第202話 ミニフェス その3
「もよちゃん、ステージ袖のテーブル、オーダーお願い!」
「うん、了解!」
普段静かなちづちゃんが頑張って大きな声出してる。演奏の妨げになる程の音量ではまずいけれども、フロア担当のわたしたちが意思疎通しないことには仕事にならない。
「ビール5、グレープルーツサワー2、あがったよ!」
「はーい」
がこっ
「うっ」
飲食店は結構な肉体労働であるということを実感する。腕に力を込めてトレーを支え、フロアで足を踏ん張る。グラスなのでまだマシだけれども、これでジョッキならどんな重量になるんだろう。
「千鶴さん、ビール3、ウーロンハイ2、レモンサワー2、お願いね」
「はい」
ちづちゃん、あの華奢な体ですごいなー。わたしも頑張ろ。
バンドの演奏は耳に入っては来るけれども、あまり印象に残らない。選ばれたアマチュアバンドのはずだし、演奏も上手いとは思うんだけれども、それ以上でもそれ以下でもない。
ちょうど今やってるのは2組目。
Vo、G、ベース、ドラム。4人で、メロディーもはっきりしてるし、Voの男の子はルックスもいいんだけれども、何なんだろうなあ・・・安定感抜群だとは思うけれども何かが違う。
ほぼ勢いだけでフロアの仕事をこなしてきたけれども、段々と疲れてきた。立っているだけでも非常に消耗し、大変だっていうことがわかった。
「ふう」
「もよちゃん、お疲れ様」
デパートと立体駐車場の間に架けられたガラスの屋根。そこから月を見上げて腰を伸ばしていると、ちづちゃんも隣に立って腰を伸ばした。
「空いてきたね」
「うん。もう9時過ぎてるしね」
なんのことはない。
『トリ』 とは言いつつも、客が帰って行く時間帯が出番、ということだったようだ。さっきの中途半にプロっぽいバンドよりも、4liveの方がずっとかっこいいのに。
「すいませーん!」
「あ、オーダーかな。わたし行って来るね」
「うん。ちづちゃん、お願い」
ちづちゃんはほんとに働き者だなあ。こういう人財こそ、『即戦力』だよね。
「・・・ごめん、もよちゃん」
「え? どうしたの?」
間を置かずに戻ってきたちづちゃんの様子がおかしい。
「わたしじゃダメみたい。もよちゃん、お願い」
「何何?」
困ったような笑顔でちづちゃんは、
「ごめんね、もよちゃん。お願い」
と軽く手を合わせてもう一度言った。よくわからないけれども、取り敢えずテーブルに向かう。見ると、さっきまで演奏していた2組目のバンドののメンバーだった。
いいのかな、一般のお客さん差し置いて。まあ、空いてるけど。
「いらっしゃいませ」
「ああ。ビール4つ。それとソーセージの盛り合わせ1つ」
「はい」
あれ? オーダーも普通だな。さっきちづちゃんはどうしたんだろ?
「ビール4、お願いします」
「はーい」
男子3人組に声を掛け、それから食事班にソーセージの盛り合わせを頼む。ちづちゃんは別のテーブルのグラスを下げに行ってた。戻ってきたところでわたしは訊いてみる。
「ちづちゃん、さっきはどうしたの?」
「ん。何でもないよ。ごめんね」
「なら、いいけど・・・」
「ビール4、もよりさん、できたよー」
「はーい」
まあ、いいか。わたしは足早にさっきのテーブルへ向かう。
「お待たせしました」
とっ、とっ、とっ、とっ、とグラスをコースターに置く。うーん、この音と感触やっぱりいいな、と気分良くなっていると、
「ねえ。高校生?」
とVoの男の子が言った。
「はい?」
「高校生でしょ?」
「はい。そうですけど・・・」
何だろ。未成年がこんなバイトしてていいの? とでも言うつもりかな。
「やっぱり。背高いけど、顔がすごく幼いからさ。演奏中も気になってたんだよね」
何だ? いやいや、一応お客さんだからまあ、笑顔で応対しよう。
「そうですか。ありがとうございます」
「ちょっと座っていかない?」
「いえ、まだ仕事中ですから」
「いいじゃない。ほら、もうガラガラだよ」
確かに。3組目のバンドが結構いい音出してるのにかわいそうなぐらいに客がいない。まあ、話だけ聞けばいいのかな。
「あの、じゃあ、立ったままお聞きしますのでどうぞ」
「・・・おもしろいね。バンドとか、好き?」
「え、まあ普通です」
「普通って何だよ。好きなバンドとかいるの?」
「まあ・・・EK ですね」
「へー。あれ、お前、EK とか聴いてなかったっけ?」
「昔ね」
Voから話しかけられたベースは目も上げずに答え、スマホをいじり続けてる。他のメンバーもそう。ビール頼んだのにまるでコーヒーでも飲むみたいにみんなバラバラだ。Voはわたしとだけ話し続けようとする。
「俺らのバンド、どうだった?」
「あ、はい。かっこよかったですよ」
あまりよく覚えてないけど。
「そっか。ほんとはどうでもいいんだけどね」
「はい?」
「俺、大学生なんだけどさ。就活に有利かなって思ってバンドやってるんだ」
「・・・そうなんですか?」
「うん。やっぱ、どれだけネタを持ってるかっていうのが使える使えないの基準っていうか。それにバンドやってイベントにも出て、っていうことになると、コミュ力もちゃんとあるって言うアピールになるし」
「はあ・・・」
疲れるな。ゆるい方がかっこいいっていう見方もあるかもしれないけど、何だかとてつもない徒労感があるな。早く向こうに戻りたいな。
「聞いてる?」
「はい、お聞きしてます」
「ほら見て」
「?」
促され、ステージに目を向ける。
「ダサいよね」
「え?」
「ダメなんだ、魂こめてます、みたいの。逆に言うと、見た目も性格も全部ダメで、魂しかアピールできるものが無いってことでしょ。かわいそうだよねえ」
「そう、ですかね」
別にステージにいる3組目のバンドに義理もないけれども、何だか嫌な気分になったので、ちょっと言葉がぞんざいになった。
「最初にオーダー取りに来た子もそうだよね。魂しか取り柄がありません、みたいな」
「あ?」
「何だ?」
どうやらクールぶってる割にはキレやすいタイプらしい。もう少しぐっとこらえてみようか。
「いえいえ、すみません。あの子がどうかしましたか?」
「友達? ならごめんね。でも現実を知っといた方があの子のためだよ」
「え・と・・・どういうことですか?」
「はっきり言って上げたんだ。君はいいから、あの背の高い子に来てもらって、って」
「こんばんは、4liveです」
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