第29話 苦渋の決断

「で、その後ろにいるアーバードと女はなんでいるんだ?」


 やっと合流出来たことに安心を覚えるが、何故アーバードが一緒なのか。この事件の首謀者だというのに…。


「ヴィースが…の」

「その意味深な言い方やめて下さい。名無し様に勘違いされるじゃないですか。ナツさんも大活躍でしたし」

「儂は援護しか出来んかったからの」


 言い方からすると、ヴィースとナツに喧嘩を売ったのか。どれだけ腕が立つとしても、それは普通の相手に対しての話だ。ヴィースは別枠といっていい。これほどの特殊な技を使う者は、この世界には指を数える程しかいない。


 そんな会話を手で制し、間に入ってくる知らない女性。金髪のカールが目につく。切れ長の目に薄い唇。鼻も高く、海外のお嬢様といった風貌をしてはいるが、腰には剣を携えている。赤いドレスがロングでは無く、ショートなのは動きやすくするためなのか。


「そんなこと言っている場合なのかしら?」


 その女性の目線の先に佇むのは、薄ら笑いを浮かべながらガンマの肉塊を漁るガンモ。中から出てきたのは、細長い虫。それを見つけると当たり前かのような顔で、口に流し込んだ。


「気持ち悪いですわね…」

「紹介しますね。この方、アーバード候に雇われていたガンブリード様です」

「雇われていた?」

「それは…今は説明出来るほどの時間が無いようですね」

「だから、言ったでしょう? そんなことを言っている場合なのかしら、と」


 目的を終えたのか、こちらを向き直すガンモ。その笑みからは心の中を読むことは出来ない。しかし、まだ何かをする気なのは見ただけで理解出来る。


 攻撃を仕掛けて来る様子は無い。自分の置かれている状況を理解しているらしい。こちらの戦力はカレイドとステラに加え、ヴィースとナツにガンブリードという女も協力体勢をとっている。雇い主のアーバードも見ているだけとはいえ、裏切りそうな様子は無い。一種の鬱のような状態。


「で、お前はどうする? 戦うか?」


 俺が問いかけると、先ほどまでの笑みが消えた。首を振ると後ろを向いて歩き出した。何をする訳でもなく、ただそれだけ。だが、何か裏がありそうな…。


「ステラ?」

「お、おかしいのである」


 冷や汗を浮かべて、全身を掻き毟るステラ。


「全身が痒いのである…!」

「う、腕を見なさい! 何かいますわ!」


 その変化に最初に気づいたのは、ガンブリード。ステラの方を見ると、身体の皮膚下を蠢く何かがいる。ステラはその得体の知れない何かの侵入を防ごうと手で抑えるが、進行は止まらない。


「あぐ…あがぁあ!」

「ステラちゃん!?」


 急に胸の辺りを抑え、倒れこむステラ。地に伏す前にカレイドが受け止め、暴れるステラを宥めた。身体を爪で引っ掻かれてもその手を離さない。それでも、全く収まる様子の無い苦痛の表情。


「お前、何をした!?」

 

 歩き出していたガンモがこちらに向き直した。


 その顔は───笑っていた。


 戦闘の時も見せなかったほど優しい笑み。まるで、いいことをしてやったかのような表情。こんな酷い光景を前に、これほどの穏やかな笑みを浮かべれるものだろうか。こいつは狂っている。分かっていたが、舐めていた。


「その者、何もしなければ死ぬぞい? 助けたければ、早く治療の方法を探すのをお勧めするがの…ひっひっひっひ!」

「ふざけるな!」


 俺は斬りかかろうとするが、ガンブリードに止められた。


「お前、寝返るのか!?」

「違いますわ。今の言葉は恐らく本当。だから、あれほどの余裕を見せれるのですわ。治療方法があるということもちらつかせてますし。別に知り合いじゃないとはいえ、このステラという子…わたくしも見捨てたくはありませんの」

「だが!」


 そんなことを言っている間にも、ゆっくりと歩みを進めるガンモ。あの様子から見るに、ガンブリードが言っていることの真実味が増していく。


「そ、某には…まだここに…やり残したことが…!」


 苦しみながら、何か喋ろうとしている。俺はガンモを追いかけることを選ぶか、ステラの言葉を聞き、脱出を選ぶかを天秤にかける。しかし、心で思っていることとは別に身体はステラの方に向かっていた。


「なんだ。何をしたかったんだ」

「バス…の女性…元夫…」

「バスの女性? その女性の元夫をどうすればいい?」


 バスにも想い人がいたのか。事情的には複雑そうだが…。


「バスってあの居酒屋のバスか?」

「そうだと思うが…何故、お前が話に割り込んでくる」


 後ろで鬱になりかけていたアーバードがいきなり話に割り込んでくる。少しは立ち直ったのか、開き直ったのか。それとも、ここで恩を売りたいのか。


「その男なら…死んだ」

「えっ?」

「自殺だ。女の方に男がいると分かったから…」

「そうで…あるか」


 それを聞いたと同時に意識を失ったステラ。


 何故、バスの事情を知っていて、それを助けようとしているのか。それは分からないが、ステラの中で重要だったのだろう。考えられないほどの苦痛の中でも、バスとの約束を忘れまいとする姿勢は尊敬を覚えた。


 俺はガンモが歩いていった方向を確認するが、もうガンモはいない。いつか、また相まみえる。そんな気がする。


「カレイド。わたくしはここに残ってアーバードに闘技場を開放するかどうか監視しますわ。貴方は?」

「ガ、ガンブリード殿!?」

「黙りなさい。わたくしにも挟持がありますわ。わたくしの立場では、ヴィース様に殺されてもおかしくなかったですわ。しかし、殺さなかった。お金より深い恩がありますの。お金より、命ですわ」


 このガンブリードという女、根っから悪い人間だという訳ではなく、雇われていただけだということか。とはいえ、この闘技場を見てみぬ振りは出来る。この世界で生きていくには、仕方ないことなのだろうか。


「んー、うちも付いていきたいけど…とりあえず、ここにいようかなぁ」

「とりあえず、早く連れていくことですわ。後で合流出来るなら、協力は惜しみませんの」

「うちもー。行き先分かったら、伝えてー。この石渡しとくね」

「石?」


 見たことが無い宝石のような石を渡される。


「これはギルドクリスタルですわ。まだ名も付けられていませんので、ギルドとしては成立していませんが、ギルドクリスタル同士で連絡を取ること自体は出来ますわ」

「携帯電話みたいなものか…」

「携帯電話って何じゃ? 名無し」

「あ、ああ。何でもない。これに似たような奴だ」

「決まったなら、早く行きましょう。ステラ様…時間はあまり無さそうです」

「今日会ったのも何かの縁じゃ。早く行くかの」


 ナツもヴィースもお節介な奴だ。守人ガードナーに追われていながらも、自分の命よりも他人の命を優先する。だが、ここで見捨てる選択肢を出来ない奴だからこそ、一緒にいれるのかもしれない。


 俺はギルドクリスタルという物を受け取り、ステラを抱えた。ヴィースとナツはいつでも出れるという様子。


「カレイド…後、ガンブリードだったか。任せていいか」

「任せろー」

「任せられましたわ」


 別にここを潰そうとは思っていなかった。だが、中にいた者達と拳を合わせると帰りたがっている者も多くいた。その現状を見て、何もせずに見捨てるとなると胸糞が悪い。


「ありがとう」

「わたくしもここは嫌いでしたの。お金に目がくらんで、何も致しませんでしたが」

「うちも嫌いだから、ぶっ潰すよー」


 その言葉を聞いて、安心した。


「じゃあ、よろしく頼む!」


 その言葉と共に俺は走りだす。ヴィースとナツも後方に付いてきた。ステラの息遣いは意識を失っているにも関わらず、荒い。今になるとガンモを捕まえて治療法を聞き出すのも良かったかもしれない。だが、実力も定かではない相手にどれほどの時間を要するのか。戦って逃げられたら、それこそ本末転倒…いや、今は後悔している暇などない。


 俺達はとりあえず、外へ向かう。アーバードが降伏を示した時点で敵はもういない。敵がいない中、十分ほど登っていくと光が漏れ出てくる。


「外だ!」

「安心するでない。守人ガードナーがだいぶ近づいているはずじゃ。それこそ、すぐそこにいるかもしれぬ。とりあえず、湖の方へ逃げ込むのじゃ」


 出た場所は洞窟。こんな場所に捕まっていたのか。


「すぐ横の岩の隙間を出れば、すぐに外です。左に行くと湖があります。そこで一度、状況を確認しましょう」

「そうじゃな」


 洞窟の外に出ると、広がるのは森。身を隠す場所は幾らでもありそうだ。森生活は慣れている。だが、それに関しては守人ガードナーも同条件。逃げながら、治療方法も探す…。


「これは、難儀だな」

「でも、やるんじゃろう?」

「名無し様は、やりますね」

「なんだ、その決めつけは?」


 足を止めずに言われた方向に足を進める。なるべく足跡を残さないように。些細な抵抗かもしれないが、数秒でも時間を稼げればそれでいい。とりあえず、湖まで。そこで考える時間をなるべく稼ぐ。今、俺に出来ることはこれぐらいだ。


「ステラ…頑張れよ」


 俺はステラの体をしっかりと支え、全力で森を駆け抜けた。

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