第295話 hard to think, easy to go! ・・・その3
「もよもよ! 久しぶり! お泊まり会みたいで楽しいね」
真世ちゃんが咲蓮寺に来てくれた。
このままだと8月31日の6歳の誕生日をもって寿命となるという状況でもこの明るさだ。仏のひ孫だってことを改めて実感する。
「真世ちゃん、よろしくね」
「シイナね。ねえ、銃見せて」
「え。ごめん、今は隠してあるから見せられないんだ」
「ふーん」
5歳と19歳の女子同士の会話として凄まじいだけでなく、お師匠の肚の座り方も大したものだ。
家がお寺であるというだけでわたしたちは一応普通の民間人だ。お師匠は鷹の爪を薬莢の火薬に混ぜた弾丸を装填したリボルバーを車のキーでも受け取るような気軽さでシイナから預かった。そして近本に見つからず、なおかついざという時にすぐに使用できる・・・すなわち撃つことのできる場所に隠した。
「お師匠。撃てるの」
「可能かどうかという問いは意味がない。撃つんだ。もよりは以前近本がここに来た時、奴の肉体が血まみれになるのを恐れてトドメの唱え言葉を躊躇したろう」
「は、はい」
「銃を持ってるだけでこの国では犯罪だ。だが、悪鬼神を見逃すことは末代までの大罪だ。いや、日本を滅ぼした逆賊との
「う・・・・」
「刑法・民法、あらゆる人間が作った程度の法律上の罪はすべてわたしがかぶる。結果わたしが服役して未成年のもよりが生きづらくなるかもしれんが、そういうことはものの数ではないと耐えてくれ。悪鬼神を抑えられない罪の方を恐れてくれ」
「はい。わかりました。今度は決してためらいません」
そんな訳でわたしたちは悪鬼神・近本を倒すための『合宿』をスタートさせた。
お師匠は、
「普通に生活してれば近本の方から姿を現わす」
と言ってるけど、シイナはいてもたってもいられないようだ。実はわたしもそうだ。真世ちゃんは、『料理教えて!』とかどっしりしたもんだけれども、焦るハイティーンの2人を見てお師匠はこう追加した。
「どうしても、というならパトロールしてもいいぞ。ただし、必ず真世さんと一緒に行動すること」
5歳の女の子の方が、シイナとわたしよりも安心できるということだ。
・・・・・・・・・・・・
日中はシイナもバイトがあるし、わたしはお寺の月参りを普通にやってるので、日が落ちてからパトロールをやり始めた。
3人まとまって自転車で。
真世ちゃんは補助椅子をつけてわたしの自転車の後ろにちょこん、と乗って。
「もよもよ、海まで行ける?」
「え。真世ちゃん、海が見たいの?」
「ううん。それもあるけど、助けて、って声が聞こえたから」
シイナとわたしで顔を見合わせた。
なにせ仏のひ孫の言葉だ、間違いはないだろう。
とにかく、真世ちゃんが言う浜辺まで向かう。自転車だと30分はかかる距離だ。
「10分で行って」
無茶なことを言うと思ったけれども、つまりそれだけ緊急事態ということなのだろう。脚力には自信があるので女子のわたしが立ち漕ぎでママチャリを全速力で走らせる。
シイナもさすがに根性入ってて、わたしに遅れずにママチャリを立ち漕ぎしてついてくる。
「あ!」
浜辺が近づいたところでシイナとわたしは声を上げた。
だって、ミニバンをバイクが取り囲んで何か棒切れみたいのでガンガン叩いてるところだったんだもん。
「もよもよ、そのまま近づいて」
「え? 真正面から」
「そう。シイナもついてきて」
「いや、真世ちゃん。バイクの連中7〜8人はいるよ? いくらなんでも正面切っては」
「シイナ。バカにしないで。わたしがあのひとたちより弱いって思うの?」
正直、怖いけれども、真世ちゃんがここまで言う以上行かないわけにはいかない。真世ちゃんの言葉は仏のお告げも同然なわけだから。
「ちょっと待て」
バイクの一団の中で一目でリーダーとわかる長身・細身の男が『作業』を中断させた。男たちは一斉にわたしたちの方を見る。そりゃそうだろう。こんな時間にママチャリに乗った高校生ぽい女子2人と幼稚園児の組み合わせだ。
ミニバンに乗ったありきたりのカップルよりよほど興味深いだろう。
男たちは全員ダボっとしたTシャツにやっぱりダボっとしたジャージみたいなズボンを履いている。年もシイナやわたしとそう変わらないだろう。
リーダーが全員に命じた。
「おい。こいつらで遊ぼうぜ」
なんの益ももたらさない集団とはいえさすがにリーダーだ。『誰だ?』とかなんとかいう質問で時間を浪費することなく即行動するところはまあ世の中を分かってると言えないこともない。
けれども真世ちゃんの前ではまるで無能だった。
「えい」
真世ちゃんが一言そういうと、こちらに向かって歩いてきたリーダーが砂に足をとられてよろけた。
「えい、えい」
今度は彼のブーツが脱げた。
「何やってんだよー」
と仲間たちは笑ったけれども、リーダーの顔が引きつっているのが暗がりの中でも見てとれた。
「ねえ。もうおウチに帰った方がいいよ」
「うっせえ! おい、どうしたってんだよ」
「手首が・・・」
「あ?」
「あいつが、えい、って言ったら白い手首が俺の足首を掴んで、それから・・・」
「はあ? んな訳ねえだろ? ほら!」
リーダーの後ろに控えていた3人が棒切れのようなものを持ってこちらに近づいてくる。棒は、金属バットだった。
「じゃあ今度はもよもよにやらせてあげる。唱え言葉言ってみて」
「え。でも、真世ちゃんみたいにはできないよ」
「ううん。もよもよがやるんじゃない。わたしだって別に自分でやったんじゃないよ。なんにも考えずに唱えてみて」
「でも・・・」
「あれ? もよもよ。仏様、信じてないの?」
ぞくっ、とした。
5歳の女の子の言葉にとてつもない強制力を感じる。
とにかくわたしは心を空っぽにしてみた。そして、唱える。
「南無阿弥陀仏ということは・・・」
「なんだ? ぶつぶつ気持ちわりーな」
男たちが近づいてくる。
「もよもよ。早くしないとわたしたち殴られてエッチなことされて殺されちゃうよ」
「な、南無阿弥陀仏ということは誠の心と読めるなり、誠の心と読むうえは凡夫の迷心にあらず、まったく仏心なりいっ!」
わたしが叫ぶように唱え終わると男3人がずざっ、と顔面から砂に倒れこんだ。そのまま、げええ、と激しく嘔吐し始める。
真世ちゃんが唖然としている残りの一団に告げる。
「どうする? まだする? あのね、もし続けるんなら誰か1人死なないと終わらせない、ってお告げがあったよ。あなた死にたい? それともあなた?」
男たちは無言でバイクのエンジンをかける。そして、ほとんど一斉に猛スピードで砂浜から国道に走り去って行った。
真世ちゃんはミニバンまで自転車を近づけるようわたしに促す。ドアウインドウを下ろすように中のカップルに顎で伝える。
「ねえ。大丈夫? でもね、こんなところで夜遊びしてるからあんな目に遭うんだよ。あなたたちも早くおウチに帰った方がいいよ」
大学卒業したての新社会人だろうか。まだ若いそのカップルはうんうんとただ頷いて、ベコベコにへこんだミニバンでやっぱり国道に去って行った。
砂浜に残ったのは男4人。
リーダーは口を半開きにして立ち尽くしている。
後の3人はまだ吐き続けている。
「真世ちゃん、こいつらどうする?」
シイナが訊くと真世ちゃんはこう答えた。
「ジゴウジトクだもん、放っといていいよ。一晩中こうしてれば少しはいい子になるよ」
それから、ふわあ、とあくびをする。
「あ。もう寝る時間過ぎちゃった。早くお寺に帰ろ?」
真世ちゃんが近本に負けるなんて考えられない。
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