第89話 初デート? その10
「もより。虹、見えなかった。ごめんね」
「代わりに火が見えたからいいですよ」
「でも、子供の頃、母親に連れられてここに来た時、ほんとに見えたんだよね。なんだったのかな、あれは」
「多分、何か奈月さんを護ってた存在が垣間見えた、ってことなんでしょうね」
「わたしを護ってた存在?」
「よくあるのが、おじいちゃんおばあちゃんとか」
「うーん、そうなのかな。確かに父方も母方も祖父母はわたしが小学校の時にはもう亡くなってたけど・・・じゃあ、今、わたしともよりが穴から火を見て火事に遭遇したのはどう説明つければいいのかな?」
「わたしのせいかもしれないですね。また何か良からぬものを引き寄せてしまったのかもしれないです」
「良からぬものって、悪霊とかってこと?」
「まあ、霊でなかったとしても、意地悪な念というか想いというか」
「でも、もしかしたらわたしのせいかもしれないよね?」
「奈月さんのですか?」
「そう。だって、わたし3回も手首切ってるんだから。いい目に遭えるわけないよね。わたし自身がドロドロした心を持ってるし」
「それは何とも言えないですけど、まあ、2人とも同じ穴のムジナかもしれないですね。同類相憐れむというか」
「ははっ」
「やっぱり奈月さんとわたしって、何か繋がってるような気がします」
「それは嬉しい」
このボヤ騒ぎの沈静に尽力したということで、店長がわざわざプレイランドまでやってきて奈月さんとわたしに90°のお辞儀を何度も繰り返し、こちらから頭を上げてくださいと言わなきゃいけないほどだった。
「是非、何かお礼をさせてください」
と、高額の商品券をくれようとしたのだけれども、いいです、と断った。
それでも気が済まないのか、金券が駄目ならせめて何かお好きな商品を差し上げたいとしつこく言って来た。奈月さんが思い付いたように聞いてみる。
「わたしたちが頂く商品をその店の売上に計上することってできるんですか?」
「え?そうですね、デパート本体の経費でもってテナントさんに商品代金を支払うことはやってできなくはないですね。でも、なぜそんなお気遣いを?」
「いえ、お気に入りのお店があるので」
今日、2度目の佐倉さんのお店への来店だ。しかもわたしたちが店長と一緒に来たので佐倉さんはびっくりしている。事情を店長から聞いて
「奈月ちゃん、もよりさん、ありがとうございました。じゃあ、うんといい物を持って行っていただかないとね」
でも、奈月さんとわたしが欲しいといったのは、それぞれブラウス一着ずつだけだった。奈月さんは白の袖に少しフリルが入った可愛らしいのを、わたしはさっき佐倉さんがコーディネートしてくれた時のブルーのストライプが入ったブラウスをいただくことにした。
「もよりさん、せっかくだからさっきのスーツ一式お持ちいただいてもいいのに」
佐倉さんは店長の方もちらっと見ながらそう言ってくださったのだけれども。
「いえ、スーツはわたしが住職としての仕事がまともにできるようになって、お布施を分相応にお下がりとしていただける範囲で買いたいと思います」
佐倉さんはにこっと笑う。
「やっぱりもよりさんて素敵。じゃあ、ご住職だけれどもスーツを着て仕事をする場面も考えておられるのね?」
「はい。黒衣でなく、スーツを着て一般の方々にも自然に法話なんかができる場を作りたいな、って、試着してからずっと考えてました」
「じゃあ、その時はもう一度わたしにコーディネートさせてくださいね」
「はい。その時はまた奈月さんと一緒に来ます」
そうわたしが言うと、奈月さんが嬉しそうににこにこしてた。
奈月さんが笑ってるとわたしも嬉しくて笑いたくなる。
やっぱり、縁があるんだろうな。
さてと。月曜までの間にちづちゃんへのフォローをどうするか考えておくことにしよう。
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