第40話 少女の主張 脇坂千鶴 その2
店に入ると父のいるテーブルがぱっと目に入りました。執行役員、若い女性社員が居て、あとはお客さんと思われるスーツを着た男性が3人。その横に父がいました。
なんとなく会話が聞こえてきたので、そっと聞いていました。
「彼女はうちの品質管理室の社員。感想は?」
執行役員さんが取引先の人たちに向かって聡明そうな女性社員を自慢してるみたいです。彼はかなり酔っているようでした。みんな愛想笑いをしてうんうんと聞いている感じでした。
ふっと視線をずらすと、隣の方が父にビールを注ごうとしておられますが栓抜きがありません。
「彼女の下の名前、知りたいでしょう?」
執行役員さんは上機嫌で大きな声を出します。取引先の方々は
「個人情報ですよー?」
と苦笑しています。
その脇でビールを注ごうとしてくださっているお客さんのために父はテーブルの端にある栓抜きを取ろうとしました。
パン!
一瞬何が起こったのか分かりませんでした。
その瞬間をスローモーションで脳内再生してみます。
執行役員さんが、父の頭をはたいたんです。
「みんな彼女の名前を聞こうと固唾を飲んでる時に何してんだ!」
父は一瞬こわばった表情をしましたが、すぐに笑って
「すいません、すいません」
と謝りました。
「彼女の名前はクミさんです。分かった!?」
「はい、覚えました!」
父はやはり笑ってそう答えました。
取引先のお客さん方も困惑して申し訳なさそうに笑ってます。
”あ、・・・お父さん!”
わたしは泣きそうになるのを必死にこらえました。
その時、父は40歳です。
役員さんも酒の場での軽い気持ちだったんだろうと思います。
でも、仮にも社会人たるその役員が、40歳の家庭を持った大人の頭をはたいたんです。
それも、まるで父が空気を読めない奴だ、みたいな言い方で。
こんな人が役員になれる会社なんて、その内駄目になるって思いました。でも、そうなったら子会社も同じ運命を辿ります。
軽々しく人の頭をはたく役員さんと、はたかれてもそれを受け流す父。
父がかわいそうでなりませんでした。
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