第123話 Ordinary New Year's Day(その7)

 まさか、そんなことがあったなんて。

 確かにお兄ちゃんがお念仏を称えるのをただの一度も聴いたことはなかった。でも、でも・・・・


「愚かにもその時、私は無言で頷くことしかできませんでした。小学1年生とは思えないその一挙手一投足に、壮年であるはずの私が圧倒されてしまったのです。そのまま10年経ちました」


 お師匠が合掌し、一声、南無阿弥陀仏とつぶやき、一新した表情で切り出す。


「さて!16歳となった長男の死ぬ1週間ほど前のことです。私はなぜか思い立って、何代も前の先祖が書き残した書簡を整理しようと机に向かっていました。その様子を見た長男が思いがけず私に声を掛けます。”お父さん、それ何?”、”ああ。これは3代前のご先祖が書き残した「お念仏の歌」だ。” 私は数え歌のように、一から十までカタカナで書かれたその書を長男に手渡します。長男は意味を捉えながらゆっくりと音読を始めました。”ひとつとや、一声称うる念仏が落とさぬ親のお姿と、ほんに今まで知らなんだ。ふたつとや” 良い声だ。また、良い歌だと長男の声にうっとりしながら思わず聞き入っていました。”みっつとや弥陀と衆生の相談は六字にまとめてあることをほんに今まで知らなんだ。よっつとや・・・” 流れるように読み進めます。ところが、”とおとや・・・”そこで止まりました。”どうした?” ”十とや・・・とのうる六字のそのままが、頼め救うの呼び声とほんに今まで知らなんだ・・・・分かった” ”何?” ”とおで分かった。念仏は自分の声じゃなかった。仏様の声なんだね。自分の喉から出てるけど、それは自分を通して仏様が声を出しておられるんだ。僕の問いに、即、返事してくださってるんだ。ありがとう、お父さん。南無阿弥陀仏・・・”」


 泣いている檀家さんがいる。大げさだな。でもわたしも我慢しないとあぶない。

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