第33話
気づくと、そこは暗闇だった。
「一体何をした、教えろ!」
俺は野神に詰め寄った。暗闇なのに、なぜか野神の姿は見えていた。
「大丈夫、大丈夫。別に悪いことはしてないから」
「なんで俺はこんな場所に連れてこられたんだ。いや、そもそもお前は何者なんだ」
「まあまあ、これも全部大事な話をするためだから。ちょっと人に聞かれたくないんだよね。どこで誰が聞いているかわからないし。ほらあれよ、『壁に耳あり、障子に目あり』ってやつ」
「何の話をするつもりだ。さっさと済ませてくれ」
「焦らないでよ、もう。まあいいわ。これを見てくれない?」
そう言って野神が俺に見せたのはいくつもの直線——それも、どこまでも平行に並ぶ線だった。
「これが何なんだよ」
思わず聞いてしまった。
しかし、野神は思わぬ答えを返してきた。
「世界よ」
「……は?」
唐突すぎてどういうことか分からなかった。
「だから世界よ。平行世界。いわゆるパラレルワールド」
野神は声のトーンを変えずにそう言った。
「パラ……レル……ワールド?」
何で、何で、野神がこんな話をするんだ。
俺の困惑を知ってか知らずか、野神はそのまま話を続けた。
「例えばこの線を私たちが今いるこの世界だとすると……この点からちょうど1年前にタイムスリップするにはどうしたらいいと思う?」
これもだ。パラレルワールドの話も、タイムスリップの話も。
全部ロマから聞いたものだ。野神はロマと何か関係があるのか?
こんな場所に人を連れてくるのは普通の人間には到底不可能なはず。ということは野神も実はロマと同じようにカミサマ的な何かなのだろうか。
「ねえ、聞いてる?」
ぼーっとしていた俺に野神が声をかけてきた。
「え、ああ。聞いてる」
「それで、1年前にタイムスリップするにはどうすればいいと思う?」
「そうだな……」
ロマが言っていた通りに答えるなら。
「この世界よりちょうど1年遅く何もかもが進んでいるパラレルワールドに行く、か?」
「おお、ご名答。何で分かったの?」
「えっと……前に人から聞いたような気がしてさ」
「ふーん、人からねぇ」
野神は疑わしく思うような目で見つめてきた。
というよりも、ずいっ、と俺に近づいてきた。
明らかに距離が近い。普通初対面の人間にここまでするだろうか。
あまりに近いため、一番離れてて20センチくらいかもしれない。一番近くて0センチかもしれない。
そのせいで野神の周りより発育のよい胸が押し当てられている。とてもやわらかくて、話に集中できない。
さらに、野神は上目遣いで俺を見つめてくる。
その距離の近さからか、心地よいシャンプーのような香りがする。
意識せざるを得ない。
いや、その感覚は女子に対しての意識よりむしろ神聖なものに対するもののようで——。
「ねえ、本当に誰かから聞いたの?」
俺の意識は唐突に引き戻された。
危なかった。このままだと大変なことになっていたかもしれない。
「ああ、本当だ。誓ってもいい」
「なら仕方ない、信じてあげよう。さて、話の続きだけど。さっきの答えは正解。というか、説明いる?」
「念のため聴こうかな」
俺はそう答えた。
——確信を得るために。
「分かった。じゃあこれは私の自論なんだけど……簡単にいうと、タイムスリップによって行くことのできる過去や未来は、いわゆる異世界である、ってことなんだけど分かる?」
「俺が聞いたのより分かりやすい」
これは決してお世辞ではない。
本当にロマより分かりやすい。
「そう、それなら良かった」
野神は安堵したかのように息を吐いた。
「じゃあ少しこっちから質問してもいい?」
「どうぞ。別に構わない」
なぜそんなことを言うのだろう、とら思ったが、別に断る理由もない。
「じゃあ遠慮なく聞くけど——」
「はたして君の時間は進んでるのかな?」
目の前が明るくなった。
気づけば元の場所へ戻ってきていた。
「ありゃ、時間切れか」
「おい、さっきの質問ってどういう——」
「しー」
問い詰めようとする俺を野神が制止した。
「
野神の口調は先ほどまでと一転、険しいものになっていた。
「お、おう……」
「それじゃ、今度はリオちゃん達にもよろしくね」
そう言って、野神はどこかへ去っていった。
野神は睦月や音野のことまで知っていたのか。
結局、俺は野神に問い詰めることができなかった。
『はたして君の時間は進んでるのかな?』
この質問は一体どういう意味だったのだろうか。
そして、野神とロマの間にはどんな関係があるのだろうか。
今日は1日を通して、謎が増えるばかりだった。
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