第8話
……結局、プリントの持ち主は見つからなかった。
進吾は悔しい思いをしつつも、仕方なく帰途についた。
エアコンを寒いくらいに効かせた自身の部屋で、溜息をつく。
改めて「模擬店説明会」と書かれた紙の裏を眺めてみる。
そこには、AGTのスキル名が羅列してあった。
伊達に毎日プレイしている訳ではない。
カタカナの羅列を見た瞬間、ひと目でそれがAGTのものだと進吾は分かった。
おそらく、構想したキャラメイクをメモとして書いたものなのだろう。丁度キャラクター1人が出来上がるように、ステータスやスキルに割り振るポイントなども記述されていた。
「でもなぁ。これなぁ……」
なんとなくそのまま持って帰ってきてしまった紙を眺めながら、苦虫を噛み潰した様な表情をする進吾。
そのキャラメイクは、それなりのプレイ歴がある進吾から見て、あまりに稚拙と言うしかないものだった。
スキル構成は恐らくアーチャーのものだが、ポイントを攻撃に極振りしていて、体力や防御力にポイントを割いていない。
キル数が戦場の勝利条件に関わることが多いAGTに於いて、体力や防御力に少しもポイントを振らないと言うのはデッド数、すなわち敵のキル数を増やすことになり味方の足を引っ張ることになりやすい。
このステータスでは、攻撃を一発でも受けたらほぼ死に直結すると考えていい。
初心者が考えたキャラメイクだろうと、進吾は断定する。
「学校にAGT始めたばかりの人がいるんなら声かけてみたかったけど、見つからないんじゃあしょうがないよな……」
浅くため息をついたところで、進吾は紙の端に小さく書かれた見慣れないアルファベットの単語を見つける。
「フレイ……クゲル……?」
書かれていたのは「Freikugel」という文字。
読み方すらよく分からない単語だ。
この単語がどういう意味で、何故ここに書かれているのか少し気になったが、時計を見て普段の勉強開始予定時間を大幅に過ぎていることに気づく。
「やべ、プリントの持ち主探してた分時間が過ぎちゃったか」
急いでプリントを机の引き出しにしまい、勉強道具を鞄から取り出し始めた進吾の頭の中では、既にプリントのことは意識の外に追い出されていた。
◇◇◇
時は流れ、夏休みが過ぎ、時期は9月初旬へと移り変わる。
もはや進吾の中で、件のプリントのことは忘却の彼方へと消え去った頃であった。
この日、進吾は既に学校の授業や家での勉強等やることを終え、AGTにログインして神風カナタとして戦場を駆け回っていた。
三十分程の戦闘を終え一息つきつつ、次はどの戦場に入ろうかゲンキ達と相談していた時のことであった。
画面端のチャットログに目線を向けた進吾は、ログ上を途轍もない勢いで流れていく赤文字を目にする。
「なんだ? 今日はやけにいつにもまして全チャの流れが激しいな……」
全チャ、というのはゲーム内全体のプレイヤーに向けて発言が行われる「全体チャット」のことだ。
「シャウト」等と呼ばれることもあり、ゲームによっては全体チャットで発言を流す為に課金が必要だったりする。
AGTでは特にリアルマネー等のコストは必要なく、気軽に全体チャットで発言することができる。
初心者でも他のプレイヤーとの交流を図りやすいようにとの運営の意向らしいが、誰でもノーコストでゲーム内に発信出来る分、特定のプレイヤーへのヘイト発言や過剰な宣伝行為などが行われていた。
有り体に言って、全体チャットの治安は良くない。
そんな全体チャットでの発言を示す赤文字の流速がいつも以上に激しいことに訝しんだ進吾は、ゲンキ達にチャットで問いかけた。
『今日の全チャ、どうしたんだ? 誰かに対するヘイトで溢れてるっぽいが』
『:-(』
『チート騒ぎらしいぜ』
返信が返ってくる。前者はグロウ、後者はゲンキの発言だ。
「チート……? 珍しいな」
チートというのは、不正なツールなどを悪用して仕様やルールの範疇を越えたことをやってしまう禁止行為である。
進吾はチャットで更に詳しく尋ねてみる。
『なんでも、ターゲットシステムを発動させない攻撃をするプレイヤーが現れたらしいぜ。俺がログインする前の出来事だから、俺も又聞きなんだけどな』
そう、ゲンキは答えた。
どんな攻撃をする場合でもターゲットシステムは発動し、攻撃を受けるプレイヤーは事前、或いは直前に攻撃が来ることを知ることが出来る。
それを無視して攻撃出来るというのは間違い無くチート行為だろう、と進吾は考える。
『そのプレイヤーの名前は?』
進吾はキーボードを叩き、そう打ち込んだ。
チートを使うプレイヤーに興味を持ったのではない。
単にそのプレイヤーを見つけた時に関わらない様にする為に、名前を知ることが必要だっただけだ。
『今のデイリーランキング1位のとこ見てみな。そいつだ』
ゲンキからの返答を見て、進吾はランキングのウィンドウを開く。
AGTには個人の強さを競うランキングがある。
「キル数/デッド数」で算出される、いわば「一回死ぬまでにどれだけ倒したか」を計る度合いで順位付けされる。
ランキングにはデイリー、週間、月間の3種類あり、それぞれの期間内での順位付けが行われる。
デイリーランキングの一番上に表示されている文字列を見て、進吾は驚愕する。
「“Freikugel”……だって……?」
――どこかで見覚えのある名前。
記憶を辿ればそれは、学校で見つけた例のプリントに小さく書かれていた文字だった。
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