第59話 文芸館/4Live その4

 文芸館の運営は民間に委託されてるけれども、大元は市だ。

 このビルは市の商業融資資金を借り入れしていた建設会社の所有だったのだけれども、破産した。担保権を実行して債権回収を図る案もあったのだけれども、破産管財人とのやり取りの中で後順位の担保権者たちにいくばくかの判子代を支払って解除し、このビルを市が所有することとなった。税金を投入してのこのような案件が市議会を通ることは異例だろうけれども、市長にはよほど目算があったのだろう。電光石火で地場物の店と調理専門学校の入居を決め、最後に目玉として文芸館のオープンを決めた。

 当時25歳の若さで支配人に抜擢されたのが詩織さんだ。

 ”センスのいいミニシアターをまちなかに作りたい” という市長の意向を受けてのご指名だった。

 詩織さんはそれまで県内のイベントを紹介するフリーペーパーの編集長をしていた。詩織さんはとにかく映画と音楽に精通していた。映画・ライブハウス情報にとどまらず、隣県のそれらの店も分け隔てなくPRした。客がよそに流れると眉を顰める商工関係者もいたけれども、そのフリーペーパーは周辺県での発行部数が県内を上回るほどで、クーポンを手にした県外客が大勢やってくるという。

 ”ドアの向こう”の上映を企画したのも詩織さんだ。

「この興業、絶対黒字にしますから」

と運営会社を説き伏せた。

 結果・・・・上映期間の一週間でシネコン含めた県内の週間観客動員数で1位となった。

 この不思議な魔法のために彼女が仕組んだのはこういうことだった。

 EKはファンの絶対数は少ないだろうが、コアさは随一だ。

 EKのことばかり書いている数知れないブロガーのブログに彼女はコメント書きまくった。

”わたしたちの映画館で”ドアの向こう”上映します!文芸館支配人 詩織”

 着眼・発想が異次元だ。

「もう一度映画館で観たかった」

と、東京から訪れるファンも数知れずいた。もちろん、この県にもEKのファンがこんなに大勢いるってことが分かり、小5のわたしにとっては世界が一気に開けるような、夢のようなイベントだった。

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