4-4 親心の所在

 黒蜜さんと別れた僕は、鳥羽さんとオデットちゃんのアパート近くの喫茶店で張り込み、しばらくしてアパートから出てきた鳥羽さんを追いかけた。肩から生えた黒い翼の目立つ鳥羽さんは、月影町内の道を迷いなく歩き、慣れた足取りでパチンコ店の扉をくぐる。


 それを見届けた僕は、関係者用の入り口からそのパチンコ店に入り、店長の鰐口さんに頭を下げた。


「鰐口店長、お疲れ様です。ちょっと失礼していいでしょうか」

「ああ、銭亀さんとこのー。どうしましたー?」

「実はうちのお客さんがここに入ってくるのを見たので……。どんな感じか、しばらく見させてもらえると嬉しいんですけど」

「了解っす。ごゆっくりどうぞー」


 黒服姿にインカムを付けた、ワニが人型になったような姿の鰐口さんは、監視カメラの画像を映すディスプレイが並ぶ部屋を開けてくれた。僕は監視員さんに頭を下げながら、端のパイプ椅子に腰かけつつディスプレイの中に鳥羽さんの姿を探す。


 このパチンコ店「ラッキーストライク・月影町二号店」は、にこにこ銭亀ファイナンスとは多少の繋がりがある。うちの事務所は真面目な金融業もやっていて、こちらのお店で新台導入時に融資するなど、友好的な企業関係を結んでいるようだ。


 一方で、ここの常連さんのうち、いわゆる「パチンコ中毒」状態の人の中にはうちに借金をしている人もいて、時々取り立てのためにここを訪れることもあった。派手な騒動さえ起こさなければ、鰐口さんは僕達の行動は無視してくれる。


 僕はカバン持ちみたいな役割で、銭亀さんや黒蜜さんについて何度かここに来たことがあった。


「うーん……」


 監視カメラに映る鳥羽さんを見て僕は唸る。


 僕は別にパチンコに拒否感のある方ではない。適度な額を使うだけならストレス解消になる遊興なのだろうし、病気でお金がないといっても、息抜きの遊びくらいしていいと思う。


 でも、鳥羽さんの遊び方はいわゆる「中毒」の人達の様子に似ていた。見開いた目をギラギラさせながら台を見て、玉が無くなれば、ルーチンワークのように滑らかな動きで玉貸機に紙幣を放り込んでいく。


「どうっすかー?」


 仕事がひと段落したらしい鰐口店長が、お茶のペットボトルを持ってきてくれた。僕はありがたくそれを頂きつつ、ディスプレイの中の鳥羽さんを指差しながら尋ねる。


「あの方って常連さんですか?」

「ああ、鳥羽さん? そうですね。朝から並んでたりもしますよ」

「なるほど……」


 僕は暗い気持ちになった。オデットちゃんの無邪気な笑顔が浮かんできて、僕のせいじゃないのに申し訳ないような、なんとも言えない嫌な気持ちが湧いて来る。


 僕は逃げるように別画面に視線を移した。でも、そこに見知った顔を見つけてしまい、口に含んだお茶を吹き出しそうになる。


「あれは……クロイさん!」


 半身を黒の毛皮に覆われ、顔の両側に長い耳を垂らした半兎の美少年、時間をやりとりする能力を持つというクロイさんが、自動ドアから入って来たのだ。彼はキョロキョロと店内を見回すと、誰かに気付いたらしく、小走りになる。どうやら向かう先は鳥羽さんのところのようだった。


 どうしてクロイさんが……!


「あ、あの、鰐口店長……僕、ちょっとフロアに行ってもいいですか!」

「どうぞー。月影町は子供でも打てるんで、是非遊んでってくださーい」



 僕は念のためカバンの中に入れておいたキャップを被り、鳥羽さんの背面の席に座った。店内はパチンコ台とアナウンスの声でうるさいし、鳥羽さんは自分の台に夢中だし、クロイさんは鳥羽さんの姿しか見ていないようだしで、二人は僕には気付く様子はない。


「鳥羽さぁん! やっぱりここにいた~!」

「お、あ、クロイさん……」


 僕は台で打つ振りをしつつ、背中の会話に集中する。鳥羽さんの隣の席に座ったクロイさんは、店内の騒音に負けないようにか、大声でしゃべってくれるから助かった。


「鳥羽さぁん、あの時計くんのお代金、僕、まだ全額もらってないんだけどぉ?」

「い、いや、その……残りの分は今日渡そうと思ってたんでさ」


 僕は顔を向けすぎないように気を付けながら、ちらりと振り返る。鳥羽さんはズボンのポケットを漁りながら紙幣と小銭を出すが、全部合わせても一万円も無さそうな雰囲気だった。


「これじゃ~足りないんだけどぉ?」


 不満げな声のクロイさんは、きっと紅顔の美少年の顔で口を尖らせるか頬を膨らませるかしているだろう。


「いやいや、足りねえ分は今からここで増やして渡そうと思ってたんでさぁ。ちょっと! ちょっとだけ待ってくだせえ!」

「もう待てないよ~。僕、パチンコとか嫌いだし、信じられなぁい。あんまり遅いなら~、鳥羽さんに僕の工房で電池の充電をしてもらおっかなぁ?」

「いやいや、すぐ! すぐ払いますんで!」

「どうやってぇ?」


 その時、僕がちらりと見た鳥羽さんの顔は、ニタニタと下卑た笑みを浮かべていた。


「なあに、娘の羽を毟って売ればすぐでさぁ」


 僕はその言葉に吐き気を感じた。さすがのクロイさんも自分の体を抱くようにして震える。


「え~。僕、オデットちゃんが羽抜いてるの見たことあるけど~、痛そうだったなぁ。鳥羽さんはぁ、自分の子供が『痛い』って言っててもぉ、平気なの~?」

「へえ? 何言ってるんです。親のために子供が尽くすのは当たり前でござんしょう? あの子はオイラがいなかったら生まれてもいなかったんですよ。どんなに親に感謝してもしきれねえってなもんでしょう」

「ふ~ん? そぉいうものかな~? ま~鳥羽さんがいいならいっかぁ!」


 クロイさんは席を立ち、無邪気な子供らしい笑顔を浮かべながら手を振り、出口に向かう。


「じゃあ明日、僕お金取りにおうちに行くね~」



 パチンコ店から出て黒蜜さんと合流した僕は、あらましを報告した。


「だいたいわかりました。最悪ですね、あの糞ジジイは」


 黒蜜さんは人形のように美しい無表情の顔のまま、凍えるような声音でそう言った。


「わたしの方もある程度調べは終わりましたので、明日仕掛けましょう」


 黒蜜さんと僕は明日の手順を打合せし、今日の業務を終えて解散した。



 最寄り駅で降りて僕は自宅に向かって歩く。すれ違う人達は当然全員、普通の人間で、初夏の暑さに顔を顰めていた。


「あの……!」


 自宅マンションのエントランスに入る直前、僕は声を掛けられた。声のした方を見てみると、弟の龍児くんと同学年くらいだろうか、十歳前後の女の子が立っていた。


「あの……あなたは龍児くんって子のお兄さんですか?」

「僕? そうだけど……君は?」


 見たことのない子だった。ピンク色のシュシュでポニーテールを結っている姿やスポーティーな服装は元気少女の印象だが、それに反してその子の顔は、何か思いつめたような表情をしている。


「え、えっと……キミカ、です」

「キミカちゃん。何か龍児くんに用があるのかな?」


 訊いてみたけれど、キミカちゃんはなかなか口を開かない。苦悩するような顔で口を開きかけるものの、言葉が続いて出てこない様子だった。


 もしかして、龍児くんがまた何か問題を起こしたのだろうか? それが言い出しにくいのかな?


 僕が不安になった時、ようやくキミカちゃんは口を開いた。


「龍児くんって子は、悪いことしてないはずです!」

「え? 悪いことって……」


 なんのこと?


 僕がそう尋ねる前に、キミカちゃんは「じゃあ、伝えたので!」と言って、走って行ってしまった。僕は戸惑いながらその後姿を見送るしかなかった。

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