第294話 hard to think, easy to go! ・・・その2
駆け抜けるように1学期のすべての過程を終え、ついに明日から夏休みという日を迎えた。5人組は一応全員進学予定でそれぞれの目標を捉えた生活を送ってきた。わたしも推薦であろうが一般受験であろうがいかようにも対応できるようそれなりに準備を続けた。
シイナはというと、近本への抑えきれない復讐心に燃えさかってはいるけれどもお師匠が諭してお寺の仕事と新たに始めた護国神社参道にある喫茶店でのアルバイトに向き合う毎日だ。その中で自ずと近本との接触が図れるというお告げらしい。
そして真世ちゃんは明日から咲蓮寺で寝泊まりすることになった。
「えーとね。座して死を待つよりはもよもよたちと一緒に悪鬼神をやり込めようと思うの」
これが5歳の女の子の言葉。
さすがは仏のひ孫、わたしは真世ちゃんに逆に励まされている。
そして、お師匠、シイナ、わたしは明日からの臨戦態勢に備えて食料やら護身用グッズやらの買い出しをし、帰りに檀家さんがやってる定食屋さんで真夏ながら熱々の雑炊を晩御飯に食べてお師匠が運転する軽四でお寺への帰路に着いていた。
「お師匠、後ろのベンツ、やたら間詰めてきてるね」
「ああ。ここは追い越し禁止だからな。ノロノロ運転するなってことだろう」
「でも、前だって渋滞してるのに」
シイナが吐き捨てるように言った。
「もより。あのベンツ、ガラス全部スモークかけてるし、運転の仕方から横柄さが伝わってくるでしょ。カタギじゃないのよ。わたし、嫌という程見てるから」
さすが近本への復讐のために本当に銃を手に入れた彼女だ。シイナが言うと説得力がある。
「あっ!」
思わず声を出しちゃった。
だって、ベンツが急にスピードを上げて、軽四のリアバンパーを掠めんぐらいの至近距離に迫ったから。そのままけたたましくクラクションを鳴らされた。
こっちだってさっさと抜いてってもらいたいのは山々だけれども対向車はひっきりないし、前の車だって詰まっててお師匠がいくらスピードを上げたくても上げられないのに。
「これ以上は危険だな。停まるか」
「えっ」
わたしが言うか言わないかの内にお師匠はハザードランプを点滅させ、慎重に減速して止まった。
ベンツはさらにググッと距離を詰め、脅すようにした後、停まった。
ベンツに乗っていたのは1人だけのようだ。濃いグレーのスーツにノーネクタイのシャツを着た目つきの悪い男が近づいてきて、ゴツっ、と運転席のドアウインドウを叩く。お師匠はドアをゆっくりと開け、わたしたちを残して車を降りた。
その瞬間、男がお師匠に怒鳴りつける。
「しっかり走らんかい!」
「これ以上スピードは出せません」
「ボケが! お前がスピード上げたらお前の前の車もしゃんしゃん走るんじゃ! お前のせいで遅れたらどう償いするんじゃ!」
「何に遅れるんですか」
「会長との会合があるんだよ!」
「なんの会長さんですか?」
「お前にいう必要はない!」
「あなたの会社の会長さんでしょう? 電話で遅れる旨連絡されたらどうですか」
「舐めとんのか!」
「舐めてはいない」
「何を!」
「あなたのような隙だらけの方にも油断しないよう習い性になっている」
「何言っとんじゃ、お前は?」
「あなたがこれ以上非合理なことを言うなら強制的にあなたに引っ込んでいただくしかない」
「なに・・・? あのなあ、ワシが言っとる会長は会社の会長じゃないんやぞ? そういう組織の会長なんじゃ」
「だから?」
「な、なんだと? お前、怖くないんか?」
「何が」
「こういう人間が怖くないんかと訊いとるんじゃ!」
「人間は怖くない」
「なに? じゃあお前は何が怖いんじゃ」
「神仏がお隠れになることが恐ろしい」
「なんじゃ? お前、坊主か?」
「はい」
「なら、バチが当たるかどうか試してやるわ!」
男が平手でお師匠の後頭部をはたいた。
「お師匠!」
「もより、大丈夫だ。出てこなくていい」
「でも!」
「出て来るな、と言っている」
背筋がゾクッとした。
お師匠の言葉に何か逆らい難い恐ろしさがこもっていた。
「ははーん。娘の前で坊主のメンツも親のメンツも潰してやるわ!」
もう一度男がぱん、とお師匠の後頭部をはたいた。
「拳でこい」
「なに!?」
「聞こえなかったのか。拳で私の顔を殴ったらどうだ、と聞いているんだ。それとも平手で冗談ぽくしか人をいたぶれない腰抜けか」
「この! ぶちのめしてやる!」
男は右拳を固めてお師匠の前でそれらしいファイティングポーズをとった。あまりにもサマになっているので格闘のプロくずれではないかと心配した。
けれども。
「あ・あ・あ・・・」
「どうした。殴らないのか」
「あ・あ、ああっ!」
言ったきり男が直立不動で声すら出せなくなった。
「殴らないなら、私は帰るぞ」
くるっ、と男に背を向けてお師匠は運転席に戻った。そのまま車を出す。
「ちょ、お師匠、一体どうやったの?」
「私は何もしない。あの男が勝手に動けなくなっただけだ」
「え? え? だって」
「もより。これから悪鬼神と生死を賭けたやりとりをしようというのだ。組織の後ろ盾でしか威張れない輩ごとき、手も触れずにあしらうぐらいの気概でいなさい。シイナさんも」
わたしもシイナも、お師匠のビリビリするような空気に打たれてただただ頷くことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます