第203話 ミニフェス その4
室田くんの声が耳に入らなかったらわたしはこの男を殴ってたかもしれない。
「お?・・・ほらね。このバンドもさ、ベースの女の子だけだよね、価値あるの」
客席の片隅で語られているこの男の言葉などまったく無関係に、室田くんは淡々と曲紹介をする。
「新しく作った曲です。『欠落』」
男がくすっと笑う。
「『欠落』なんて中2病だね」
でもわたしは、はっと気付く。これが答えだと。
室田くんのくせのあるヴォーカル、加藤くんのものすごくシンプルなリフ、咲のただただ基本に忠実なベース、武藤くんの独特のテンポを刻むリズム。
正直言って穴だらけだ。
目の前のこの男のバンドより格段に技術は劣る。でもそれが存在理由なんだ。
『僕の持ち合わせないパーツ、君の持ち合わせないパーツ、それらは誰かが持って、独占してる』
夜には、そして、アルコール入りの人間には速すぎるスピードの曲だ。
『だから、あなたも独白したら。 あなたの消えた、
1人、2人、3人、立ち止まる。
『人の、消えた、
4人、5人、6人・・・。首筋からじゅくじゅくと嫌な汗が流れる真夏の夜。
あまりにも唐突に咲のベースソロが始まった。
「へ・・・え。この展開でベースか」
男のつぶやきが遠い異世界のたわごとに聞こえる。
7人、8人、みんな一人ぼっちの通行人。男も、女も。年寄りも、中学生も。
咲のベースに引きずられ、加藤くんがノイズ混じりのリフをかき鳴らす。武藤くんのドラミングの隙間が極端に狭くなる。室田くんのヴォーカルが早口言葉のような危機感を増す。
『僕は、つぶやく、自分の欠落、君も、つぶやく、君の欠落、みんな、つぶやけ、自分の欠落を』
ギター、ベース、ドラムの残響音で曲が終わった。
4人全員、スーツをぐっしょり濡らしているかのような汗だ。室田くんは前髪がべったりとおでこに張り付いている。
ふっ、と振り返ると、がらんとしたイベントスペースに、夢遊病者のような人たちがいた。
拍手もしない。声も出さない。けれども、ぎらつく目をすわらせてステージを凝視し、動こうとしない。次の曲を待っているように見える。
わたしは何の気なしに、ぼそっ、と男の脇で口ずさんだ。
「つぶやけ、自分の欠落を」
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