第88話 初デート? その9

 2人して観たのは炎だった。

 わたしは奈月さんが昔虹を観たというこの穴は何か異次元の光景を見ることができる空間の歪か何かなのかと、思わずSFっぽい展開に一瞬期待した。

 けれども、何だか五感にしっかりと、その炎から射すような熱量を感じる。穴に面しているわたしの頬にも明らかに奈月さんの体温とは違う熱さが炎から真っ直ぐ飛んでくる。

「ちょっと、これって」

 奈月さんが穴の開いたステージの壁から横にぴょっと飛び出したと思ったら大声を出した。

「火事火事!」

 わたしもステージを飛び降りる。ステージの横にあるクレープの屋台が燃えていた。売り子はいない。というか、使われずに放置されていたらしい。

 ぱっ、と見る限り、ガス式のクレープ焼き器から発火して屋台をくるんでいたウエスに燃え移ったようだ。激しく燃え盛る、という感じではないけれども炎は真上には結構な高さまで上がっている。

 ぼんやりと見上げると、ステージの壁とペットショップなんかがある棟の間に時代錯誤な万国旗が掛かっている。わたしも奈月さんもいたって冷静だ。

「どうする、もより。若者っていったらわたしらぐらいしかいないみたいだからさ」

「そうですね。まあ、建物に延焼したりは絶対しないと思いますけど、旗に燃え移ったらそれなりに火事っぽくなっちゃいますからね・・・ずらしますか」

「けど、屋台を直接押すのは無理でしょ」

 奈月さんのもっともな判断にわたしは向こうを指差す。

「あの、ごついベンチ、使えそうですね」

 足の鉄が錆びている横掛けのベンチ。持ち上げられないことはないだろうが相当重そうだ。

 2人で移動しベンチの背もたれの部分に手を掛けてかるく引き上げてみる。

「腕力では無理ですけど、腕をぶらんと下げて」

 わたしは奈月さんに要領を示す。

「こうやってそのまま膝を伸ばすんですよ」

 腕ではなく、脚力で持ち上げるイメージ。ただ、2人はリーチ差も身長差があるので、高い方のわたしがやや屈伸した状態でさらに腕も少し曲げて腕力も使い奈月さんに合わせる。そして、前を持つ方があまりにもベンチの端だと炎に近付いて危険なので、ベンチの真ん中あたりを持ち、後方担当は端を持つ。ただしこれだと端っこ同士を持つよりも力がいるが、やむを得ない。

「わたしが前持つよ」

 奈月さんがこんな風に言ったのでわたしは慌てる。

「奈月さん、わたしが前になりますよ」

 奈月さんはやたらクールに笑う。

「いーよいーよ、もより。一応わたしが年上なんだから恰好つけさせてよ」

 そういってさっさと前を持つ。

 じゃあ、とわたしもベンチを持ち、2人してとととっ、と屋台に向かう。

「じゃ、奈月さん、振り子の要領でぶつけますよ」

 腕をだらんとぶら下げてベンチを持ったまま、除夜の鐘を突くような感覚で屋台の横腹にぶち当てる。

”ぐわん!”

「もう1回」

”ガン!”

 わたしたちの後ろの方に、小学生男子がくっついて様子を見ているようだ。

「ねえ、そこのキミ。下に降りてって、デパートの人、誰でもいいから呼んできて。火事だ!って。いい?分かった?」

 うん、と頷いて彼は素直にダッシュして階下に向かう。

「う・・・と」

 中途半端な気合いでもってベンチをもう一度ぶつけると、キャスター付のクレープ屋の屋台はゴロゴロと数メートル動いて燃え移る物のない場所に移動した。

 しばらくしてから、消火器を持った警備員らしき人が走って来て、とても簡単そうに火を消し終えた。

「疲れたー」

 奈月さんがそう言うと、わたしも疲労感に気付き、はあっ、と大息をついた。

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