第27話 強行突破

「まさか、入って間もなくこんなことになるとはの」

「本当ですよ」


 儂達が地下に潜入して十分もしない内に、ガンブリードという男とアーバード、更には異様な見た目の二人組に出会ってしまった。異様な二人組はそのまま下に向かったのは幸いかもしれないの。正直、こうして手を合わせておると、ヴィースに頼らざるを得ない状況に陥っておる。


「まだまだ私はいけるがね。ガンブリード殿も余裕ですな?」

「そうですわね。簡単ですわね。余裕ですわね…。ですけど…」

「ガ、ガンブリード殿?」

「殿って言うのはやめなさい! わたくしは女性ですわ!」


 うむ。そこには儂も疑問を抱いておった。見た目は完璧に女性。金髪の髪をロールして、場には似合わないショートドレスを身にまとい、肉体だけで戦うためか、スパッツを履いているのじゃが…それなら普通の服を着れば良かろうとも思う。だが、女性ならそれが理解出来るというもの。


「いや、男性…」

「黙らっしゃい! カレイドも脱出してると聞いてやる気満々でしたのに、何ですかこの下衆い女性達は…あの男女おとこおんなに一泡吹かせてやるつもりなのですのに!」

「それ言ったら、ガンブリード殿…では無く、ガンブリード嬢も男女おとこおんなでは…」

「黙らっしゃい! わたくしは女性! 恋愛対象は男性ですわ? だけど、カレイドは見た目だけの女装子…妻子までいるなんて許せないですわ」

「あの…」

「何よ!」


 …あの者、男だったのか。考えられないの。むしろ、その驚きの中で声を発したヴィースを尊敬する。


「早く下に行きたいのです。カレイドという人が目的なら、そちらに一緒に行きませんか?」

「わたくしはよろしくてよ」

「駄目に決まっておる! 普段高い金を払って雇っておるのだから、その分は働いてもらわないと困る。ガンブリード嬢、会いたいなら早く終わらせれば良いだけのこと」

「…分かってますわ」


 どっちなんじゃ…。強力な二人であることは確実なんじゃが、いまいち緊張感に欠ける。とはいっても、相手側に隙がある訳ではない。こんな会話をしていても、全く隙が見えない。


 こんな相手に儂が敵うのか?


 そんな疑問が頭に過る。ヴィースならば、一人で二人を相手に出来るじゃろう。しかし、儂が足手まといになる可能性が否めない。まだ二人での戦闘経験が少ないのが問題じゃ。儂の力をサポートに回すにも、名無しとの戦闘に慣れすぎていて、他の戦闘を知らぬ。


「ナツさん。魔法を打つ時は好きなように打ってください。そして、迷ったら私自身に打ってきてください」

「ヴィースに?」

「忘れましたか? この前の二人での戦い…」


 ───そうじゃ!


「あれのことじゃな」

「そうです。ナツさんの魔法を幾分かは強化出来ます。何度打ってもらっても結構です」

「何をこそこそと言ってらっしゃいますの? さっさと来なさい!」


 ガンブリードは早々と終わらし、下に向かいたい。儂達も同意見。となれば、もう迷い必要も話し合う必要もない。


「霧隠れ…」


 その言葉を合図に相手が構えを取る。アーバードは詠唱を始め、こちらへ方向を向けている。そして、ヴィースの姿が見えなくなったと同時に儂の方に突進を繰り出すガンブリード。


 ヴィースへの対策よりも先にこっちを沈めようという訳じゃな。


「渦の下より沸き立つ噴流よ。全てを飲み込み、押し潰せ!」


 ガンブリードが詠唱が終わったと同時に目の前に現れるが、その足元に現れた渦に引きずり込まれる。地が渦潮のように溶け出し、その回転は徐々に増していく。その渦の先には、水圧で人が豆粒になる世界が待っている。


 しかし、アーバードの詠唱が途中でかわり、儂の足元へ標的が変わる。


「世界において見えざる者。その真意を───くっ」


 ヴィースがアーバードの背後に現れ、その首に爪を向けたが避けられた。喉さえ潰せばアーバードは使い物にならなるからの。とはいえ、今は確実に頸動脈を狙っていた。普段からは考えられぬほどの残虐性を感じる。


 アーバードがヴィースに向き直った頃にはそこにはいない。一人対二人に持ち込めたなら、後は勝ち戦。


「まだ私も終わってはいませんのよ」

「なっ───!」

「泳ぐのも疲れますわね」


 油断のおかげで一人を潰せたと確信を覚えていたというのに、あの渦を泳いでくるじゃと? どんな体をしとるんじゃ。


 渦の中から飛び出したと同時に、体を回転させながら斬りかかってくるガンブリード。


 ───回避が間に合わない!


 思わず目を瞑ってしまう。しかし、瞑ったと同時に鳴り響く金属音。


「…本当に厄介ですわね。化け物なんかより厄介ですわ。龍なんかよりも厄介ですわ」

「それはお褒めに預かり光栄です」


 目を開けるとそこには、ガンブリードの剣を長くなった爪で受け止めているヴィース。考えられぬほどの強度を誇るその爪。


 ───目を向けたと同時に交戦が始まる。


 ガンブリードの流れるような剣捌き。少しでも隙があればそこへ滑るように飛んでくる斬撃。それに対するヴィースは荒々しいながらも優雅で、独学とは思えない動きで相手を翻弄している。


「苦痛を忘れし者に───」


 後方から聞こえる詠唱。この激しい戦闘の中、明らかにガンブリードがアーバードに合わせた動きになってきている。ヴィースを外に弾き出すように横への斬りを繰り出している。上に避けてもそこへ斜めからの斬撃。ヴィースもそれを察して張り付こうとしているが、ガンブリードの腕はそれほどじゃと…。


 ここで何か出来ぬなら、儂は本当に足手まといじゃ。


「在るべき痛みを!」

「偉大なる水神を忘れし者に、恐怖の記憶を!」


 アーバードが重力の固まりを打ち出したのに対し、儂は球状に水圧を固めた魔法を放つ。相殺するほどの威力は無い。それは分かっているが、少しでも。


 そう思っていると、ヴィースの目線がこちらへ向く。何かを訴えるかのような目つき。考えている暇はない。この行動は勘でしかない。儂に出来る最大の貢献。


 魔法の軌道をヴィースの方向へと曲げる。ガンブリードが儂の魔法に反応して下がる。


 ───いや、それが狙い。


「吸引…」


 ガンブリードが離れたことによって、ヴィースの体勢が整った。儂の魔法だけでなく、アーバードの魔法も同時にヴィースの口に吸い込まれた。アーバードの魔力は儂よりも遥かに強い。それに儂の魔法が加わり、数倍に膨れ上がるとなれば、これは強力な魔法になりそうじゃな。


「何か分からないですけれど、防御魔法展開しなさい!」

「やってる! 守りし精霊───」


「───がぁあ!」


 相手が防御魔法を展開する間もなく、ヴィースは開放した。水色の球体が中心の黒い部分に吸い込まれながらも形を崩さず、その勢いを殺すこともなく敵に迫っていった。内に秘められている力が考えられないほどの圧力を伝えてくる。


「…チェックメイトじゃな。これは」


 狭かった通路の壁をことごとく巻き込みながら、その規模を増していく。逃げ場所は無い。防御魔法などもう間に合わない。防御魔法を唱えた所で、これでは紙屑同然にしかならない。


「こ、降参! 降参だぁ!」

「これは流石に降参しますわ! だから消してくださいましー!」

「降参と言っておるが、どうする?」


 通路の隅まで追いやられた二人があらん限りの声をあげている。正直、ここまで恐ろしい魔法になるとは思ってなかったの。正直、ここで殺してもいいのかもしれぬ。しかし、後味悪いのも嫌じゃからな。


「止めますか? ナツさん」


 笑顔でこっちを振り向いてくるヴィース。こういう所は本当に怖いのじゃから、仲間で良かったと思うばかりじゃ。


「いやぁぁあ!」

「やめてくれぇえええ!」


 吸い込まれそうになりながらも、周りの物に捕まり耐えている。足が浮いて手がじりじりと滑っていく中、儂は頷く。その必死な表情は反省の色が見える。まだ改心する余地はあるはずじゃ。


 すると、嘘みたいに球体が消え去り、旋風が顔を撫でていく。


「反省したんじゃったら、地下に案内してくれるかの?」

「そ、そこまでする義理は…」

「わ、わたくしはよいですわよ」

「ガンブリード殿!」

「うるさいですわ! ここまでの相手をするなら、給料を倍…いや、十倍はないと割に合いませんわ! ここで契約は打ち切りですの。わたくしはヴィース様とナツ様に従いますわ」


 その言葉に青ざめた顔のアーバード。何とも忠実になったガンブリードはヴィースの下に跪く。そして、こちらへ来てまた跪く。ここまで見事に寝返られると、逆の関心を覚えるの。


「で、アーバード候はどうするんじゃ?」

「うっ…」


 儂がそう言っている横で、ヴィースの爪がギリギリと伸びる。儂は脅迫している訳ではないのだが…。


「わ、分かった。皆、開放しよう」

「そう。それは良かったです」


 伸ばしていた爪が元に戻っていく。


「だ、だが…今、下に向かっていった二人までは止めれるか分からんぞ」

「自分で雇っておきながら、管理出来ぬとは無能じゃな」

「そういう者だからこそ、雇ったんだ。殺しに何も思わない者達」


 その姿は瞬間といっていいほどしか目にしていないが、明らかに実力ある者達じゃった。弱体化してしまっている名無し一人では殺される。確実に。


「ここでうだうだしている暇は無いの。名無しめ…儂を助けるためとか言っていた癖に捕まりおって。何故に儂が助けなきゃいかんのだ」

「本当にそうですね。でも、名無し様もナツさんのことを心配しているんですよ?」

「…分かっておるよ。だから、儂はここにいるんじゃ」


 あの者の優しさと、決意にも気づいておる。仮面の者共ディレンスであった頃から身を挺して守ってくれておることも。だが、それが儂にとっては悲しいことなのじゃ。


 ───儂が守られる存在だということが。


 アーバードを残した儂達三人は、地下へと走りだす。

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