第9話 幼馴染みとして好き
「プールの時間だー!」
2時間目の授業が終わり、佐藤が嬉しそうに声を上げた。この後の3、4時間目は体育で今日はプールの授業となっている。勿論私は休む。
「香奈うるさい!」
田中が騒いでいる佐藤を注意する。
確かにうるさいが佐藤の気持ちも分からなくもない。ここ数日暑くなってきたのは感じていたが、今日は今年一番の暑さである。声に出さないだけで他の生徒も同じ気持ちだろう。
「だってプールだよ! 暑さも吹き飛ぶよ」
「まあ、確かに暑いけど……」
佐藤に詰め寄られて田中も反論できず言い淀んでいる。
暑いので出来れば自分もプールに入りたいが体力が戻っていないのに泳ぐなんて無茶が過ぎる。そもそもプールの授業を受けるなら水着にならなくてはいけないが、今は柚葉なので女子用の水着を着ることになる。周りから見れば普通かもしれないが、気持ち的にクラスメートの前で女子用水着を着るというのは、かなり恥ずかしい状態である。
休む理由があって良かったんだ。そう思うことにして自分を納得させる。プールは楽しそうだが、元の体に戻った後で個人的に行けばいいさ。うん。
「柚葉ちゃん着替えないの?」
「うん、今着替える」
薫子に声を掛けられて返事をする。
プールの授業は見学の場合体操着に着替えて、プール脇のところで待機する。どっちにしろ着替えをする必要があった。
着ている服を脱いでいく。何となく素早く着替えを進める。
「あれ? 香奈服の下に水着着てきたの?」
「うん! この方が早いし」
渡辺と佐藤の会話が聞こえてくる。前回の体育の時はうっかり振り返って下着姿を見てしまったので今回は気をつける。視線は下に固定。絶対に動かさない。
「柚葉ちゃん最近着替えるの早いね」
「う、うん? そうかな……」
一瞬視線を薫子の方にやってしまって慌てて下げる。幸いタオルを巻ながら着替えていたので何も見なかった。
「……タオルもニャニャミなんだね」
「うん! これもファンアニショップで買ったんだ」
「そうなんだ」
ファンアニショップ何でも置いてあるな。そんなことを考えながらその場をやり過ごす。
水着に着替える場合、一度完全に裸になってしまう。今は一応同性とはいえ、ちゃんと
「柚葉さっきから下向いてるけど大丈夫? 具合悪いとか」
「えっ、ううん大丈夫……」
田中の声につい振り向いてしまったが、彼女もタオルを巻ながら着替えているようで一応問題は無かった。試しにちらっと教室内を見渡すと、まだ着替えている生徒はだいたいタオルで隠しながら着替えをしていたので、普段の体育よりも問題なかった。安心したような拍子抜けのような。
薫子達が着替え終わるのを待ってから、みんなでプールまで移動する。他の生徒達は冷たいシャワーを浴びてその冷たさに騒いでいたが、見学なのでそっちには行かずに見学用テントの所に座る。日差しは避けられるが気温自体が高いので暑いことに変わりはない。
そこで待機していると、憂鬱そうな表情をした子が一人見学にやってきた。同じクラスの子だ。
えっと名前は何だったっけ。竹野……渚だったかな?
「あっ高木さんも見学なんだね」
「うん。まだ本調子じゃなくて」
たまに話しているのを見かけた気がしたが向こうが名字で呼んでくるならこちらも名字呼びで問題ないだろう。名前の方が曖昧だし。
「竹野さんも見学?」
「うん……そのあれで」
「えっと……?」
あれ? ちょっと意味が分からない。
「その……女の子の日だから」
「そ、そうなんだ」
女の子の日って何だろう。ひな祭り? 今日は3月3日じゃないし違うだろう。理解出来ないが、もしかしたら女の子ならそれで通じるのかもしれない。これ以上聞き返すのは止めておこう。
「今日は暑いね」
とりあえず、分からない話を避けて話題を変える。
「うん。ここまで暑いと水に入りたいよね」
そこで会話が途切れてしまう。暑いってだけでは話の膨らませようがない。
しばらく何か話題がないか考えるが、自分から女の子に話せそうなことが思い当たらなかった。
「高木さんってさ」
「えっ何々?」
竹野さんの方から話を振ってくれたので、それに乗ることにして聞き返す。
「御坂君と付き合ってるの?」
「………………え?」
付き合ってる? それって……。
「だって事故に遭った時って、二人で一緒だったんでしょ?」
「いや、それは……」
「それに最近元気ないみたいだし」
付き合ってるっていうのはつまり好き的な意味でって事? いや勿論柚葉のことは好きだけど、それは幼馴染みとして……。
「ってそうじゃない!」
今竹野は柚葉に対して悠輝が好きかと聞いているのだ。おっ俺が柚葉を好きかどうがじゃない。
「そうじゃないって?」
思わず口に出した言葉だったが、それが返答だと思われてしまったらしい。
「えっと……悠輝と私は幼馴染みで、別に付き合ってるとかじゃなくて。勿論、幼馴染みとして心配してるけど……」
「彼氏だからじゃなくて?」
「だっだから彼氏じゃないって……」
柚葉として
「慌ててるところが怪しいなー」
そう言って竹野が楽しそうに笑う。どうして女の子はこんなに恋バナが好きなんだ。
結局水泳の時間の間、ずっと二人の関係を追求されてしまった。
「私から見ても付き合ってるのかなって思ったことあるよ」
学校からの帰り道プールでのことを薫子に話すと、そんな言葉を返された。
「……本当に?」
「うん」
その言葉が信じられず聞き返すと、薫子が深く頷いた。
確かに悠輝の頃にも他の男子にからかわれたことが無いわけではないが、付き合ってるとまで言われたことはない。仲良すぎだろとか言われたくらいである。
「いつも二人で仲良く話してたり、一緒に買い物してたり」
「えっだって……」
幼馴染みなのだから、仲良く話すし一緒に買い物に行ったりもする。それだけで付き合ってると言われても。
「でも、どうしてそんなに気にするの? 付き合ってるって思われてた方が他に御坂君のこと好きな子がいても取られる心配ないよ」
「取られるって……」
その言い方だと、まるで柚葉が
「だって、柚葉ちゃんは御坂君のこと好きなんでしょ?」
「だから別に好きじゃなくて……」
確か入院中にも同じ事を言われた。その時も否定したはずだが、まだ好きなのだと思われているらしい。それとも入れ替わる前に柚葉が薫子にそう言ったのだろうか。まさか……。
「私、悠輝が好きなんて薫子に言ってないよね……?」
「言ったことはないけど、見てれば分かるもん」
どうやら薫子にそう見えているだけらしい。少しドキリとしてしまった。
「幼馴染みとして好きだけどそういうのじゃないから」
私にとっての、俺にとっての柚葉は大好きで大切な幼馴染み。それはきっと柚葉から見ても同じはずだ。だからそういう好きじゃない。
「照れなくたっていいのに」
薫子が楽しそうにする。どうやら今回も信じてくれないらしい。
薫子と別れて自宅に戻る。今日は料理教室的なことはないので退院以来初めてのお見舞いに行くつもりである。だが、その前に。
「今日分からなかったこと調べとこう」
パソコン前の椅子に腰掛ける。起動してインターネットを使う。分からないときは検索するのが手っ取り早い。
「えっと……確か、女の子の日って言ってたよな」
女子なら分かる言葉っぽかったので、他の人に聞くことも出来なかった。いつまで柚葉でいるか分からないし、知っておいた方が良いだろう。
「女の子の日と入力して、検索」
マウスでクリックして検索結果が表示されるのを待つ。
「えっと……」
表示された結果から適当なものをクリックして内容を見る。
「…………」
何のことを言っていたのかすぐに分かる。恥ずかしさのあまり顔が熱くなった。
「…………おっ女の子の日って」
予想外の内容に動揺してしまう。4年生の頃一応学校で習ってはいる。まさかその事だったとは。
「今、柚葉だから普通に教えてくれたのかな……」
多分自分が男のままだったのなら、誤魔化したりして教えてはくれなかっただろう。まさか中身が男だとは考えないだろうし。
何とも言えない気持ちになって、思わず溜息を吐いた。
「やっぱり起きてないか」
もしかしたらと期待していたが、目の前で眠る
パソコンでの調べ物を終えた後、バスを使ってこの病院までやってきた。バス事故のせいでこんな状態なので、乗ったときは悪い意味でドキドキした。
「いつまで寝てるんだよー」
手を伸ばして、寝ている悠輝の頬に触れる。相変わらず何の反応もない。
「早く目覚めてくれよ……もし戻る前にあれが始まったら……」
先程調べたことを思い出して顔を青くする。自分は男なので関係ないと思っていたが、体が柚葉の今無関係ではない。
「いやっいやいや」
頭を左右に振って思考を打ち消す。考えないようにしよう。あそこから血が出るとか想像したくもない。
「それにまだまだ猶予はあるだろうし……」
ネットで見た限り、12,3歳が多いらしい。柚葉はまだ誕生日になってないから10歳。これなら、どれだけ目覚めるのが遅れても大丈夫だ。うん。
どうにか気持ちを落ち着けて、自分の体で眠り続ける幼馴染みを見つめる。自分が柚葉の体で目覚めてから1ヶ月近くが経っている。
しばらく見つめていると、病室のドアが開かれる。振り返ると
「あら、柚葉ちゃん来てくれたの?」
「はい。その見てないと心配で……」
お母さんは今日も病院にいたようだった。
「……その、少しは休んだ方が良いですよ。無理は良くないです」
私がそう言うとお母さんは少し驚いたような顔をしてから小さく笑った。
「ありがとう、おばさんは大丈夫だから。柚葉ちゃんこそ無理したら駄目よ」
「は、はい……」
分かってはいたが、言っても休んではくれないみたいだ。まあ、
「そうそう柚葉ちゃん」
お母さんの言葉に視線を戻して、言葉の続きを待つ。
「明日はハンバーグの作り方教えてあげるわね。柚葉ちゃんと和矢君好きだったでしょ?」
「あっ……はい!」
二人だけでなく、
今は、お母さんとの距離は仕方がない。でも、料理を教えて貰いながら一緒に居られるし、少しずつ距離を縮めて自分の悠輝の部分を感じ取って貰えば良いんだ。
「楽しみにしてます!」
力強く言う。ただ料理を教わるだけじゃなくてお母さんの疲れを少しでも癒すんだ。そう改めて決意する。
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