第286話 バレンタイン・デイ・・・その4
ちづちゃんの動きに遅れることなくわたしも包みを取り出す。
「あの、これ」
2人同時に声を出し、思わず笑い合う。
「ごめんね、もよちゃん。わたしがチョコ渡すっていうから気を遣わせてしまって」
「ううん。わたしの方こそちづちゃんにはお世話になってるからねー。むしろわたしが言い出すべきだったよ」
ちづちゃんがやや潤ませた目でわたしを見つめる。
「もよちゃん、あのね」
「う、うん」
「これほんとに本命チョコなんだよ」
「・・・う、うん」
「もよちゃんは美人で背が高くて心も強くて。でもそれでいてみんなに優しくて頼りになって」
「ふ。褒めすぎ、だよ」
「わたしのこと気持ち悪がらないでね。もよちゃんが男の子だったらな、なんて本気で思うこともあるけど、あくまでも女性としてのわたしの憧れ、っていうか。自信のないわたしにとっての」
「ちづちゃんは素敵だよ」
「ううん・・・なんていうか・・・好きだけど、そういうヘンな意味の好きじゃなくってね・・・」
「うん。わかるよ。わたしもちづちゃんのこと、好きだもん」
「・・・ありがとう」
「ふふ。相思相愛ってことだね」
よかった。
実は本当にちづちゃんにそういう嗜好があるんじゃないかと焦る瞬間もあったんだけれども、親友として思い合ってる、っていうことでめでたしめでたしだ。
そういう訳でチョコを渡し合う。
まずはわたしが先に箱を受け取った。
ちづちゃんはこくっ、と頷いてそのままわたしに開けるように促す。
「うわあ」
それは、一目で分かった。
「手作りだね」
「うん」
形が不揃いだからという理由で手作りと分かったわけではない。
ちづちゃんの、几帳面で相手に心を配る性格が、トリュフの曲線と厚みのあるココアの層とで伝わってきた。
「ありがとう。嬉しいよ、ちづちゃん」
わたしのストレートな感謝の言葉に対して照れずに満面の笑みを浮かべるちづちゃん。
「じゃあ、今度はわたしのを」
ちづちゃんがわたしの包みを開ける。
「あ」
わたしは心の中で冷や汗を流す。
「もよちゃんも手作りだ」
「はは。ガタガタだからすぐ分かったでしょ」
「ううん。そうじゃなくって。チョコケーキのこのカップ。もよちゃんがいつもお弁当のおかず仕切るのに使ってるやつでしょ」
「あちゃー、バレちゃった?」
「うん。一目で」
「ごめんね、がさつで」
「ううん。もよちゃんのそういう合理的でスマートなところ、すごくいいと思う。それにこれぐらいの小さいカップケーキならちょうど食べやすいし」
しばし互いの作品を講評し、自作品のオススメポイントも述べ合う。まあわたしの場合は言い訳がほとんどだったけれども。
思わずわたしはこう言った。
「うーん。なんか、今すぐ食べたい気分」
「ほんとだね」
「でもお店で食べる訳にはいかないよね。デザートももう来るし」
そう言っているそばからオーナーシェフがプレートと、2つのグラスを運んできた。
「あれ? 飲み物はコーヒーを頼みましたけど?」
わたしがそう言うとオーナーシェフはにこっと、笑う。
「これはチョコにも合うノンアルコールのスパークリングワインです。もしよろしかったらお2人の手作りチョコを召し上がりながらどうぞ」
「え。いいんですか?」
「構いません。お2人の友情に感じ入りましたので」
「ありがとうございます!」
ちづちゃんと揃ってお礼を言うと、シェフはプレートの説明もする。
「チョコを邪魔しないように甘さ控えめのバニラアイスだけデザートとしてお持ちしました。それと、砕いたナッツ類とホイップクリームを添えておきましたので、チョコの付け合わせにどうぞ」
至れり尽くせりのシェフのはからいに、もう一度グラスをチン、とぶつけた。
「乾杯!」
チョコを、ぽいっ、と口に放り込み、ワインをこくん、と飲んだ。
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