第221話 あなたが欲しい・・・その2

「わたしはお寺を継ぎますので」


と熊山社長にきっぱりお伝えすると、『(会社に)あなたが欲しい』という望みは諦めてくれた。ただ、わたしのような若者とできた縁を生かしたいとおっしゃり、一度企業見学に来て欲しいと頼みこまれた。

校長・教頭は、『それなら授業のカリキュラムに』と提案したのだが、熊山社長はにべもなく、


「気のない生徒に無理してきていただくのは気がひけますので結構です」


と、暗に迷惑だと逆に断られた。


わたしはちょっと考えた後、


「わたしの友達と5人ぐらいでお邪魔するのはどうですか」


と訊くと、それならいいというお返事だったので、みんなにとりあえず伝えた。


「・・・ということで、どう? ちょっと一緒に付き合ってくれないかなあ。せっかくの社長のお誘いを断るのも申し訳ないし、かといって1人で行くのもちょっと重たいし」


学人くんがまず答えてくれる。


「うん。もちろん。嬉しいよ頼りにされて」


残り3人も、うん、もちろん、と答えてくれた。


「それで今週の土曜日なんだけどさ、どうかな?」

「あれ? 土曜日? 休みの日じゃ見学にならないんじゃない?」

「ううん。ほら、運送業だからさ、土日とかも会社は動いてるんだって。ドライバーさんもそうだし、配車したり管理したりする社員さんなんかもさ」

「へえ」

「でも、高校のうちにリアルな企業を見れるのってラッキーだよね」


学校からお寺に帰ると、わたしはお師匠にも報告した。

「・・・ということで、土曜日に熊山運輸に行ってくるね」

「うーん」

「なに? お師匠。土曜日の月参りなら朝イチで済ませるから問題ないでしょ?」

「いや、熊山社長がなあ・・・」

「わたしが接する限りは熊山社長はとても真摯で立派な経営者だと判断するけど」

「人間としては申し分ない方だとわたしも思う。ただ、『ごう』とか、『悪因縁あくいんねん』といったものは本人の努力だけではどうにもならんのだ。それに」

「なに」

「この間のナイターで、もよりに向けられてた悪意。人間やら亡者の怨念などとは比べようもない大きさと質の深さを未だに感じる」

「・・・悪鬼神あっきしん、てこと?」

「消去法でいくとそうなる」

「で、それが熊山社長の業とか悪因縁が引き寄せたものだと?」

「もより、冷静になって聞いてくれ。わたしは『事実』に基づいて公正な立場で檀家さんたちの相談に乗らさせていただいている。これは、どうだ」

「うん。それは親子の欲目一切抜きでその通りだと思う」


お兄ちゃんの死やお母さんの病気ですら『事実』に徹してね、という言葉は飲み込んだ。


「こんなことがあったんだ。年配の檀家さんだったが、プロ野球選手の久院くいんと偶然知り合って家族ぐるみの付き合いになった」

「久院て、三冠王最多記録の?」

「ああ。もう引退して大分経つが、その当時は人気・実力絶頂でな。檀家さんも有頂天で月参りしたときにサイン色紙を見せてくれてな」

「うん」

「それから久院の一族集合写真も貰った、って見せてくれた」

「一族の? なんか変だね」

「ああ。不自然だ。案の定その写真の中に死人がいた」

「死人?」

「ああ。写真を撮ったすぐ後に酒気帯び運転でな。自損事故だ。電柱に激突して即死だ」

「ふーん」

「檀家さんが久院と知り合ったのは偶然じゃない。その亡くなった親戚の叔父さんがうちのご本尊との縁が欲しくて檀家さんを利用したんだな。私はお告げですぐに分かったので、檀家さんに、色紙と写真を燃やすように伝えた」

「もしかして、燃やさなかったんだ」

「ああ。久院は人格的にも世間から尊敬されてた。そんな一流のプロ野球選手と知り合えたことで自分も一流になれたと檀家さんは思いたかったんだろう。けれども代償は大きい。月参りの3日後に亡くなった」

「3日後・・・」

「しかも、酒気帯び運転の自損事故で、だ」


ぞっとした。そして訊いた。


「熊山社長からのお誘いも悪因縁だと?」

「そうだ」


間髪入れずに断言された。お師匠はさらに『事実』を突きつける。


「しかも、大元は亡者などではない。おそらく、『悪鬼神』だ」

「・・・」

「『悪逆の神』という風に言われることもある」

「どうしよう。ちづちゃんたちも誘ったんだ」

「・・・軽はずみなことをしたな。友達も巻き添えにするかもしれん」

「お師匠、お願い。ご本尊に伺って」


無言でお師匠はご本尊に向き直り、手を合わせた。数秒してすぐにわたしの方を向く。


「もより。この悪因縁は逃れることができんとの仰せだ」

「え」

「それで、友達ももう因縁に絡め取られている。もちろん、もよりはこの間ナイターに行く時から。いや、生まれた時からこの悪鬼神との『出会い』は避けられんものだったそうだ」

「そんな」

「もっと残酷なことを言うと、もよりと4人の同級生は、悪鬼神との悪因縁に絡まれて友達になった、ってことだ」


わたしは、なぜだか分からないけれども猛烈に腹が立った。


そして、なぜだか分からないけれども、涙がこぼれた。

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