第37話 わたしを見て その9

 抜き際に視界に入った佐古田くんは鬼の形相だ。

 何だか申し訳ない気持ちになったけれども、クン、と2mほど差を広げる。でも、彼はまだ楽にはしてくれない。一体どんなランなのか分からないけれども、わたしにぴったりくっついてくる。トラックを蹴るシューズの音でフォームが崩れてきているのが分かった。

”負けるか!”

という声がわたしの鼓膜を、空気の振動ではなく念でもって震わせる。そう、”執念”を感じる。わたしは心底恐ろしくなった。

 これまでEKのコンサートや市民プールで感じた亡者どもの念、お師匠や先代から聞いた因縁の話。そんなものとは比較にならない圧力がわたしに悪寒を走らせる。クラスメートなのに、彼に戦慄した。

 思わず、称える。

「南無、ご本尊」

 途端、すうっとわたしの身体の力が抜けた。足が止まる。佐古田くんが、え?という顔をしながら超高速で駆け抜けていった。

 わたしは残り20mをゆっくり歩いてゴールした。

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