第2話
「ハァッ!」
短く気迫のある声と共に、神風カナタは剣を袈裟懸けに振るった。
眼前の敵の体力が0となり、地に倒れ伏す。
カナタは「ソードマン」である。
その名の通り、剣を武器とする戦士だ。
だが、この呼称はあくまでユーザー間で呼ばれる名であり、システム上の呼称ではない。
AGTにはMMORPGでよくある「クラス」や「職業」と呼ばれるものは存在しない。
キャラクターの性能を決めるものは、装備品を除けば「ステータス」と「スキル」のみだ。
「ステータス」はキャラクター本体の身体能力を決定するもので、物理攻撃力、魔法防御力、敏捷などがある。
「スキル」はある動作を行ったり、特殊な効果を発動したりするものでAGT内には多種多様な「スキル」が存在する。先ほど、カナタが剣を振るったのも「スラッシュ」というスキルの一種によるものだ。
AGTでは、あらかじめ与えられたポイントをこの「ステータス」と「スキル」に割り振り、装備品を選ぶことで、キャラクターを構築する。全キャラクターでこのポイントの総量は統一されており、総量が増減することはない。その為、新しく始めたプレイヤーと昔からプレイしているプレイヤーとでキャラクター自体の性能で差がつくことはない。純粋にキャラクターメイクとアクションの上手さで競い合えるというコンセプトで設計されたゲームなのだ。
そして、「職業」や「クラス」によるスキルや装備品を選択する際の縛りが存在しない為、「自由なキャラメイクが可能」というのがAGTの謳い文句の一つだ。
そして出来上がったキャラクターにはある程度の傾向・特徴が存在するものだ。例えば、ステータスが耐久に寄っていたり、スキルや武器が遠距離攻撃に向いていたり等。
そうしたキャラメイクの特徴、或いはプレイスタイルから、ユーザー間で名称が付けられることがある。
「ソードマン」、「ローグ」、「マジシャン」、「ヒーラー」、「スナイパー」など名称は無数に存在する。同じキャラクターに対して、複数の名称が使用されることもある。
要は、なんでもいいのだ。
これらの名前はキャラクターの特徴を簡潔に伝える目的でつけられることが多い。
その為、周りに特徴が伝われさえすれば良いのである。
「よし。こっちはローグ潰したぞ。そっちはどうだ?」
カナタは同じ部隊の仲間にチャット(インターネットを介して行う文字によるコミュニケーションのこと)を飛ばした。
すぐに返信が来る。
『スナイパーに狙われて、なんとか撒いたところだ。そっちに合流していいか?』
「おう」
部隊というのは、オンラインゲームにありがちなコミュニティシステムのことだ。ギルド、と言えばピンと来る人も多いのではないだろうか。
システム的には、部隊に加入していると部隊専用チャットが使えたり、部隊メンバーがログインしているか否かを確認したりできる。
プレイヤー側としてはこうしたコミュニティが存在することで、ゲーム内で親しい者と共に行動したり、或いは新しい交友関係を築いたりしやすくなる。
運営側としては、交流の場を作りゲーム内の他のプレイヤーへの親近感を持たせることができ、結果的にゲーム自体に対する愛着をプレイヤーに持たせることができるという利点がある。
しかし長所だけでなく短所も存在する。
例えば、人間関係の問題。人間同士の距離が近くなることでかえって生じてしまう軋轢というものは、存在する。場合によっては部隊システムが存在するが為に深刻なトラブルとなってしまうケースもあるだろう。
他には、部隊というシステムが生み出す内輪感がもたらす問題なども考えられる。ある程度メンバーが固定されたコミュニティというものは時に閉鎖的、排他的になってしまうことがある。新しくゲームを始めた人が、そうした内輪感によってどこの部隊にも馴染めず、或いは萎縮して入ることすらできず、ゲーム自体に対して忌避感を持ってしまうという問題だ。
ただ、多くのプレイヤーはトラブルを生じさせることなく部隊システムを活用しているし、また部隊の雰囲気も開放的で新規プレイヤーに親切で有ることが多い為、この部隊システムは大勢を見れば概ね良い結果をもたらしていると言って良いだろう。
カナタが所属する部隊「メテオライト・ハンター」もまた大多数の例に漏れず、良好な雰囲気を保っている。
メテオライト・ハンターは規模としてはかなり大きい方で、ある程度AGTのプレイ歴が長いプレイヤーなら少なくとも名前は知っているという程度の知名度もある。
ただ、部隊員が多い分、結束感・まとまりといったものはそこまで強くない。部隊の中でも仲の良い数人のグループが複数存在し、そのグループ単位で共に行動することが多いというのが現状だ。
こうなったのは、主に部隊長の方針によるものだ。AGTの部隊に限らず、こうしたオンラインゲームのコミュニティはリーダーの性格・考えによってその部隊の雰囲気や性質等が決定づけられることが多い。
メテオライト・ハンターの部隊長は、自分の部隊が閉鎖的なものになってしまうことを嫌った。開放的であるように努め、常に新規プレイヤーを取り入れることに腐心した。新規プレイヤーが萎縮せずに入りやすい部隊にしようと考えたのだろう。彼は部隊長として一つの理想形であると言えよう。
だが、部隊員がどんどん部隊に定着していく中で、ひたすら新規プレイヤーを入隊させていったらどうなるか。もたされる結果は実に明瞭で、部隊の人員は加速度的に膨れ上がっていくことになる。
人数が増えれば増える程、その集団の結束を深めることは難しくなる。
至極自然な流れとして、部隊全体での結束が弱まり、幾つかのグループに分かれてしまうという結果がもたらされた。
先程カナタがチャットを飛ばした相手も、カナタと共によく行動するグループの一人だ。
名を「琥珀ゲンキ」と言う。
ニ年前からの知り合いで、カナタが当時初心者だったゲンキを手助けしたことがきっかけで仲良くなり、今では時間が合えば共に戦場に赴く良き戦友となった。
カナタとゲンキはパーティを組んでいて、協力して行動していたのだが、前線から離脱せざるを得ない状況に置かれ、撤退する際に離れてしまったのだ。
パーティとは、戦場で連携を取るために組む少人数のグループのことだ。パーティを組んでいると、パーティメンバーが戦場のどこにいるかマップに表示されたり、専用のパーティチャットが使えたりする。
「おっす。待たせたな」
カナタがその場で待機していると、程なくして甲冑に身を包んだプレイヤーがチャットでカナタに話しかけながらやってきた。
ゲンキである。
彼はカナタと同じく片手剣を武器とするが、軽装のカナタと違い、甲冑に加え大きな盾を持つ重装備である。
彼のキャラメイクの特徴を表した呼称は「シールダー」、「ナイト」といったところである。
「もうちょっと待っててくれ。グロウももうすぐ合流する」
「おーけー」
カナタは待機している間、もう一人のパーティメンバーにチャットを送り、合流を呼びかけていた。
戦闘になった際、キャラクターの性能による相性などによっても変わってくるが、基本的には人数が多いほうが有利になる。
不意の遭遇戦になることも考えられる為、出来るだけ複数人で纏まって行動するのがセオリーだ。
「:-)」
パーティチャットに、横から見るタイプの顔文字が投下された。英語圏でよく使われる顔文字である。
それと同時に、ぬっと大きめの影がカナタとゲンキの前に現れた。
プレイヤーキャラで設定できる最大身長の体躯に、恐竜の着ぐるみを身に纏ったプレイヤー。
手には巨大な石斧を持っている。
その頭上に表示されているキャラクター名は「Grow.T」。
先ほどカナタから「グロウ」と呼ばれていたプレイヤーだ。
グロウはAGTの中ではそれなりの有名人である。彼の生み出した特異なキャラメイク構成の幾つかはAGTの攻略サイトにも載っている。特に”弾なしアーチャー”などは根強い人気があり、模倣するプレイヤーも多い。
また、コミニュケーションは基本的に先程の様な顔文字のみで行うという特徴がある。
以上の様な特色から、他のプレイヤーからは畏敬の念を懐かれており、不気味だと近づかないプレイヤーも中にはいる。
その一方で、その特異性を面白いと感じ、進んで近づくプレイヤーもいる。カナタがそのいい例である。
カナタはグロウと知り合って以降積極的にグロウを戦場に誘い、もはやゲンキと共に固定メンバーと呼べる程、一緒に戦場を駆け抜けてきた。
「よっしゃ、いつものメンバーが揃ったな」
頼もしい仲間を視界に収め、ちょっとした高揚感を感じながらカナタはMAPに目を向ける。
自身を示す緑色のアイコンと仲間を示す青色のアイコンの先に、赤色のアイコンが複数表示されている。
「じゃあ、行こうか。少し進んだ所に敵が待ち構えているみたいだ」
「おう!」
「:-D」
盾役であるゲンキを先頭に、乱立する木々の間をカナタ達は前へと進み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます