第28話 勝利と敬意
耳を劈く破裂音が止まない中、俺は魔法を展開していく。あのガンマと打ち合って無事なカレイドに俺は勝ったのか。正直、運が良かったと言わざるを得ないな…。
「もー。頑丈すぎー」
さっきから聞こえている破裂音は、ガンマの拳…だけではなく、体の様々な場所に拳が入った時に鳴っている。しかし、全くダメージが見受けられない。むしろ、カレイドが手を冷ますように振っているのだから、考えられない体の強度だ。
「どーするー? うちはもう無理矢理抜けて逃げたい気分」
「そうしたいが、後ろでステラが抑えてるガンモが簡単に逃がすとは思えない」
「ま、誰か残して他が逃げるしか方法は無いだろーね…ってなると、名無し先輩嫌がるでしょ? んで、自分が残るから逃げろ…とか言っちゃう主人公系男子」
「なんだ、その偏見は。俺だってこんな奴等二人を止めれる自信無いっての」
「ステラが抑えてくれてるけど、ガンモまで混ざったらもう勝ち目ないよね」
もう既に一分間はサンドバックになっているガンマ。体勢が崩れている状態では全力の拳は飛んでこない。カレイドはあえて拳で受け止めている変態だが、消耗が激しい戦いをしていることには気づいている。
「しょうがないかー。あれ使おうかな」
「あれ?」
「名無し先輩の時は、余りにも攻撃が早かったもので使うことすら出来なかったんだよー」
「その言い方、なんか俺が悪いみたいな…」
「今はそれが欲しいのー」
「で、何すればいい?」
ガンマは足の拘束を解くために茨を引きちぎっている。再生が徐々に追いつかなくなっているのが見て取れる。早い所、作戦を…。
「あのでっかい人の前で十秒間ほど無防備になるんで、名無し先輩。守って下さいね?」
そんな体勢と目つきで可愛く言っても、お前は男だ。
「マジか…」
「マジだよー」
そう言いながら、ガンマの目の前に歩みだした。もう時間が無いのは分かっているが、もう少し慎重になってほしいものだ。俺を完璧に信頼しているのは有り難いんだが…いや、もう何を言ってもやるしかないか。
「拳をぎゅーっと…」
ガンマの射程範囲で完璧に無防備になるカレイド。予想通り、ガンマの拳が飛んでくる。
「ストーム!」
ガンマの肘関節に魔力を大幅に練り込んだ石を叩き込む。肘が曲がったことで軌道がずれて、空振りをする拳。空振りした拳が地に付く前に吸着の魔陣を配置。茨は既に使っている。同じ魔法は同時に展開することは出来ない。
拳が見事に魔陣に突き刺さり、魔法が発動。原理は簡単。強力な瞬間接着剤のようなものだ。
「って、どうしたらそんなこと出来るんだって…!」
くっついたにはくっついたのだが、まさか地面ごと抉り取って持ち上げるとは思わなかった。今度は瓦礫付き拳と反対の拳でラッシュをかけてくる。これで二秒か、三秒か。
「まだかっ!」
カレイドの反応がない。集中している。とはいえ、このラッシュはどう対処するべきか。とりあえず、新しい魔石を填めなおす。
拳を逸らすのはラッシュが来れば不可能に近い。一度目を逸らした所で、反対の拳を強引にでもねじ込んでくるだろう。体の体勢は膝をついている分、崩しにくい。相手に両手を使わせ、ラッシュを止める方法…。
「ブレイク!」
俺は手をガンマの真上へ。魔力を操作へ集中させ、四角に切り取るようにして爆発を起こし、上から天井を落とした。予想通り、上に両手を向ける。流石のガンマでもこの分厚い天井は受け止めざるを得ないはずだ。
───受け止め…た!?
確かにガンマは受け止めた。受け止めたまでは良かった。だが、予想とは簡単に裏切られるのがこの世界。俺にはその後の行動が予想出来なかった。
「それ、投げれるもんじゃないから!」
落ちてきた天井をそのままカレイドに投げた。受け止めてから投げるまでが早過ぎる。途中でバインドを張り、止めようと試みるがそれごと突き抜けてくる。
「間に合わない!」
「うっし、いくぞー」
「流石にそれはお前でも無理だ。俺がどうにか───」
「だいじょーぶ。おっりゃぁあ!」
俺が全力で止めようとしてた石の塊を当て身だけで砕いた。拳は脇で握りこんだまま。
「う、うっそだー…」
「覚悟してね、でっかい人ー」
ガンマが拳を自分に振り下ろした瞬間を狙ったかのように、カレイドは拳を刀の如く抜き放ち、ガンマの拳に打ち付けた。
「───トールハンマー」
その瞬間、ガンマの腕がはじけ飛び、他の場所まで裂けていく。
「な、なんだ、我が肉体がぁ!?」
「カレイドちゃんをなめないでねー」
「え、何このグロい技…」
腕が吹き飛んだのは分かるが、そこから他の場所まで侵食するように裂けては膨れ上がり、そこから破裂していく。何かの漫画で見たような光景。
「おい、何かやばいツボでも押したのか?」
「ツボ? あー、なんかそういう流派もあるらしいねー。けど、違うよー?」
「現在進行形で膨れ上がって死を迎えつつあるあいつの状況は如何に?」
「えーっと…乙女の力?」
「凶悪な乙女力だな、おい」
「冗談だよー。最初からずっと殴ってた部分にマーキングをしていたのー。全力の攻撃をした時に、それをリンクさせればー」
リンク…聞いたことがある。戦闘系の者達が使うとヴィースに聞いたことがある。マーキングという微弱な魔法陣を相手に貼り付け、任意で発動出来る。魔法の心得がある者は解除する者もいるだろうが、ガンマは純戦闘系。
「体中に全力の拳が叩き込まれる…」
なかなかえげつない技だ。九十九回弱いパンチをされたとしても、一回の全力で百回全力で殴られたことになる。時間がかかったのは殴った回数が多かった分、リンクに時間がかかったのだろう。
「いや、それにしてもあれは無くないか?」
必死に体が膨れ上がっていくのを止めようと手で抑えているが、その手が膨れ上がり破裂。叫ぶことも出来ないほどに必死に体の変化に必死に対応しようとしている。見た限り、これはもう死ぬな。
「マーキングした所には、魔力を込めたパンチをリンクさせればそれもコピーされるのー。一回分の魔力しかいらないけどねー?」
「あの感じだと腐食…いや、雷系の魔法を叩き込んだのか。腕が吹き飛んだと同時に一瞬だけ防御魔法が解けたのが見えたが、すぐに元に戻ったのが命取りになったな」
「あれは馬鹿だったねー。正直、あれはうちも予測出来なかったよ」
防御魔法を突き抜けて、魔法が体を駆けまわりそのまま外へと放出されるはずだった。しかし、防御魔法が放出前に体を覆ってしまったせいで、逃げ道を失い体を駆け巡る。内側から焼かれていくガンマの姿は哀れながらも、その目だけはカレイドに向けられている。
もはや、声も出ないのだろう。しかし、カレイドに畏敬の念を覚えているのが分かる。自らを殺した相手を認めている。暴れることをやめ、ただカレイドを見つめていた。
「強かったよー、でっかい人…ガンマだったっけ。次の世界があるんだったら、次もまたやろうね。次は一対一で」
頷いたガンマは今度はこちらへ視線を向ける。カレイドに向ける視線と同じ目線。俺は援護していただけだ。それでも俺に畏敬の念を覚えてくれるのか。根っからの戦闘狂、どんな罪を抱えている者か分からないが、この死んでいく瞬間だけはこいつを認めてやらなければならない。
「ガンマ。お前は強かった。俺は次はやりたくないと、そう心から思う」
最後の瞬間、顔が破裂していく一瞬前。
───その顔には笑顔が浮かんだ気がした。
「さ、次はあのおじいちゃんとやりましょーか。名無し先輩行きましょ?」
「切り替え早いな、お前」
「感傷に浸っている間があるなら、ステラちゃん助けないとでしょ?」
「まぁ、そうなんだがな」
ガンマだった残骸を見つめ、それを跨いでステラの方へと視線を向けた。致命傷こそ与えられていないが、消耗しているステラの姿。
「大丈夫か? ステラ」
「いけるのである」
「休んでてもいいよ?」
「あの者に付いていけるのは、私だけなのである」
確かにその通りだ。援護しようにも、高速の戦闘すぎてタイミングが掴めないほどなのだから。
「ガンマが死んだ…ひっひっひっ! あの者が死によったぁ死によったぁ!」
急に笑い出したガンモ。仲間が死んだ後の表情とは思えない。
「おめでとう、ガンマ! ええのぉ、ええのぉ! 最高じゃろうのぉ!」
「狂ったか、あいつ」
「狂ったものか! あ奴は幸せじゃったろうなぁ…ええのぉええのぉ!」
心底羨ましがっている顔。理解は出来ない。だが、最後に見たあの笑顔と何か関係があるのだろう。殺されたがっていたというより、何か別の感情。
「ひっひっひっひっ! 次はこのガンモかのぉ…早い所、かかってくるがよい! 早く! 今すぐにぃ!」
「後ろからちょっと失礼しますね」
ガンモの首に爪がかかる。ガンモは驚いた表情とは裏腹にその爪を避けた。今の一撃が如何にやばかったかっていうのは、ガンモの額に浮かぶ汗を見れば分かる。必死だったのだ。
「ヴィース! ナツ!」
「女に囲まれて幸せそうじゃの。名無し」
「もう、ナツさんは素直じゃないんですから」
こうして、俺達は数十日ぶりの再会を果たした。
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