3-5 友達の条件
「芽衣。わたしは瑠奈の考えに全面的に賛成するよ」
「真桜子ちゃんまでっ! なんでぇ!」
菜摘さんと黒蜜さんと僕は月影町の「にこにこ銭亀ファイナンス」の事務所に帰ってきた。黒蜜さんが事の顛末を銭亀さんに報告し、それを黙って聞き終えた銭亀さんが静かに告げた言葉に、菜摘さんはくしゃくしゃの泣き顔をさらに歪めて叫んだ。
「あのみんなはうちの友達なんだよ~! なのに、友達からひどい利息とるなんてぇ、真桜子ちゃん、ひどいよぉ!」
「友達だからって、貸したお金を返してもらわないでいいの?」
「だ、だって、うちは、うちは……」
口ごもる菜摘さんに、銭亀さんは表情を少し険しくする。
「ねえ、芽衣。わたしは芽衣にお金をたかる奴らは、芽衣の友達なんかじゃないって思うよ」
「そんなことないもん! みんなうちの友達だもん! 真桜子ちゃんの分からず屋! 真桜子ちゃんも瑠奈ちーも冷たすぎるよ~!」
そう叫ぶと、菜摘さんはクマのぬいぐるみ型ポシェットを引っ掴み、カラフルなシュシュとブレスレットで飾られた腕で涙を拭いながら事務所の扉を出て行ってしまった。
「芽衣さん……!」
追いかけようとした黒蜜さんの肩を、銭亀さんが掴んで止める。
「たぶん、今は芽衣の耳には何も入らないよ」
「でも……!」
いつも表情を変えない黒蜜さんだけれど、今はその目が真っ赤にギラギラと燃えているように見えた。その瞳を、銭亀さんの落ち着いた赤色の瞳が見つめる。
「わたしも瑠奈も、いつだって、どんな時だって芽衣の味方でいよう。その気持ちを忘れなければ、きっと芽衣は戻ってくるよ」
「真桜子さん……」
黒蜜さんの赤い瞳が不安げに揺れる。
その時、唐突にゴッツンコと銭亀さんが黒蜜さんの額に自分の額を軽く密着させた。黒蜜さんは微かに驚いたような顔をした後に、フッと息を吐き出し、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
「そうですね……きっと、そうですよね」
銭亀さんは笑って頷き、黒蜜さんのヘッドドレスの脇の短いプラチナブロンドの髪を撫でながら体を離した。
「というわけで、いつ芽衣が戻ってきてもいいように、あいつらへの貸付関連書類を用意しておこう。誠児くん、準備よろしく!」
「う、うん……」
「ん? どうしたの?」
「いや、なんか……みんなすごく友情があるんだなって思って」
僕は女子三人のやりとりにちょっと圧倒されていた。
「そうかそうか。誠児くんも混ぜてほしいんだね! 可愛いなあ!」
「ちょ、な、や、やめてよお!」
銭亀さんがチョークスリーパーを掛けるみたいに僕に組み付き、頭を撫で撫でしてくる。僕の顔の周囲全般が柔らかい感触に包まれてしまい、僕は何が何だかわからず、気が遠くなりそうだった。
「わたし達が本当の友達だって思って芽衣が帰ってきたら、暖かく迎えよう。そしたら、あいつらにはキッチリ取り立てしないとね!」
真っ赤な唇を歪め、牙みたいな八重歯を覗かせながら、銭亀さんは悪魔のように美しく無邪気に笑った。
でも、後日、菜摘さんが戻って来たのは、僕達が予想していたのとは少し違う理由だったんだ。
※
その日、僕は一人で「にこにこ銭亀ファイナンス」の店番をしていた。黒蜜さんは借金取り立て業務で、銭亀さんは商工会の御贔屓筋への営業活動で外出。僕は事務所に残って黙々と帳簿の整理をしていた。
ひと段落着いたところで、僕は肩を叩きながらトイレに行き、部屋に戻ってくると、水色と黒のツートンヘアーにカラフルでファンシーな服を着た女の子の後ろ姿があった。銭亀さんの社長机のそばで何かをしている。
「菜摘さん! 戻ってきてくれたんだ! お帰り!」
僕が嬉しくなって大きな声で言うと、菜摘さんの肩がビクリと震えた。それから、恐る恐るといった風に僕を振り返る。その顔は別人みたいにやつれて見えた。しかも、左腕の上腕から先がない。
同時に、何かがガチャガチャ、ドコドコと鳴る騒音が聞こえてきた。
「菜摘さん……?」
「だ、だって、だってぇ! 友達がお金ないと一緒にいてくれないって言うからぁ!」
そう言うと、菜摘さんは左手に握っていた折り畳み式ノコギリを放り出し、社長机の引き出しから小型金庫を取り上げ、机上に置いた。この金庫は当日の売り上げを保管するためのもの。鍵は銭亀さんが管理していて、アルバイトの僕はもちろん、黒蜜さんや菜摘さんもよほどのことがない限り鍵を手にする機会はない。
「菜摘さん! 何を……!」
小型金庫の周りには、菜摘さんが上腕から切り離したとおぼしき腕が増殖し、まとわりついていた。金庫をこじ開けようと蠢く夥しい数の右腕。可愛らしいネイルが剥がれ、血が噴き出すのも構わずに暴れる右腕の攻勢に、頑丈なはずの金庫が歪み始めていた。
「真桜子ちゃんには内緒にしてて」
「そ、そんな……! 無理だよ! こんなことやめてよ、菜摘さん!」
ついに金庫はバキンと嫌な音をあげながら、上蓋を持ち上げられた。
菜摘さんは左手で中にあった何十枚かのお札をポケットに押し込み、右腕の一つを掴みあげると、外に向かって駆け出した。
「待って、菜摘さん!」
僕も菜摘さんを追って事務所を出て、階段を駆け下りる。でも、ケガをしているはずの菜摘さんに全然追いつけない。もう少しで一階というところで、下から昇ってくる人影があった。
「真桜子ちゃん!」
「銭亀さん!」
それはブレザーにスカートという、いつもの制服姿の銭亀さんだった。
「芽衣?」
びっくりした様子の銭亀さんだったけれど、菜摘さんのポケットから溢れるお札と、切り取られた腕を見てすべてを察したらしい。腕を広げて通せんぼをし、それでやっと菜摘さんが止まってくれた。
「芽衣。それをやったら、いくら芽衣でも許せないよ。それを持っていくなら、芽衣は、わたしと瑠奈とは友達はいる気でないってことだと理解するけど、いいの?」
怖い顔で言った銭亀さんだけれど、すぐにふわりと表情を緩めて微笑む。
「芽衣はそんなことしないよね。あんな奴ら、本当の友達なんかじゃないもん。ほら、そんな怖い顔しないで、事務所戻ろ?」
にこやかに言った銭亀さんの言葉に、菜摘さんはやつれた顔を蒼白にさせる。僕は、暗い階段室で菜摘さんが歯をガタガタ言わせながら震えるのを見た。
「と、友達……だもん……」
そう言った菜摘さんは銭亀さんを突き飛ばしてビルから走り出ていった。
「嘘でしょ、芽衣! ねえ! わたしとは友達じゃないって言いたいの? ねえ!」
銭亀さんは必死に菜摘さんの後ろ姿に叫んだけれど、何も応えは返ってこない。銭亀さんは気が抜けたように、ペタンと床に崩れ落ちてしまった。
「銭亀さん! とにかく菜摘さんを追いかけよう!」
僕は銭亀さんの横を走り抜けながら言ったが、銭亀さんが立ち上がる気配はなかった。
「どうしたの、銭亀さん?」
「だ、だって……。芽衣、もうわたしと友達でいる気がないってことでしょ……?」
床に座り込んだ銭亀さんの赤い瞳が、不安げにゆらゆらと揺れている。この前は不安そうな黒蜜さんをしっかり励ましていたのに、その時の様子はすっかり消えて、迷子になった子供みたいにおどおどした顔をしていた。
「芽衣が……わたしと友達じゃないと思ってる……」
「そんなわけないでしょ! 菜摘さんは事務所のみんなが大好きだよ! 今の菜摘さんは、ちょっと普通じゃない」
「誠児くん……」
「僕、菜摘さんを追いかけるから。後で連絡する!」
銭亀さんの様子は気になるけれど、今は菜摘さんをどうにかしないといけない気がした。銭亀さんを元気づけるためにも、きっと今は菜摘さんを「にこにこ銭亀ファイナンス」のみんなの元に連れ帰るのが必要なんだ。
僕は視界の果てに消えそうな菜摘さんを追って、月影町の街中へと飛び出していった。
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