1章

第1話

◇◇◇


「かーっ、劣勢だなぁ」


キーボードから手を離して後頭部を掻きながら、外村進吾そとむら しんごは呟いた。


彼が向かう机にはデスクトップ型PCが置かれている。

横長の大きなモニターの中央に映しだされているのは、剣を握った男の後ろ姿の3D映像。そしてその剣士の周囲には、美麗なCGで描かれた太い木々の乱立する森林が広がっている。


進吾が今やっているのはPCでプレイできるオンラインゲームだ。

名を「エンシェントグロウスシアター」という。略称はAGT。

ジャンルとしては「3DアクションMMORPG」といったところだろうか。

オンラインゲームとしてはありふれたジャンルであり、そう珍しいものではない。特徴として、モンスターとの戦いよりも対人戦に重きを置いたシステムが挙げられるが、それ自体も唯一無二の特別なシステムというわけでもない。

探せば他にも類似したものがいくつも見つかるようなシステムを組み合わせただけの、ありきたりなゲーム。

それでも、進吾にとってAGTをプレイすることは余暇における最大の楽しみであり、AGTの中の世界はある意味で彼の生きる現実であった。


無論、現実の世界とゲーム内の世界を混同しているという意味ではない。

ただ、それだけ心の中の比重を大きく占めているということだ。

「心の故郷」とも言える場所。

それが進吾にとってはAGTの世界であったというだけのこと。


「まぁ、やれるだけやってみるか。当たって砕けろってね」


気を取り直して、といった風に進吾は再びキーボードとマウスに手を置き、ヘッドホンから聞こえる音とモニターに映る映像に意識を集中させる。


彼は意識を切り替える。

現実世界の自分ではなく、AGT世界の中の自分へ。


すなわち、『外村進吾』ではなく『神風かみかぜカナタ』へと。


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