第6話 偏執談義

 誰だって一つや二つ、他人には理解し難い”こだわり”ってものを持ってる。

 そういう気質のことを、偏執的、なんて言ったりもする。

 偏執内容のご同人が多ければメジャーと呼ばれ、少なければマイナーと呼ばれる。それだけの話。


「ねえ、暑い時ってさ、アイスクリームとかき氷とどっちを食べる?」

 夏休み中盤の登校日。ジローくんからみんなに向けたこの質問が発端だった。

「わたしはかき氷かな。感じる冷たさは断然かき氷の方が上だと思う」

 もう少し断言口調で言えばよかったかな、と思い直すくらい、わたしのこの結論は正しいと思う。けれども、素直に同意する人間は残り4人の中に一人も居なかった。

「わたしはアイス。だって、かき氷って溶けたら水だよ?」

 おっとお。甘いな、ちづちゃん。わたしはすかさず反撃する。

「ちづちゃん、アイスだって溶けたら液体だよ」

「でも、アイスの場合は溶けても甘いよ。それに、溶けたとしても、ちょっとだけクリーム感が残った液体だから、シェイクみたいで結構おいしいよ」

「えー、べとべとするだけだよ」

「かき氷はシロップがかかっていない部分は溶けて数分で、ぬるい水になっちゃうよ」

 わたしはどうでもいい話だからと早々に不毛な議論を終わらせるつもりで他の人に話しを振るつもりだった。ほんとにそれだけのつもりだったのだ。

「まあ、色んな見方があるよね。他のみんなは?」

「ぼくは水ようかんがいいな」

 はあ?ジローくんが質問内容無視の答えを返す。水ようかん、て・・・

「あの滑らかなつるんとした舌触りが何とも言えないよ。冷やしてもおいしいし、常温でもそれはそれで味わい深い。スプーンで掬った塊を舌の上に乗せて、上あごの部分にぐっと押し当てて、ぐにゅ、じゃないね、ぐすっ、とこしあんのような状態に潰して食べるのがとてもいいよ」

 ???こんなジローくんは初めて見るなあ。ジローくんはまだ足らないようで、補足を加える。

「水ようかん、って、本当にいいよ」

「いや。ぼくは水まんじゅうだね」

 空くん?水まんじゅう、って、何?

「え?水まんじゅう、知らない?ほら、東京ドームみたいな形して、こう、透き通っててさ。葛、なのかな?なんかそれっぽい食感のお菓子だよ」

 空くんは、やれやれといった顔をする。こんな空くんも初めて見る。

「水まんじゅう、食べた方がいいよ」

 これでさすがに出尽くしただろう。と思っていたら、学人くんまで更なる選択肢を増やす。

「みんな、一般的すぎるよ。俺は断然、外郎ういろうだね。外郎を冷やして食べるのが夏の定番だよ」

「えー、やだよー。外郎だと何だかもちもちしてさー。大体冷やしたってなんだかもけっとした曖昧な感じだから涼感が無いよー」

 空くんの反論にわたしも同意する。残念ながら学人くんの感覚はマイナーすぎる。

「何言ってんの。名古屋に行ってみなよ?絶対みんな、夏は冷やして食べてるって。未確認だけど」

 これまで出て来た主義主張、すべてどうでもいいんだけれども。5人を含むクラス全員が、下校前のひと時にも暑いと不平を言い、涼しくならないと不満を言っているこの空間から早く解放されたくなってきた。さあ、もう帰ろうと言いかけた。

「じゃあ、アイスコーヒーとアイスティー、夏にどっちを飲む?」

 ん?ジローくんよ、喫茶店関係の話題をわたしに振るか?ちょっと、帰るに帰れなくなる。わたしが持論を展開しようとすると、およそ自己主張とは縁が薄いはずのちづちゃんが先に口を開いた。

「それって、質問がおかしいと思う。アイスコーヒーと比べるべきなのはアイスティーじゃなくって、アイスココアだよ」

 ちづちゃん、悪いけど、論点が全く違うと思う。

「いや、ちょっと待ってよ。同じアイスティーでもアイスレモンティーとアイスミルクティーでは冷たさが違うよ。とんでもなく暑いときにはアイスレモンティーの方が口の中の冷え方が早いよ」

 空くんがまた別の方向での説を展開する。それに学人くんが異議を唱える。

「ちょっと待った。千鶴さんはアイスココア、って言ってるじゃないか。何を聞いてたんだよー!でも・・・・まあ、いいか。アイスも、かき氷も、水ようかんも、水まんじゅうも、アイスコーヒーも、アイスココアも、分かった。みんな、それぞれ、ってことだね」

 学人くんが無理矢理まとめて話を終わらせようとする。けれども、ちづちゃんが終わらせなかった。

「あの、他の人にとっては些細なことでも、自分にとってはすごく大事なことって誰でも持ってると思うんだけど、みんなはそういうの、ある?」

 ちづちゃんは結構真面目な方向へ話を向けようとしている。ならばわたしが先陣を切って協力しよう。さあ、と話を切り出そうとしたところでジローくんが割り込んできた。

「ぼく、くつ下がないと困るんだ」

「?」

「?」

「?」

「??」

「え、と・・・・それって・・・・何?」

 わたしは遠慮がちにジローくんに訊いてみる。

「たまに素足にスニーカーを履いてる人とかいるけど、駄目なんだ。なんだか足の裏がぺたぺたするような感じがして」

「ふー・・・ん?」

「素足にスリッパも駄目。スリッパを履いて歩くときのパタパタって音がペタペタって音に聞こえてしまう。それからフローリングの上をくつ下を履かずに歩くのも耐えられない。いちいち床に足がぺたぺたくっつくような気がする」

「あれ?じゃあもしかしてこの間、お寺に来た時は?板の間は?」

「いや、くつ下履いてたから大丈夫」

 あら、そう。

「ぼくも、分かる」

 ひょいっと発言の主を見る。空くんだ。

「でも、ぼくは、くつ下すら嫌だよ」

「?」

「?」

「?」

「??」

「・・・何、それ?」

 わたしはさっきジローくんに訊いた時よりももっと遠慮がちに訊いてみる。

「くつ下の生地がぺたっとしてるやつは耐えられない。質の良くないくつ下だと履いてる内に足の裏にくっついてきて、なんとかしようと思って足裏をもぞもぞ動かすとぺりぺりはがれるような、あの感覚がたまらなく嫌だ。ぼくも、ジローくんも、同じだね」

「いや、ぼくはくつ下まで嫌だってことはないよ」

「・・・・」

 ジローくんが、空くんを見捨てた。

「みんな、いくらなんでもつまんないことにこだわり過ぎだよ」

 おや、学人くん。ならば。

「学人くんは、何か重たいことでこだわりとかあるの?」

「家を出る時は右足からって決めてる」

「ああ、ゲン担ぎね」

「お?みんな、何だくだらないことだと思ったね?とんでもない!とてつもなく重要なことなんだよ、これは!」

「そう?」

 2文字で返すわたしに学人くんはむきになる。

「あ、いくらもよりさんでもちょっと許せないなあ。じゃあ、聞いてもらうよ。中学生の時、一回だけ、遅刻しそうになって慌てて左足から家を出たことがあった」

「うんうん」

「へー」

「わっ」

 みんな気を遣って気のあるふりをした返事をする。

「まず、家を出た一歩目で左脇に置いてあった花の鉢に左足をぶつけた。三歩目で左の壁際に立て掛けてあった自転車に左足を引っ掛けて倒し、脛を打った」

「それは、単に物の配置上のことじゃないかなあ・・・」

 空くんが呟く。

「それから、バスに乗り遅れ、結局遅刻して先生に叱られた」

「まあ、もともと遅刻しそうだったわけだから」

 わたしも呟く

「その上、好きだった女の子に、ふられた」

「え!?」

「何、それ?」

「ちょっと、詳しく聞かせて?」

 みんないきなり喰い付く。右足か左足かなどどうでもいいから、その面白そうな話を聞かせて欲しい。

「と、とにかく、それ以降何が起ころうとも右足から出るようにしている」

「その子って可愛かったの?」

 ジローくんも男の子だ。こういう話は好きなのだ。

「え・まあ、可愛いから好きなわけで」

「付き合ってた訳じゃないの?」

 空くんも乗ってきた。

「付き合って、ない」

「付き合ってないのに、何でふられたって分かるの?」

 ちづちゃんも乗ってきた。しかも核心をえぐるようなことをさらっと言う。

「いや・・・その日、慌ててたから傘を忘れて。そしたら放課後、土砂降りになったんだよね。帰れないから教室で雨がおさまるまで待ってようって思って待ってたら、その子もいるんだよね」

「ほー」

「へー」

「・・・・教室に2人きりでさ、普段はほとんど話したこと無かったからチャンスだと思って、あれやこれや話してたんだよね。その内に魔がさしたというか・・・・’前から好きだったんだよね’って言っちゃって」

「そしたら?」

「その子、耳まで真っ赤にして、ちょっと泣きそうな顔になって。’ごめんね。わたしそういうこと今まで考えたことなかった’って」

「それで?」

「え?それだけだけど」

「いや、その後どうなったの?」

 空くんもまどろっこしいようだ。

「その子のお母さんが車で迎えに来て先に帰っちゃったけど」

「あーあ」

「もったいない」

「にぶいねー」

「うん、にぶい」

 みんな口々に学人くんのことをなじる。わたしがとどめを刺す。

「学人くん。その子もきっと学人くんのことが好きだったんだよ」

「え!?」

「一体、何をもってふられたって認識したのか、訳が分かんないよ」

「そう、なんだ・・・・」

 学人くんは何やら考え込む。

「今でも間に合うかもねー」

 ジローくんがそう言うと、ちづちゃんが遮る。

「ううん。ほら、学人くんは今、もよちゃんのことが・・・」

「あ、そうか」

 みんなこそこそと話してるけど、わたしは特に頓着しない。

「ところで、どうしてこんな話になったんだっけ?」

 空くんがそもそもの疑問を口にする。

「さあ」

 なんとなく、周囲に気配を感じる。

 うわっ。

 わたしたちが固まって座っている周りに、気が付くと10人くらいの生徒がわらわらと集まっている。

「ちょっと、もうやめるの?」

「もっとしなよ、続き」

 口々に勝手なことを言っている。学人くんはさっきの中学時代の淡い恋の話を不特定多数の生徒に聞かれたことに気付き、ガーン、と本当に音が出ているように落ち込んでいる。

「えーと、じゃあ、次はね・・・・」

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