第235話 クマの一撃・・・その1

「熊退治を頼まれた」

「え。クマ?」

「うん」


お門違いとはこういうことではないだろうか。なぜお師匠に。


「クマの幽霊じゃないよね」

「幽霊じゃない。生きてる熊だ」

「普通、猟友会とかの出番なんじゃないの?」

「猟友会どころか、本職の猟師さえ仕留め損ねてクマの反撃にあった。彼は片足を失った」

「そんなニュース無かったと思うけど」

「ニュースにできない凄惨さだったらしい。全ての事実が世に伝えられるわけじゃない」

「でもなんでお師匠に」

「市長直々のご依頼とあらば断るわけにもいかんだろう」

「え? 市長が? でもどうして? 師匠はクマ退治の専門家なんかじゃないでしょ?」

「市長がわたしに言ってきたのは山の鎮守祈願だ」

「お寺の跡取りのわたしが言ってなんだけど、それって本気なの?」

「本気だから仏の力を頼むのだろう。それほどに切羽詰まってるということだ。熊は沢づたいに降りてきて麓の小学校にも出たからな。日曜日だったのが幸いだったが。それに私自身引っかかるんだ」

「何?」

「クマはともかくその場所がな。ご神木があるエリアなんだ」


お師匠はご神木と呼ぶけれども、木そのものが神性を得たという話ではない。その木に神様がお住まいになって居られるという意味だ。


「明治の時代に県の林業部が誤って神様がもともとお住まいになっておられた木を伐採してしまってな。神様が困惑とお怒りを示しておられたところをうちの寺の先祖が礼を尽くして神様にお移りいただいた木なんだ。熊が頻出するのはそのエリアなんだ」

「クマって、ツキノワグマだよね」

「ああ。何年も前から県のあちこちの里山で出没してるのは知ってるだろう」

「じゃあ、そのご神木の近くに出ても不思議じゃないでしょ」

「いや、それはありえんのだ」

「どうして」

「畜生と言えども、いや、畜生だからこそ素直に神様のご威光を感じ畏れてその木の周辺には近づかんはずなのだ。もし不遜にも近づくとしたら畜生でも人でもない何か・・・」

「ひょっとして」

「そう、近本が関わっているのかもしれん」


悪鬼神が善神のご威光を汚そうとしているのだろうか。けれども、その目的は。


「じゃあ、そのクマが近本の化身?」

「いや、それは分からん。一応は人間の形でこの世に出生した近本だ。いくら神仏の世界の話だとしても、いきなりクマの姿を借りるのは飛躍しすぎのような気がする」


そもそも悪鬼神の存在を自覚して日常会話のようにしてるわたしら自体が世間から飛躍しまくってるかもしれないけどね。

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