「ねえ薫子」
「うん?」
「お料理の本ってどこにあるか分かる?」
探しているのは料理関係の本。レシピ集とか基本講座とかそういうやつ。前に置いてあるのを見た気がするので、どこかにあるはずである。
「分かるけど……」
やはり薫子は分かるようだ。家庭科とかも得意だし、家でも料理をしたりするらしいので知っているかもと思って聞いてみたのだ。
「柚葉ちゃんどうしたの? 料理なんてそんなこと……」
「えっどうしたの……薫子?」
予想外の反応に驚く。
「柚葉ちゃん!」
「はっはい!」
「ま、まずはお料理教室とかでプロの先生に教えて貰った方が……本だけだと柚葉ちゃんには無理だよ! 私忘れてないよ! 調理実習の時の真っ黒な料理という名の何か!」
いつもは大人しくてのんびりしている薫子がもの凄い勢いで話す。もしかして柚葉の料理でトラウマでもあるのだろうか。その真っ黒料理を食べさせられたとか?
「お、落ち着いて薫子」
「だって……」
「ちゃんと習ってるから」
そういうと薫子が一瞬ぽかんとする。
「そうなの?」
「うん。最近悠輝のお母さんから習い始めたんだ。ちゃんと食べられるの作ってるよ。真っ黒じゃないし」
「そっか……柚葉ちゃんもついに食べられるものを作れるように……」
真っ黒料理は食べられないものだったのか。少し柚葉の言われようが可哀想な気がするがするが、料理が壊滅的だったのは一応知っているし、今は柚葉なのでフォローしようとすると自分で弁解しているみたいになってしまう。
「それなら、案内するね。こっちだよ」
気を取り直して薫子が案内してくれる。それほど多くないが分かりやすそうなものが揃っている。
適当に手にとってぱらぱらと捲る。切り方など基本的なことが載っているが、だいたいお母さんに教わったことばかりだ。これは借りる必要は無いだろう。
簡単レシピと書かれた本を取って開く。お母さんに教わった今なら出来なくもなさそうなレベル。借りても良いかもしれない。
お母さんと料理教室をする日は作った物を食べられるので良いのだが、それ以外の日は下手をするとママの激不味料理を食べることになってしまう。そういう日に自分でも作れそうなレシピを探しに来たのだ。
「それにしても、どうして急に料理を? 柚葉ちゃん諦めてたみたいだったのに」
「えっその何となくというか……」
柚葉の母親の料理を食べたくなかったり、お母さんと一緒に過ごして元気づけたかったりと理由はあるのだが、薫子にそれを説明するわけにはいかない。
「あ、もしかして花嫁修業? 御坂君が起きたときにご馳走しようとか?」
「あっ……うんそうそう。花嫁修業じゃないけど、悠輝が起きたときに作ってあげようと思って……」
「本当に御坂君が好きなんだね柚葉ちゃんは」
説明に困ったので薫子の勘ぐりに乗ることにする。しかし、本当に柚葉は悠輝が好きという話に度々なるのは何なんだろう。
「そ、そんなことより……えっと、あつ薫子ってお菓子とか作るんだよね?」
話を変えようと辺りを見回して、お菓子の作り方の本が目にとまったので、それに関する話を振る。
お見舞いに来てくれた時に聞いたのだ、薫子はお菓子作りも趣味の一つだとか。
「うん。クッキーとか結構作るよ」
「私も今度やってみようかなぁ。何かコツとかあるの?」
「コツって言われると難しいけど……ちゃんと正確に分量守るとかかな。大雑把だと駄目だし」
試しにお菓子の本を引っ張り出して中を見てみる。クッキーやケーキなどの作り方が載っていた。まだお菓子は試したことがない。話を変えるために言っただけのつもりだったが、本当にやってみても面白いかもしれない。
「じゃあ、私これ借りてくるね」
そう言って簡単レシピ集とお菓子の作り方をカウンターに行って借りる。その後、いつものように二人で一緒に下校した。
「片栗粉をまぶしてから、小麦粉を表面がさらさらになるまでしっかりとつけてね」
「はいっ」
今は予定通り唐揚げを作っている。肉の処理をだいたい終えて粉をつけている所だ。片栗粉と小麦粉の2種類も使うのは今日始めて知った。粉をつけているのは知っていたのだが。
「油を温めてるからちょっと待ってね」
言われて少し待つ。
「油が180度くらいになったら、準備したお肉を入れる。一度にたくさん入れすぎないようにね」
鍋の中にお肉をいくつか投入する。油が少し跳ねてびくっとする。
「丁寧に、気をつけてやってね。鍋の縁の所からそっとやって」
頷いてそっと入れる。少しは跳ねてしまうが気にならないほどになった。
「1分半から2分くらい温めたら、一度取り出して」
すくい網で鍋の中の唐揚げを取り出して、揚げバットとかいう油切り用のトレーに移す。
「4分くらい寝かせてから、もう一度鍋の中に入れる。色がつくまで待ってから取り出して、完成」
おぉ、と感嘆の声を上げる熱々の唐揚げはとても美味しそうだった。
「唐揚げって2回揚げるんですね」
「うん。その方が見た目も良くなって、衣もかりっとするからね」
お母さんが揚げ終えた唐揚げの一つを包丁で半分に切る。中から肉汁が溢れていて食欲をそそられた。じゅるり。
「たっ食べてもいい……ですか?」
「どうぞ」
許可が出たので切った半分の唐揚げを一つ摘んで食べる。衣はかりっとして、中はジューシーで噛むと肉汁が溢れてきて美味しい。
「おっ美味しいです!」
「それは良かった」
お母さんがにっこりと笑う。その笑顔を見てさらに嬉しくなる。
「昨日の残りのお味噌汁があるんだけど、唐揚げと一緒に今日は食べていく?」
「……っ! はい!」
いつもは持ち帰ってから食べていたが、今日はここで食べていくのを誘われた。柚葉としてではあるが距離が縮まってきたように思う。それがとても嬉しかった。
準備を手伝って、料理を運び悠輝の頃いつも座っていた場所に座る。お母さんがその正面に座り二人で頂きますをした。
白ご飯に唐揚げと付け合わせの野菜とお味噌汁。前までは当たり前の物だったが、こんなにしっかりとした夕飯は柚葉になってから始めてかもしれない。
今日作ったかりっとジューシーな唐揚げにかぶりつく。先日食べたスーパーの出来合い品と違って凄く美味しい。これだけでご飯が何杯もいけそうだ。まあ柚葉になってから、悠輝の頃より食が減ったので何杯もいけるというのは錯覚なのだが。
お味噌汁に口をつける。ちょうど良い味噌の風味が口の中に広がって心を温かくする。
「お味噌汁も美味しいです! やっぱりコツとか秘訣とかあるんですか?」
「そうねぇ……それじゃあ次はお味噌汁を教えましょうか」
「はいっお願いします!」
久しぶりのお母さんとの夕飯は料理の美味しさもありとても楽しい。
「そういえば、おかっ……おばさんはお菓子とかも作れますか?」
「一応出来るけど……興味があるの?」
「はい! クッキーとかケーキとかも作ってみたいなぁって」
お母さんがお菓子を作っているのを見たことはないけど、多分出来るだろう。
「私も滅多に作らないから、簡単なことしか教えてあげられないけど」
「それでも良いです。簡単な事すら出来ませんから」
良いながら恥ずかしくなって頭を掻く。我ながらお菓子作りに興味を持つとは少し女子っぽくなっているかもしれない。
あまり柚葉でいることに、女子でいることに慣れすぎてしまうと、今度は戻ったときに苦労するかもしれない。それでも、やってみたいと思う気持ちは変らないが。
お母さんに料理を習い始めて気づいたことがある。それは料理をすることが、とても楽しいということだ。
勿論お母さんに教えて貰っているのもあるかもしれない。でも、それ以上に自分で美味しいものを作れたときの喜びが大きかった。持って帰った料理をお兄ちゃんに褒められたりして、照れくさいけど何だか嬉しかったり。
「それなら、考えておくわね。クッキーとかケーキとかも」
「よろしくお願いします」
お母さんは料理が上手なだけじゃなく好きなんだと思う。一緒にやっていても、料理をしている間はとても楽しそうだった。
親と子は似るという。料理の腕が酷いママの娘である柚葉も料理が壊滅的であったりするし。
お母さんが料理好きで、今自分も料理を好きになっていっている。体が変わってもやっぱり親子なのだ。だから、きっとそういうところとかが似ているのだろう。
目の前に座るお母さんを見る。
今の自分にとって料理が楽しいと思えるところがお母さんの子供である証拠で繋がりのような気がする。
「……っ」
一瞬どうしてもお母さんと呼びたくなって堪える。今は呼ぶわけにはいかない。事情を説明するわけにもいかない。混乱させて苦しませてしまうだけだから。
「おばさん、これからもよろしくお願いします! 私、もっと料理上手になりたいです」
「……うん。ちゃんと教えてあげるわね」
お母さんと過ごすこの時間。自分にとってはお母さんの子供に戻れた気がする大切な時間だ。だから料理をすることを二人で楽しんでいたい。
そして、悠輝に戻れたその時に、息子として一緒に料理を作りたいそんな未来を思い描いた。
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