第58話 文芸館/4Live その3

 がちゃがちゃと通路の3方にあるドアから人が出て来る。

 隙間からちらっとスクリーンを見ると、ア・ホーマンスのエンドタイトルが流れてるようだ。

 ブリットは観たことがある。ア・ホーマンスはない。

 松田優作はわたしの年齢じゃリアルタイムではないけれども、かの有名な”探偵物語”のDVDをレンタルショップで借りて来て短期集中で観た時期があった。だから、ア・ホーマンスも楽しみだ。

「あー、落ち着くなー」

 指定席はないので列でいうと真ん中ら辺のやや左寄りに座る。意外なことにお客は20人ほどいる。平日のこの時間帯でこれだけ居れば、まあ、いいんじゃないだろうか。

 照明が落ち、予告編が始まる。

 実はわたし、この予告編が大好き。

 つまらない駄作でも予告編はおもしろい。予告編にも監督が居るのだとしたら、天才だと思う。

 予告編が終わり、スクリーンのカーテンが全開になる。

 ブリット。

 スティーブ・マックイーンがかっこいいのはもちろんだけれども、この抑えたストイックな演出が素晴らしい。今観ても圧倒されるシーンがある。

 ロサンゼルスの坂で凄まじいカーチェイスをするのだけれども、その間音楽がまったくない。リアル、としか言いようがない。

 ブリットが終わり、休憩に入る。

 わたし以外全員が一斉に胸の辺りに手を遣りながら通路へ出ていく。

 どうせみんなタバコを吸いに行くのだと分かっている。

 わたしは嫌煙家って訳ではないけれども好んで髪に匂いを染み込ませる気も無いので、一呼吸置く。

 紙コップココアのお代わりをしようかどうかぼんやり考えていると、つつ・・・と横に人の気配がした。

「もよちゃん、久しぶりだね」

「あ、詩織しおりさん。こんにちは」

「どしたの、今日は。こんな平日の昼間っから」

「いやー、お通夜がドタキャンで。学校を早退したのはいいんですけど時間ができちゃって」

「お通夜のドタキャンって、何それ。え、それより高校受かったんだ?」

「はい。お陰様で北星に」

 詩織さんは制服の胸あたりを見る。

「おー、受かったんだ。おめでとー。じゃ、私の後輩だね」

「え?詩織さんって北星だったの?」

「そーだよ」

 懐かし過ぎて会話が先行してしまった。ちづちゃん以外にわたしのことを”もよちゃん”と呼ぶもう1人が詩織さんだ。

 最後に会ったのは中3のお正月。”お兄ちゃんの事件”があった後、現実から追い立てられるように受験モードに突入する中、心のボトルに溜まった涙を放出したくって、お気に入りの”プリティ・イン・ピンク”と詩織さんに会いにここへ来た。

 詩織さんと最初に出会ったのは小5の夏。

 小4の時にEKを知った翌年、今やカンヌ映画祭国際映画部門受賞監督という肩書を持つ若き日の日枝田監督がEKのドキュメンタリーを撮ったのだ。

 タイトルは”ドアの向こう”

 1stアルバムの後、2ndアルバムを作るまで、あまりにも深く音楽の世界へと入り込んでいく様を宮二の日常生活とバンドの鬼気迫る練習・レコーディング風景を淡々と綴った混じり気なしのドキュメンタリーだ。

 とはいえ、シネコンで上映されることはほぼ絶望的で、わたしたちの県で観ることは叶わないだろうと思っていた。東京に生まれればよかったと腐りかけていた時、半年遅れではあるけれども文芸館で上映されることを知った。小5だったけれども、

「1人で行く!」

というわたしの想いは認められず、お兄ちゃんが、

「じゃ、俺と一緒ならいいだろ」

と、お母さんを説得してくれた。

 中学生じゃ保護者にならないかもしれないけれども、連れ立って文芸館を訪れた時、最初に声を掛けられたのはお兄ちゃんだった。

「あなた、EKのファンなの?」

「いえ、妹がファンで、僕は付き添いです」

 お兄ちゃんの言葉にその女性はびくっとしてわたしを見る。

「あなたが?」

「はい」

「あなた、名前は?」

「上代もよりです」

「もよちゃんか。ようこそ!」

 彼女の首に掛かったスタッフフォルダーには”Manager Shiori"と肩書とファーストネームのアルファベットがあった。この時、”支配人”っていう英単語を覚えた。

 それ以来の付き合いだ。


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