第181話 夏だよ(その1)
さあ、梅雨入りだ。ということは遠からず夏もやってくるってことだ。その前後には定期テストという試練もあるけれども、それはまあいい。
「兄妹仲良くて何よりだ」
あのタイムトライアルの日のできごとをお師匠はこの一言で片づけた。
「それだけ?」
と訊くと、
「一志は生身じゃないんだから、もよりをこき使うしかあるまい」
と、補足して終了した。
つまり、これからもこういう場面があり、疲れる役回りはわたしということか。
あ、ついでに、というか、母子は助かった。と、いうのをその日のニュースを観て知った。
「ところが血液を届けた女性はそのまま立ち去ったということです。赤ちゃんの両親はお礼をしたいとその女性を探しています。どうぞ、この放送を見ていたら、中央病院の事務センターまでお申し出ください」
と、アナウンサーが言い、テロップで電話番号が表示された。
やなこった。
ただでさえ意図せず目立つせいで最近色々と困った目に遭ってるのに、これ以上顔を晒したくない。
「もよりさんじゃないの?」
と、ジローくんがずばっと言ってきた時はどきっとしたけど、
「EKの新しいアルバム、夏に出るんだ」
と、全く違う話題に持ち込み、今もその姿勢を貫き通している。三木先輩の話法の応用だ。これなら嘘をつく必要もない。
「夏だね」
「うん、お盆だよ」
ちづちゃんの問いに、わたしはごく普通に答えた。
「そうだよね・・・」
と、ちづちゃんは残念そうな顔をする。そして、真剣な顔で訊いてくる。
「もよちゃんは学校だけじゃなく、お寺の仕事もしててすごく偉いと思うけど、普通の高校生みたいに遊びたいって思うことない?」
ん? わたしは数秒だけ考えてみる。
「いや、遊んでるよ。ランニングもしてるし、まあ料理も半ば趣味っぽく楽しんでるし。防水スピーカー使ってお風呂で毎晩EK聴いてるし」
「ごめんね、変な事訊いて。でも、わたしはもよちゃんと夏の想い出を作りたいな、・・・なんて」
「夏の想い出・・・」
まるで恋人同士みたいな物言いにやや押され気味になった時、ピリン、とメール受信した。
「あれ? 大志くんだ」
平日の学校やってる時間帯に珍しいな。ちづちゃんに、ごめんね、と断ってから、文面をざっと見る。
「”夏休みの予定は?”」
口に出してから、しまった、と思った。
「もよちゃん、誰からのお誘い?」
わたしは慌てる。
「いや、何か、横山高校の大志くんからね・・・え、と・・・ ”僕の研究テーマのため、横山に登って2泊3日の合宿をします。と言っても化学部で横山をテーマにしてるのは僕だけなので、単独で。ただし、奈月さんがなぜか行きたいと言い出してます。さすがに奈月さんと2人という訳にもいかないので、もよりさんも誰か誘って一緒に登りませんか? 七合目までバスで行けるので、比較的登りやすいですよ・・・”」
「つまり、奈月さんは大志くんをダシにして、もよちゃんと一緒に横山登山しようということなんだね」
「え・・でも、あたしお師匠にも夏の予定とか確認しないと」
「そうだよね。でも、知らない内に奈月さんたちだけと夏の想い出作るってことはないよね?」
「まさか、そんな」
「わたし、もよちゃんのこと、信じてるから」
ああ。
信じてる、って言われてもな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます