第2話 だって、”神様” なんだよ?
苦しい時の神頼み、っていうのは人間なら誰だって一度や二度はしてるはず。お寺の跡取りであるわたしだってしてる。しょっちゅうしてる。だって、神様はそのために居てくださるんだから。神様は、”人間の長久を守り給う”存在。
問題は、”一生かけて叶えたい願い”と、”目先の欲望”とがズレてるってこと。特にわたしのような”現金”な性根だと、神様を逆恨みしかねないから気を付けること・・・・っていつもお師匠に言われる。
「ちづちゃん、来週から中間テストだね」
「うん」
わたしが話を振ると、向かい合ってお弁当を食べているちづちゃんは、ちょっとだけ箸を止めて簡潔に答える。余計なおしゃべりはしないっていうのがこの子の長所。わたしはそれに反してだらだらとしゃべり続ける。
「今日、帰りにテンマングウにお参りしていかない?」
「え、テンマングウ?」
「あれ?知らない?」
知らないのだ。よく考えたら普通そうだろう。わたしのおしゃべりが更に長引く。
「天神様だよ」
「う・ん?もよちゃん、ごめん。分からない・・・」
あ、”もよりさん”だと対等じゃない感じだから、”もよちゃん”って呼ぶように落ち着いたのです。
「ちょっと歩くけど、宇坂天満宮っていう神社があるのね。えーと、市立図書館の道路挟んだ向かい辺りかな。奥まった所。そこって天神様がお祭りされてる神社なんだけど」
「うん」
「学問の神様にあやかって、お参りしない?」
「天神様って?」
「あ、そっか。ちづちゃんって男の兄弟いないんだっけ」
「うん。妹だけ」
この県では天神様をとても大切に考えている。その家に男の子が生まれると天神様の掛け軸を買って、お正月になると毎年その掛け軸をお仏壇の横とかに掛けてお祭りする。そして、天神様ー菅原道真公のように、忠孝と誠の心で仕事に当たれる男子に育つようにと願いを込める。そして、その家の男の子たちが、お正月の間、天神様のお供え物などのお給仕をするのだ。ウチはお兄ちゃんがいたので天神様がおられたから分かるけど、ちづちゃんみたいに女兄弟だけだとピンと来ないかもしれない。多分ちづちゃんのお父さんの天神様のお軸をお正月にはお祭りしているとは思うのだけれど。
「あ、あの掛け軸がそうだったんだ。わたし、家のご先祖様の肖像かな、って勘違いしてた。受験のときになるとよくテレビで絵馬をかけてる、あの菅原道真公の掛け軸だったんだ」
「そう。でもね、受験、とか、学問、とかっていう狭いご利益じゃほんとはないんだけどね」
「え?」
「天神様は讒言に貶められたけれども、それでも真心をもって国の政の勤めに最後まで向かわれた方。そういう心のこもった姿勢で志を果たすための学問をさせてください、っていうのが本当のご利益」
「うん。なんとなく分かる」
「受験そのものも志が無かったら”学問”とは言わない。極端に言えば、ノーベル賞を獲ったって、天神様のような真心が無かったら学問の名に値しない」
「もよちゃん、すごいね」
「ううん、わたしはただの受け売りだし、天神様がすごいってこと。だから、サラリーマンであっても、志を持って世のため人のために仕事の工夫に知恵を授けてください、って天神様に向かう人は”本当の学問”をしてるってことかな、って思うんだよね」
「やっぱり、もよちゃんもすごいよ」
「・・・・ありがと」
ちづちゃんに褒められると、一番照れる。
ちづちゃんにああ話した手前、わたしの宇坂天満宮での神前の言葉は、「将来人助けができるよう、テスト、お願いします」だった。結果は、うーん、とちょっとだけ唸るようなものだったけれども。
でも、わたしは直ぐに事実に気付く。”人助け”という願いは、必ず神様は叶えてくださる。ただ、それが10年先か、50年先か、一生かけてかっていうのは、単なる人間でしかないわたしには分からない、ってこと。今回のテストの点数はそのプロセスの中で今のわたしにとって必要な点数、のはず。この点数を見てわたしが、”もっと点数を上げよう!”と発奮するのか、”まあ、このくらいの成績で推移しよう”と達観するのか、それも「人助け」という目標へ辿り着くためのプロセスなので、どっちでもいい。
「もよりさん、どうしよう」
ジローくんが、やつれた顔でわたしの席を振り返る。
「どうしたの?」
「いや、高校の勉強は大変だとは思ってたけど、まさか、こんなにひどい点数とは・・・」
「どの教科?」
「全般的に低いけど、数学が特にひどかったよ」
「何点?」
「・・・45点」
「なあんだ。わたしだって47点だよ。ジローくん平均点だって43点なんだから、まあ、次頑張ろう、くらいでいいんじゃない?」
「うーん」
「ね?」
「う・・・ん」
うん、とは頷いたものの、ジローくんは愚痴をこぼす。
「答案用紙が配られたとき、神頼みもしたんだけどね」
「何て頼んだの?」
「テスト、上手くいきますように、って」
「それじゃあ、駄目だよ」
「え、駄目かな?」
「うん。願いが小っちゃすぎるよ。もっとドーンとでかい願いでなきゃ」
「でかいって、宝くじ3億円当たりますようにとか?」
「小さい小さい。大体3億なんてあぶく銭だよ。そうじゃなくって、ジローくんの人生の目標とかないの?」
「人生の目標?」
「そーだよ。テスト上手くとか3億とかみみっちいのじゃなくって、一生を掛けた願いってないの?」
「うーん、幸せになりたい、かな?」
「ジローくんはもう充分幸せじゃん」
「・・・」
ジローくん苦笑い。
「ジローくんが思ってる幸せって、どうい状態のことなの?」
「うーん、やり甲斐のある仕事をすること、かな?」
「うん、かなり大きくなったね。それぐらいのこと、ドーン、と頼まなきゃ。だって、神様なんだよ?相手が人間だったら”千円貸して”とかみみっちいお願いしかできないけどさ。それで、頼んだ以上はそこに至る途中過程は神様の指示に従うこと。
たとえば、東京ディズニーランドに行こうと思ったら、交通手段はいくつもあるよね。飛行機、電車、夜行バス」
「うん」
「どうしてもディズニーランドに行きたい!って神様にお願いしたなら、夜行バスで行けって言われたらそうしなきゃいけないし、歩いて行けって言われたら歩くしかない」
「そこまでして行きたくはないなあ」
「だとしたらそれはジローくんの本当の願いじゃなかった、ってことだよ。”やり甲斐のある仕事を!”っていうのが本当のジローくんの願いだとして、神様が、”うん、その目標はお前に合ってる!”って神様が思ったら必ず叶うって。それで、45点っていう点数すら必要なプロセスだよ、きっと」
「えー、やだなあ。90点くらい取り続けて気分よく目標に向かいたいなあ」
「ほら、それだとチンケな願いしか叶わないよ。せっかくやり甲斐のある仕事、っていうでっかい願い事をしたら、ジローくんに必要な方向に向けた勉強の分野とか質とか量とかを神様が逆算して準備してくださるのに。”志望校合格”程度のみみっちい望みだったら目先の90点がお似合いのプロセスだけどね」
「ジロー、抜け駆けすんなよ!」
学人くんは、わたしだけではなくもしかしたらジローくんに興味があるのではなかろうか。そう思ってしまうくらいにこのパターンでの声がけが多い。
「もよりさん、何の話してたの?」
気が付くと、空くんとちづちゃんもわたしの机の周りに寄ってきている。まあ、いい加減慣れたけどね。
「願いはでっかい方がいいていう話」
なんとなくみんなで輪になって話し始める。
「そもそももよりさんって、神社に行っていいの?」
「え?何で?」
「だって、お寺の跡取りが神社、って宗派も違うし」
おー、空くん、宗派と来たかー。空くんの勘違いなんだけど、まあ、そう思っても仕方ないか。
「浄土真宗の始祖、親鸞聖人のそのまたお師匠の法然上人はこうおっしゃってるよ。”仏と神と現れ、現世には人間の長久を守り給う”」
「?」
「つまり、神様も仏様も人間を救ってくださるってこと。だからわたしは神社でも”南無阿弥陀仏”って称えてお参りしてるよ」
「へー」
みんな一斉に感心したような声を上げる。
「じゃあ、もよりさんは仏様だけじゃなくって神様も信じてるってこと?」
「信じるも何も、神様、仏様がおられることは事実だから。おられて、自分たちが守って貰ってるのに挨拶もしに行かないのって、寂しい奴になっちゃうでしょ」
学人くんは、そうだった、信じる信じないんじゃないんだった、って繰り返してくれてる。
「じゃあ、どこかお勧めの神社ってある?」
「お勧めの前に、みんな自分の家の氏神様が近くにおられるでしょう?そこにお参りに行きなよ。一番お世話になってる神様なんだからさ」
「えー・・・でも」
お?ちづちゃん?
「それだとみんなで一緒に行けないから。わたし、この間、宇坂天満宮に連れてって貰った時みたいに、もよちゃんと一緒にお参りしたい」
はー。
「しょーがないなー」
土曜日の午前の遅い時間。梅雨の肌寒い雨が降る中、わたしたち5人は、わたしたちの県の護国神社の鳥居の前に立った。みんな横一列に並んで鳥居をくぐろうとする。
「ちょっとストップ」
わたしはたまらず声を掛ける。「何?」という顔でみんなわたしを見る。右手でみんなの行く手を遮り説明してあげる。
「あのね、人間は端っこ歩くの」
「え?そうなの?」
「そうだよ。真ん中は神様が通られるの。人間ごときは小さくなって端っこを歩くの」
「知らなかった・・・・」
みんなでぞろぞろと一列になってお辞儀をしてから鳥居をくぐる。まあ、これはこれで異様な光景だ。
手水でももじもしてるので、わたしがまず最初にやって見せる。
「左手、右手、と清めて、左手の平に水を受けて口をすすぐ・・・まあ、唇を湿らせる程度でいいよ」
みんな真似て清め始める。わたしは冷たい水の溢れる手水舎の石に刻まれた文字を指す。
「”洗心”って、彫ってあるでしょう」
みんな無言で頷く。
「人間ってほっといたらどんどん心に垢が溜まって穢れていくから、心を洗う、ってことで」
そしてまたぞろぞろと神前に向かって歩く。お社の手前で念を押しておこう。
「ゴミみたいな目先の私利私欲じゃなくって、どでかい事を願うんだよ。それから、ありがとうございます、ってお礼も言うこと。こちらからお願いする前に普段から守って貰ってるんだから」
はい、とみんな素直な返事。
「何お願いしたか、後で報告会するからね」
「げっ」
神前では横一列に並んで二礼、二拍手・・・一礼。
「これ、桜でしょ?」
ふと中空の桜の葉を見上げ、ちづちゃんが訊いてきた。
「そうだよ」
「雨に濡れてる桜の緑って、きれい」
なんだか、ちづちゃんの心の美しさが滲み出てる一言だと思った。
お参りした後、何か安くて美味しいものを、ということで、護国神社の鳥居から真っ直ぐお日様の昇る方向に進む大通りを10分程歩き、わが市の唯一のデパート、”大都”の向かいにある、”チェリッシュ”という喫茶店に入った。改装して店内は新しくなっているけれども、ここは老舗中の老舗で、三代前からの常連客もいるぐらい。しかも、ナポリタンのセットが昔ながらの美味しさの上に、安い。店内の真ん中にある大テーブルの右半分の所に、男子3人と女子2人が向き合って座る。
「女子があと1人いたら合コンなのにね。ごめんね」
「いやいやいや」
わたしが軽口を叩くと、光速で男子3人の声が上がった。
「もよりさんと千鶴さんがいてくれるだけで満足です」
学人くんがやや芝居がかって言うと、ちづちゃんは耳まで真っ赤にした。
男子からこんな風に言われるのに慣れてないんだろうな。ちづちゃん、かわいいのに。
全員、ナポリタンと、男子3人はアイスコーヒー、ちづちゃんがアイスティーで、わたしはブレンドにした。
「全員、ナポリタンだね」
「チェリッシュと言ったらやっぱりこれでしょう」
運ばれてきたナポリタンとタバスコを前にして、皆、しばし黙々と食べ続ける。飲み物が出てきたところでようやくさわさわとおしゃべりが始まった。
「それで、みんな、何をお願いした?」
一瞬、みんなの動きが止まる。
「やっぱり言わなきゃ駄目?」
空くんが珍しくうじうじしている。
「言わなきゃ駄目。言いにくかったら、わたしから言おうか」
みんな、こくこくと頷く。
「じゃあ・・・・神さまと仏さまの世界を、世の中の人に伝えられますように、って」
「もよちゃんらしい」
「うん、仕事柄、って言えばいいのかな。すごい。思いもしない答えだったけど、なんだかこう、公の願い、っていうか・・・」
わたしは、わたしという人間をもって知ってもらおうと思って本心を語ることにした。ここにいるみんな、なんだか生涯の付き合いになるような予感がするし。
「科学こそが”リアル”とか真実だって感じになってるよね、今の時代って」
「うん」
「でも、わたし、科学ってむしろ妄想だって思うんだよね」
「妄想?」
「うん。空想、でも無く、仮説、でも無く、妄想」
「ちょっと言い過ぎじゃない?」
学人くんが申し訳なさそうに言う。
「うん、言い過ぎかも知れないけど、逆に、科学者、って人たちが”真理の探究をする”なんて言ってるのはそっちの方こそ言い過ぎだって思う。言い過ぎを通り越して思い上がりだって思う」
「うーん」
空くん、ジローくんが揃って熟考してる。わたしはできるだけ自分の思い込みや押し付けを排除してニュートラルに話そうと努力する。
「最近、新しい分子を作ったとか発見したとかってニュースがあったけれど、わたしたちが最小単位だって思ってる分子って最小じゃないかも知れないよね」
「?」
「DNAだって、”こういう配列が基本だ”って言うけれどもそうじゃかいかも知れない。そもそも、その配列って、誰が考えたの?誰が作ったの?それとも、生命が勝手に”進化”してきたっていう説明だけ?」
「勝手に、というか、環境に合わせて進化してきたってことだよね」
学人くんも冷静に話そうとしてる。
「じゃあ、その環境って誰が作ったの?環境も勝手に出来上がっただけ?火山の噴火とかも勝手に起こるだけ?隕石も勝手に落ちてくるだけ?」
みんな、ごめんね。わたしってしつこいよ。
「眼に見えないものの説明がつかないのはそれが存在しないからじゃないよ。そもそもレベルが違い過ぎて見えない、ってこと。神様や仏様の姿を見ることができないのは、人間よりも遥かに高いところに居られて、レベルが上過ぎるから」
空くんが熟考から顔を上げる。
「仮に神様や仏様が実在するとしても、科学の進歩は凄まじいよ。そのうち、神様の域に近づいて行くんじゃないかな」
「無理だと思う」
「どうして?」
「だって、神様、仏様は、今も修行を続けておられんだよ。人間が努力して一歩進んだって、神様仏様は万歩も億歩も進んでおられるよ。それに、科学者の研究が、”一歩”進むためのものだったとしても、神様、仏様が作られた”事実”と違う方向へ踏み出していたとしたら、その科学者がどんなに頭が良かったとしても、それは、妄想。まさしく神をも畏れぬ考え。そうじゃなくって、わたしが、あ、こうあるべきだ、って思ったのは、ほら、何年か前に民間企業のエンジニアで博士号を持っていない人がノーベル化学賞を受賞してニュースになったことあったでしょ?」
「中田宗一さんのこと?」
「そう。中田さんが言った言葉が忘れられないんだよね。中田さんは、北アルプスの連峰の一つがある県で育ったんだけど、毎朝その雄大な連峰を眺めて、”ああ、自然には勝てない”って思いながら育ったんだって。”勝てない”っていうのは諦めじゃない。”突き抜け”。地学や火山学や地震の研究をいくらやったところで、その雄大な連峰そのものを人間が作ることはできない。でも、連峰を作った神様の意向、意味を事実として認識すること、それはできる。それこそが真の科学者が取るべき事実認識であって、本当に世の人を救う研究ができる人だと思う。中田さんの県の連峰は阿弥陀様の化身として古くから信仰されてきて、それって事実だとわたしは感じる。ある意味、”阿弥陀様の化身”っていう事実を見抜いた昔の人たちの方が、下手な科学者なんかよりよっぽど科学的な”突き抜け”の頭脳を持ってたんだろうって思う」
一気にしゃべったら喉が渇いちゃった。コーヒーを飲もう。
「もよちゃん、わたし、尊敬する!」
わたしがぬるくなったコーヒーをすすり始めた時、ちづちゃんが結構大きな声で言ったので、わたしはぎくっ、とする。むせた。
「もよりさん、ぼくも尊敬する」
ジローくんまで。
「全部には同意できないけど、漠然とそうなんだろうな、ってことは認めざるを得ない」
空くんって頭いいんだな。いい意味で。
「俺は今の反対のこと言われても、もよりさんの話だったら支持するよ」
学人くんの言い方もなんだか嬉しい。
「つまり、まあ、わたしは神様仏様の存在を”事実”として伝えたいんだよね。”心の持ちよう”なんかじゃなくってね」
みんな、ああ、なるほど、という顔。
「そうしないと、うちのお寺、商売になんないし」
「・・・・」
あれ?ハズしたみたい。わたしは再び真面目モードに戻る。
「・・・それで、わたしのことは以上だから、みんなの願い事、聞かせて」
学人くんが手を挙げる。
「じゃあ、俺ね。俺はねえ、”政治を変えたい”、ってお願いした。
へー、とみんな感心した様子。
「学人くん、政治家になりたいの?」
ジローくんが訊く。
「いや、政治家じゃなくてもいいんだけど、なんだか今の色んな政策って、本音隠して水面下で何でも決めようとしてるようにしか見えないからさ。たとえば、少子高齢化対策にしたってさ、女性の社会進出のサポートだけが解決策じゃないって思うんだよね」
「ん?たとえば?」
「むしろ、専業主婦の社会的地位を正当に認めていくことが少子高齢化の歯止めになるって考えもあるんじゃないかと思って。だってさ、子供を産んで育てるって、これ程クリエイティブで且つ困難な仕事ってないと思うんだ。一個の人間の人格形成すら行う仕事だからさ。俺の好きな企業経営者が書いた本にその人のお母さんの事が書いてあったんだけど、これが立派でさ。そのお母さんはこんなこと言ってるんだよね。・・・・虐殺を行う独裁者も、かつては母親の胸に抱かれていた赤ん坊だった筈だ。そう思うと、母親というものは賢くあらねばならない。母親の責任は国の存亡をも左右する・・・・・ここで言う賢さって、当然、人間としての賢さ。こういう母親の仕事の重みを認めていけば、企業内で女性が働きやすい環境を整えるのは対症療法としては有効であっても根本的な解決には至らないと思う。介護の問題にしたってそうだよ」
学人くん、大演説だ。
「どうしてみんな、”嫁・姑が同居して昔はうまくやってたねー”っていう核心を言わないんだろう。でも、今の総理にしたってそもそも自分が年寄りと暮らしたことも無いんだから発想すら出てこないんだろうね。だから、俺みたいに四世代同居を現にやってる人間じゃないとそういうことが言えないんだと思う。うちの母さんは、ばあちゃんの身の回りのこともやってるし、子供にもきちんとした家庭料理を作り続けてきた。専業主婦で、確かに外の勤め人の世界は見てないかも知れないけど、俺は母さんを尊敬してる」
「学人くん、かっこいい!」
あ、思わずでかい声出しちゃった。でも、本当にかっこいいと思う。男らしいとも思う。学人くんは意外にも照れちゃって、
「ありがとう」
って、小声で言った。
次は、空くん。
「僕は”長生きしたい”って、お願いした」
「あれ?空の答えにしては意外だね」
と、学人くん。
「そうかな?」
「いや、空だったらさ、世のため、人のため、みたいな願いだろうって思ったから」
空くんはにやっと笑う。
「そうだよ。個々の願いはそういう”でっかい願い”だよ。でも、いくつもあるからさ。じゃあ、その大前提になる寿命ってやつを延ばして貰えたらと思って」
「具体的には何歳?」
ジローくんの質問はちょっと意地悪。
「さあ。それぞれのでかい願いを一つ一つ果たせるんだったら、別に40歳でも50歳でも構わない」
「空くんも、かっこいい!」
あ、また声に出しちゃった。
「いや、もよりさんにそう言われると、なんだか嬉しいな・・・・」
空くんも照れてるみたい。
「じゃあ、ジローくん」
「うん。ぼくは、この間教室で言ったみたいに、”やり甲斐のある仕事”に就くこと。でも、今日の願いはそれで終わりじゃなくって、他の人がやり甲斐のある仕事に就けるようサポートしたい、って祈ったよ」
「ほー」
学人くんが興味深そうにジローくんの顔を見る。
「もちろん、入った会社や与えられた仕事を天職と思って努力することも大切なんだけど、その前の段階で自分を活かせる仕事を探せたら、世の中の人はもっと幸せかなーって。そういうサポートのできる仕事って言ったら、就職組の多い高校の進路指導とか、大学の就職課とか、ハローワークとかってことになるのかな?」
「ジローくん、高校の先生、向いてそう」
空くんがジローくんに向かってにこにこして言う。
「え、そう?」
ジローくんも空くんの言葉に照れている。
「じゃあ、大トリで、ちづちゃん」
ちづちゃんは、しばらく俯いたまま。ちらっと横を見ると、スカートの上に置いた手で自分の太腿をぎゅっ、と握っていた。
「わたしは」
みんな、心を静める。
「この世から、いじめをなくしたい」
わたしは、涙が滲んだ。
ああ、ちづちゃんと友達になれてよかった。みんなと友達になれてよかった。
「うん。いじめが無くなれば、人種差別も、戦争も無くなるね。本当に大きな願い事だね」
わたしは、涙を瞼の裏側に押し込んで、笑顔で付け加えた。
「きっと、叶うよ」
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