5ー3 元社員の決断

 ターゲットが消えてしまったリス男は、舌打ちしつつも楽しそうに笑う。


「あのアマ、会社解散させて、すぐに動かせるキャッシュは処理しちまったみてぇだが、この事務所にはまだ債権とか証券とか保管されてんだろ? そいつは取り立てさせてもらうぜ。ついでにこの辺の家具も全部差し押さえるか」


 リス男がどこかに電話をかけると、すぐに背広姿と作業服姿の男達――ただし、「人間」ではない月影町住人だ――がすぐにやって来た。背広姿の人達は、睨む僕達の目の前で事務所内の書類をどんどん段ボール箱に詰め込み、作業服姿の人達は「差押え品」の札を貼りながら家具類をどんどん外へ運び出していく。


 あっという間に事務所内はもぬけの殻にされてしまった。


「取り立て額にはまだまだ足りねえな。だが、思いのほか楽しい案件だ。あのアマ、予想以上に骨がありそうで、面白くなりそうだな」


 リス男はニヤリと笑い、そんな捨て台詞を吐きながら事務所を去っていった。


 がらんとした事務所に残された菜摘さんと黒蜜さんと僕は、しばらく顔を見合わせたまま何も言うことが出来なかった。でも、誰ともなしに言い出した言葉は「納得できない」だった。


「な~んでうちの会社が解散なのぉ? 絶対っ、ぜ~ったい、おかしいよぉ!」

「納得できませんね。商工会の決定も納得できませんが、勝手に会社を終わらせて、わたし達を助けた気になっている真桜子さんにも納得できません」

「銭亀さんはどういうつもりなんだろう? どうするつもりなんだろう?」


 瞬きの間だけ考え込んだ黒蜜さんは、思案するように目を細めながら口を開く。


「真桜子さんの能力は【無粋な訪問者ドリーム・キャッチャー】といって、他人の夢へ入り込む能力です。尨毛さん達には容易には捕らないでしょう」

「真桜子ちゃんには~、みんなの夢につながってる『道』みたいなのがぁ、見えてるんだって~。でぇ、その『道』を通って誰かの夢に入り込んだり~、夢の中に現実のものを持ち込んだり~とかができるらし~よぉ?」

「その『道』を辿ることで、現実のある場所から他人の夢の中を通って、現実のまた別の場所へ、ワープみたいに移動することもできるのだそうです。だから今回、帰り道に尨毛さんが差し向けた取立人から逃げることができたんでしょう」

「そうなんだ……」


 銭亀さんの能力は、やっぱり夢に関わるものだったんだ。そもそも僕が銭亀さんと出会ったのも夢の中だし、そういえば、夢の中で手渡されたメモを、現実で手に握っていたこともあった。


 夢の中にさえいれば、銭亀さんは安全ということだろうか。でも、ずっと夢の中にとどまっていることはできないと思うのだけど……?


「真桜子さんはしばらく夢の中に身を隠して、準備を整えてから反撃に出るつもりなのかもしれませんね」

「でも~、真桜子ちゃん、ホント~に大丈夫かなぁ? うちも瑠奈ちーも誠児っちもぉ、な~んにも真桜子ちゃんから指示受けてないんだよぉ? 今まではぁ、こ~いうことが起こりそーだから、瑠奈はどーして、芽衣はあーしてって、言っといてくれるじゃ~ん!」

「ふーむ……」


 無表情で考え込んだ黒蜜さんが、ゆっくりと口を開く。


「最近、真桜子さんが色々な会社の重役と会っていたのは、尨毛さんの不穏な動きをキャッチしていたからかもしれませんね。でも、尨毛さんは相当慎重に事を運んでいて、真桜子さんは具体的な計画を探り出すことまではできなかった。そして、今日、不意打ちのようにやられてしまったということなのかもしれません」

「じゃ~、真桜子ちゃんはホントにヤバイ系~?」


 いつもはふんにゃりと緩んだ表情の菜摘さんが、今は不安そうに顔を歪めている。黒蜜さんは安心させるように、僕達だけにわかるくらい少し表情を緩めながら言った。


「わたし達に出来る限りの調査をして、真桜子さんが帰還できるようにしましょう。特に尨毛さんの動向を把握しなければ」

「うん~!」


 力強く頷き合う菜摘さんと黒蜜さんに、僕も声を掛ける。


「僕も何かできるかな? 僕も会社のために働きたいよ」

「誠児さんはだめです」

「そ~だよ! 誠児っちには危険だよぉ! あのリス男の威力見たでしょ~?」

「え、でも……」


 確かに、僕はみんなみたいに不思議な力は持っていない。それでも今まで少しは役に立ってきたと思うし、雑用係くらいならできるはずだ。

 でも、僕が反論しようと口を開くより先に、黒蜜さんが言う。


「そもそも会社がなくなってしまって、お給料も支払えません。わたしと芽衣さんのこれからの行動は完全なるボランティアです」

「うちは事情はよく知らないけどぉ、誠児っちはお金が必要なんでしょ~?」

「でも……!」

「それに、誠児さんが怪我をすることで困る人がいるのでは?」


 黒蜜さんが冷静に告げた言葉に、僕はドキリとする。心の中に弟の顔が浮かんだ。言葉が詰まってしまった僕に、二人が言う。


「ここからは正社員であるわたし達が始末をつけるべき内容です」

「そーそー! 誠児っちは来ちゃダメだからね~!」


 言い含めるように僕にそう言った二人は、がらんとした事務所に僕を置いて駆け出していった。



 翌日、僕のうちに、とある封書が届いた。A4サイズの書類がすぽっり入る角二号サイズで、送付元は「にこにこ銭亀ファイナンス・銭亀真桜子」だった。

 僕は自分の部屋で机に座り、ペーパーナイフを取り出して封筒の上辺を切って開ける。中に入っていたのは何枚かの書類と手紙がだった。


「これは……!」


 何枚かの書類はすべて「借用書」だった。しかも、どうやったものなのか、学校で僕からお金を取り上げる同級生達の自筆サインが一枚一枚に入っている。借用書の内容は、僕が学校で彼らに渡したお金は、僕から彼らに「貸した金」であるとして、その金額や返済期限、利息までもが記載されていた。


 それに添えられた手紙は、銭亀さんの手書きのものだ。


「誠児くんへ


 今回はいきなり面倒に巻き込んでしまって、ごめんなさい。今日までのアルバイト代は誠児くんの口座に振り込んでおいたし、同封した借用書は、誠児くんがうちの会社でがんばって働いてくれたことへの、わたしからのささやかな感謝の気持ちです。


 誠児くんが同級生の人達から嫌な目にあわされていることは、調査して知っていました。わたしなりに何かできないだろうかと考えて、彼らの夢の中にお邪魔して、適当に脅したり、宥めすかしたりして、借用書にサインを書かせたんです。本当は取り立てるところまでわたしがやりたかったんだけど、その前に会社がダメになってしまって情けないかぎりです。ごめんね。


 わたしの大切な誠児くんのためだったら、毎晩だって奴らの夢の中に取り立てに行ったのに。


 今は潜伏中で派手なことができないのが苛立たしいです。そして恐らく、わたしは結構長い期間、身動きが取れない状態が続くでしょう。芽衣や瑠奈にも迷惑かけちゃって、申し訳ない気持ちでいっぱいです。


 でも、その借用書は誠児くんの役に立つはずです。うちの会社は、人間の街のとある企業さんと協力関係にあるんです。その企業さんは裏社会の某団体のフロント企業で、今までもうちがお世話になったり、お世話したりという良好関係でした。下にそのフロント企業さんの連絡先を書いておきます。そこに連絡して、わたしの名前を出して概要を説明すれば、その借用書を買い取ってくれるはずです。そのフロント企業さんはそれをネタに、彼ら自身や彼らの家族に対して面白いことをしてくれるでしょう。誠児くんは高みの見物をしていて大丈夫です。


 わたしにとって誠児くんは何者にも代えられない、かけがえのない存在なんです。大切だから色々してあげられたらって思っています。なのに、実際はあんまり優しくできてなくて、ごめんね。


 瑠奈に聞いたと思うけど、わたしはもうすぐ人間ではないものになります。それまでは誠児くんのことを傍で見守っていたかったんだけど、こんな急なお別れになってしまって残念です。


 誠児くんと少しの間でも一緒に働けて、すごく幸せでした。すごく楽しかったです。


 誠児くん、弟さんと仲良く、元気でね!


真桜子より」


 手紙の下にはある会社と代表者の名前、その連絡先が記載されている。


 僕は手紙を読みながら頭が沸騰しているような錯覚を覚えていた。手紙を掴む手がぶるぶると震え始める。


「なんだよ……! どうしてこんな……!」


 気持ちが高ぶっていた。その高ぶりの中にあるのは、恥ずかしさと怒りだ。僕は激情のままに借用書をぐしゃりと握り潰した。


(僕は……銭亀さんにお膳立てしてもらわないと、何もできない。銭亀さんにもそう思われていたんだ。守らないとダメになっちゃう存在だって思われてたんだ……!)


 それは僕にとってとても情けなく恥ずかしいことで、同時に心の芯の部分をへし折られたような気がして、それに対する怒りも感じていた。


「それに……僕の夢の中にさえ来てくれないんだ……。アイツらには夢で直接会って、借用書を書かせてるのに、僕には手紙を郵送なんだ……」


 ヒリヒリとした妬ましい気持ちも僕の心を覆っていた。


 僕はぐちゃぐちゃになった書類と手紙を封筒にぶち込み、机の引き出しの奥に突っ込んで乱暴にしめた。それから、髪を掻きむしりながら、高ぶった心のせいでとっ散らかりそうになる思考を強制的にまとめ始める。


「なんでもかんでも、銭亀さんの思い通りになんか、ならないんだからね!」


 幸い、夏休み期間中は学校の彼らと顔を合わせることはないから、僕への「集金」は発生しない。そうであるならば、夏休み期間中に無理して金を稼ぐこともない。


「僕だって……僕だって、銭亀さんのために何かできるはずなんだ……」


 僕はぶつぶつと呟きながら、どんな風に動けば彼女の役に立てるのか、僕なりの行動計画を組み立てていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る