第3話

◇◇◇


「敵の構成は見たところ、弓1、魔1、剣2といったところか」


飛来する矢をスキル「ガード」で弾きながら、ゲンキはパーティチャットで呟いた。

「弓」などの呼び名は「アーチャー」、「スナイパー」などの言い換えだ。

戦闘中などの忙しい時はチャットを打つ暇があまりない。その為、簡略化して漢字で表すことがある。

特徴が一見して分かりやすい為か、漢字表記の呼び名を常用するプレイヤーもいる。


「そうっぽいな。お手本のようなパーティ構成だな」


ゲンキの盾の影に隠れながら、カナタはゲンキの見立てに同意した。

AGTは「自由なキャラメイクが可能」というのが売りであると先述したが、完全に自由という訳ではない。スキルは装備品による縛りを受けてしまう。

ゲンキが今つかった「ガード」というスキルは盾を装備していなければ使えないし、矢を放つスキルを使う為には弓を装備している必要がある。

その為、装備品を見ればある程度スキル構成を推測できるのだ。

そして装備品・スキル構成が凡そ分かれば、ステータス傾向も読める。例えば、大剣を持ったキャラクターならば、物理攻撃力が高いと予測される。

そうした予測を重ね、ある程度対策を考えながら戦うのが常道だ。


「さて、このままの状態で居るわけにはいかないな……」


カナタは呟き、戦況を見定める。

カナタとグロウはゲンキの背後に位置し、ゲンキの盾によって相手のアーチャーの攻撃を防いでいるところだ。

その幾ばくか離れた位置で、敵プレイヤー達は陣取っている。

アーチャーがカナタ達の迎撃に専念し、その前方でソードマン二人が構えている。カナタ達にとって一番厄介なのは、その真ん中で詠唱を始めている様子のマジシャンだろう。

魔法系のスキルの中には、詠唱の時間が掛かる分絶大な効果を発揮するものがある。

対して、ゲンキが使用しているスキル「ガード」は物理系には強い耐性を持つが、魔法攻撃にはそこまで強くない。

つまり、魔法攻撃によって壊滅する危険性があり、悠長に構えている暇はないのだ。


しかし魔法詠唱を妨害するにしても、そう簡単にできない事情がある。

「ガード」は盾による防御を可能とするが、移動不可能となるスキルだ。

その為魔法攻撃を妨害するには、ゲンキが「ガード」を切って進むか、他の二人が前にでるしかない。

しかしどちらの手段を取るにせよアーチャーの攻撃に晒される可能性があり、更にマジシャンを攻撃しようとするならば二人のソードマンによる妨害は避けられないだろう。


カナタは先程「お手本のような」と敵パーティを形容したが、まさにその通りであり、こうした構成はよく見られる。そしてそれだけ多用されるに相応しい堅実な構成でもある。

「手本」というのは一つの完成形であり、そうそう隙のあるものではないのだ。


だが、そんな窮地に思われる状況で、カナタは平然とチャットに書き込んだ。


「グロウ、いつもの“アレ”頼めるか」

「OK」


グロウは返答を返すや否や、あるスキルを繰り出した。

それと同時に、範囲チャット(一定範囲内の敵味方に伝わるチャット)で発言した。


「Hellooooo!!!!」


攻撃を繰り出す時、グロウは毎度このように叫ぶのだ。

「フォールストライク」。

前方に高く飛び上がり、落下と共に武器を叩きつけるスキルである。

概してこの手のゲームにおけるプレイヤーは、上空に対する警戒が疎かになりがちだ。

「フォールストライク」は一度空中に跳び上がるというその特殊性、またスキルに設定された威力の高さから、奇襲にはぴったりのスキルである。


(頼むぞ……)


カナタは祈るように戦況を見守る。

石斧を振り上げ跳ぶグロウ。

その巨体による攻撃の前動作は、落下地点に存在する敵プレイヤー全てが粉砕する様を幻視させた。


しかし、「フォールストライク」には威力の高さと引き換えに、一つ大きな弱点があった。

それは、全体的な動作の緩慢さである。

どの程度動きが遅いかと言えば、グロウが空中にいる間にアーチャーが狙いを付けるのに充分な程には遅く。

そして、奇襲というものは意識の外から攻撃をしかけるものであり、相手が注目している最中では成功などしない。


「ガァッ」


予め設定されている被弾時の音声がグロウから発せられる。

スキル「ストレートショット」。

少し長めの技後硬直時間と引き換えに、狙った直線上に高威力の矢を放つスキル。

グロウは空中で、しかも既にスキルを発動している最中だ。回避のしようなどない。

獲物を討ち取るチャンスを逃す程、敵のアーチャーも愚かではなかったということだろう。


だが、その優秀さが今回は仇となる。


(よし、かかった――!)


カナタは味方が迎撃されたにもかかわらず、内心ほくそ笑んでいた。

敵のアーチャーがグロウに向けて矢を放った瞬間、カナタは疾走を開始していた。

スキル「ファストステップ」。

軽やかな身のこなしで、敵の元へと向かう。


カナタは、この状況を元から狙っていたのだ。

あえて遅く狙われやすいスキルをグロウに出させることで、相手のアーチャーの攻撃を誘い隙を作る。

そして自分が敵の懐に潜り込み、マジシャンの魔法を妨害するという目論見だ。


けれど、この作戦はグロウを犠牲にすることが前提だ。

グロウは大勢を鑑みて、自身の身を犠牲にすることを良しとしたのだろうか? 

そうではない。

グロウとて、生き残る算段はあった。

その根拠とは、グロウのキャラメイクにあった。


グロウの今のステータスは耐久特化なのだ。

巨躯に石斧という外見から、高い攻撃力を想起するプレイヤーは多い。その印象を逆手に取ったのが今回のキャラ設計である。

スキルは「フォールストライク」の他、囮としてのキャラ運用に向いたスキルをいくつか修得しているだけで、キャラメイク時のポイントの殆どは耐久を高めるステータスに振られている。

その為、防御力など皆無に見える恐竜の着ぐるみを装備していても、大抵の攻撃は耐え切れるのである。


そしてキャラメイクといえば、カナタは敏捷寄りのキャラメイクをしている。

ゲンキと違い盾も鎧も着ない軽装備で戦場に赴くのは敏捷値を下げないため。

敏捷は攻撃の速さには影響せず移動速度が変化するのみだが、それでも敏捷が役に立つ機会はAGTの戦場に於いて多々あるものだ。

現在の状況も、またその一つ。

カナタは敵アーチャーの硬直時間が解ける前に、敵の目前へと辿り着く――!


(だが、まだマジシャンの前にはソードマン二人が前に控えている。こいつらに少しでも苦戦したら、その間に魔法が発動して俺たちの全滅は確定。そんな状況を突破する為に、俺が使うのが――こいつだ!)


カナタはソードマン達の間合いに入る直前でスキルを発動する。

「ブラックミスト」。

手を突き出し、前方中範囲に黒い霧を発生させるスキル。霧に包まれたキャラクターは視界が非常に悪くなり、マウスカーソルを当てた箇所に居るキャラクターのみ視認できる状態になるというものだ。

だが、それは霧の外に居るキャラクターが霧の中を見る際も同様であり、霧の中に居る敵を攻撃するのにも苦労するという諸刃の剣なのだ。

どの装備でも使える「共通スキル」というカテゴリにあるため修得しやすくはあるのだが、それでも使い勝手の悪さから積極的に使いたがるプレイヤーは少ないというのが現状だ。


ピピッ、と小さくシステム音声が鳴った。

それと同時に画面が薄く赤くなる。

敵から標的にされた合図だ。


AGTの特色として、前述したキャラメイクの自由性の他に、このターゲットシステムが挙げられる。

ターゲットシステムとは、敵に狙われた際にそのことを示す為のもの。

厳密には、敵が自分にマウスカーソルで照準を合わせ、敵が選択しているスキルの範囲内に自キャラクターが入っている状態になると発動し、音と画面エフェクトによって自身が狙われていることを知るというシステムだ。


ターゲットシステムが発動したということは敵のソードマン、或いはアーチャーが濃い霧の中からカナタの位置を探り当てて狙いを付けたということ。


(なかなかどうして、敵さんも手練のようだな。だが――)


カナタは詰めの一手を打つ。

「フォールストライク」。

グロウが発動したスキルと全く同じスキル。


高く跳躍したカナタの画面から、赤いエフェクトが消えてなくなる。

敵がカナタを見失った証だ。


(よし、一度狙いを逸らしてしまえばこっちのもんだ!)

カナタの狙いはこうだ。

まず、「フォールストライク」で跳び上がることで相手がカーソルを向けている場所から逃れる。そして山なりの軌道を描いて一気にマジシャンの元にたどり着く。

グロウが同じスキルを発動した際には、相手側の視界が開けていた為容易に狙われたが今回は違う。「ブラックミスト」によって充満した霧で敵の視界は閉ざされている。

概してこの手のゲームにおけるプレイヤーは、上空に対する警戒が疎かになりがちだ。

敵はカナタが現在跳んでいるとは考えないだろう。いや、考慮に入れるかもしれないが頭上にカーソルを当てて探すよりは地上を探す方が現実的だ。


(よし、よし……いける……!)


思惑通り、カナタは敵に補足されることなくソードマン二人の上を越えてマジシャンが居た辺りに着地した。

「フォールストライク」がマジシャンに命中することはなかったが、あくまでこのスキルは接近するために利用するもの。

マジシャンの近くに到達出来たのならば、後は魔法が発動する前にマジシャンを補足して攻撃すればいい。

魔法系スキルの詠唱中は移動不可能であるので、どこかに移動したということはないはずだ。

漂う霧の中、広範囲を掬う様に視点とカーソルを動かす。

恐らく、敵の詠唱が終了し魔法が発動するまで僅かしか残されていない。

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