第293話 hard to think, easy to go! ・・・その1

とうとうわたしたちは高校3年生になった。

履修科目の妙で5人組は3年でも全員同じクラス。とりあえず大学を目指す受験生というスタンスで動き始めた。


けれども決定的に通常の受験生と異なる事情をわたしは抱える。正確に言うと5人組全員が共有している。


悪鬼神あっきしん・近本問題だ。


近本は善神ぜんしんと仏を神社仏閣から追い落とし、自分が取って代わろうとしているようだ。なので咲蓮寺の御本尊も彼の標的だ。


悪事というのは長続きしないが即効性はある。悪魔に魂を売り渡して目先の利益を叶えようとする人間ならば、喜んで邪神である近本をあがめるだろう。


そして、『神というも仏というも人間の長久を守りたもう』ということを忘れ去ろうとする。


3年生の始業式の朝、出かけようとするとお師匠に質問された。


「真世さんが6歳になる誕生日はいつだ」

「8月31日」

「そうか。時間はないが、腹は決まった。もより」

「はい」

「1学期の終業式まで死ぬ気で勉強するんだ。夏休みは受験勉強じゃなく、近本を倒すために使うからな」

「・・・はい」

「悠長な、と思うかもしれんが私たちは事態が見えているからこういう対応を熟慮した上でスケジュールを立てて果敢に実行に移せる。意味は分かるな?」

「はい」

「確認のためだ。言ってみなさい」

「はい。人間の日常のすべての事柄は綱渡りです」

「うん」

「神仏はくらいが高すぎて人間に見えないだけで、わたしたちが朝家を出て夜無事に帰って来るだけでも、あらゆる神仏のご加護を得、悪しきものを遠ざけて頂いている。わたしたちはかろうじて神仏に生かしてもらっているだけのはかないい存在です」

「そのとおりだ。だからどうするのだ」

「ご本尊のお力で神仏のご加護をひっくり返そうという悪鬼神・近本がわたしたちには肉眼で見える。だから、策を練って、その段階を過ぎたら躊躇せず倒す」

「もより、満点だ。伝えてあったとおりシイナさんも今夜から咲蓮寺で寝食を共にする。平日はシイナさんの探索を主とし、休日はもよりも合流して近本の動きを掴む。夏休みに入ると同時に不眠不休で全力を尽くす。決して真世さんを死なせてはならん」

「はい。タイチくんも居なくなって、仏の子は真世ちゃんだけなんだよね」

「ご本尊はそうおっしゃっている。間違いないだろう」


そう。


別に今だけ・わたしたちだけが特別な訳じゃない。


人間全員、毎日が必死で綱渡り。


ならば、ありとある策と人生経験でもって熟慮に熟慮を重ね、決したら散歩に出る気軽さで実行すればいい。


この体でもって。


「行ってきます」

「・・・今日も無事に帰っておいで」


そう。


一志にいちゃんのように死んで仏となるんじゃなくって、わたしは生きて生身の体のまま、近本を倒す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る