第26話 耐えてこそ

 ガンモとガンマはその場を動かない。ゾーンの存在がアーバードから伝わっているとなると、そう簡単には踏んではくれないだろうが、牽制がてらにガンマの一歩先の場所に魔陣を展開。敵の視線はこちらを向いている。情報は知っていたとしても、簡単には対処出来ないということなのか。


「行くのである」


 ───ステラが動いた。


 左へ、右へと体を揺らすようにしてタイミングを計っている。俺がなんとなくでやっている動きとは違う。まるで残像が先に残り、本体が後ろに残っているようなそんな錯覚を起こす。


 どんな血が滲むような特訓をすれば、こんな動きが出来るようになるんだ…。


 左に触れた体が、次の瞬間にはガンマの足元に現れた。目を疑い、さっきまでいた場所を確認する。固い地面から摩擦で起きた煙が立ち上っていて、足袋の裏地が地面に焼き付いている。目線を戻した時には、ステラは短刀を腰から抜き放ち、ガンマの目線が追い切れない速度で斬りかかっていた。


「やらせんよぉ? ひっひっ!」


 ガンマの前首に真下から斬りかかったステラを遮る形で、ガンモが現れる。正確無比にステラの動きを目で捉えていた証拠だ。でなければ、ここまで完璧なタイミングで割り込んでこれない。不意打ちのタイミングを確実に狙って、一撃で仕留めに来た。


 ステラの身体能力はよく分かった。とはいえ、空中で大きな方向展開は出来ない。体を捻るにも、その時は残されていない。後、一秒割り込まれるのが遅ければどうとでもなったはずだというのに。


 それなら…そろそろ、共闘開始だ。


 ステラの左側に足場を形成。大きな足場でなくていい。速度に重点を置いて。


「ステラ、左腰の位置に足を蹴り出せ! バインド!」


 足場が展開したと同時に、ステラは指示通りの動きをこなす。ガンモの懐から急に現れた短剣が宙を斬る。肩位置が不自然だと思ってはいたが、今分かった。肩部分に別の型を仕込んでいるのだ。肩の動きが分からないように。そして、大袈裟に体を覆い隠しているボロ衣は、武器が出てくる位置が分からないように。


「かたじけない」


 右に飛んだと同時にガンマに斬撃を繰り出しつつ、その反動で俺の横まで帰ってくる。関心すべきはその身軽な動き。カレイドもステラの動きを見ずに動くと邪魔になると思ったのか、動きを見終わるまで腰に手を当てて見ていた。


「やるねー」

「あのご老体…動きがまったく読めなかったのである」

「カラクリが分かった所で、あれは問題だぞ」

「それもだけどー、あのでかい人…」

「分かっているのである」


 斬撃を当てたはずのガンマ。しかし、何の傷も残っていない。擦れたような跡が残っているが、それ以外は何も。屈強な体は見た目だけではなく、何か魔法的要素が体を纏っていると考えた方がいいようだ。


 そして、俺が注意するべき点はガンマが一歩も動いていないということだ。知っているから動かないのか、その体があるから動かないという選択肢を選んでいるのか。何にしろ、配置魔法は動いてくれないことには有効ではない。


「カレイド、ステラの動きは分かったか?」

「正直、一人で戦う用の動きしてるよねー」


 俺も確かにそう思う。配置魔法は控えた方がいいかもしれない。問答無用で踏んでしまいそうだ。


「…他人と共闘したことは無いのである」

「そこらへんは俺がカバーするさ」

「頼もしーい。だけど、だいじょーぶ。まっかせなさーい」

「合わせてくれるのか?」

「うちは共闘は得意だからね」


 カレイドは構えを取る。半身を開いて足を小さく開き、両手を肩の位置より上まで大きく上げて手は開いたまま。地球でいうムエタイと柔道の中間のような構え。見えないほどに速く繰り出される足技に、ボクサーのようなキレのいいパンチ。足技を恐れて懐に入れば、投技に関節技。


 防御に関しても、厄介だった。正面からの攻撃は手で受け流され、横から顔を狙えば肩で受けられ、足を狙えば足を全体で受け止められダメージを受け流される。当てた後すぐに攻撃を引かなければ、そこから関節に極められる。俺がなんとかなったのは、配置魔法への対処が分からないのをいいことに、攻めずに待ち構えたからだ。


「まだかの? わしゃー足止めしろって言われただけじゃから、そのままおってくれてもよいがの? ひっひっひっひ!」

「とりあえず、あのお爺さんはステラに任せるよ? いい?」

「承ったのである」


 頷いたステラの目に火が灯ったのが分かる。さっきのやり取りで、自分が負けたのが分かったのだろう。次は負けないという心意気が十分に伝わってくる。


「うちはあのでかいのとやりあうからね」

「俺はサポートの回る。最初に魔法を打つ。それを合図に攻め込んでくれ。カレイド、配置魔法を配置した時に瞬間だけ小さく光らせる。知らなかったら気づかない程度に。それで位置を把握してくれ。ステラの方は、あの爺さん肩にずっといるから普通に足場や遠隔系魔法で援護する」


 頷く二人。ここからはノンストップの戦闘となる。魔石をいつでもはめ替えれるように横に置いておく。ここで使い切るのはあまり好ましくないのだが、仕方がない。全部開放するつもりでやってやる。


「行くぞ…」


 バインドを使い、半分以下になっている魔石の魔力を全て籠めて練り込む。手元で生まれた爆発が渦となり、逃げ場を求めるように渦巻く炎はその激しさを増していく。


「───イセプション!」


 暴れていた炎の渦がぶつかり合い、爆発を誘発し大きくなりながら敵へ向かっていく。敵もこれには驚いているようだ。この威力の魔法は、契約魔法なら詠唱時間がかかる魔法であることは知っている。純魔法は魔力を大幅に消費する代わりに速攻で高威力の魔法を練ることが出来ることを相手は知らない。その知識の差を武器にするしかない。


 ガンマが防御態勢に入り、ガンモがその体の後ろに隠れる。だが、俺の目的はそこでは無い。すぐに次の魔石をはめ込み、爆炎に怯むであろうガンマの後ろ足近くに配置魔法を敷く。爆炎が敵を包み込み、通路が熱気と煙に包まれた頃、その煙の中から二人が斬りかかった。


 ────しかし、その攻撃を受け止める音が二つ。


「あれでも、皮膚がちょっと爛れる程度って…」


 足を一歩も動かすこともなく、腕の皮膚が焼けたことに顔を歪めているだけ。それどころか、カレイドの渾身の蹴りを掌で受け止めている。ステラが足の関節部に向けた斬撃は、その裏側から伸びてきた剣に阻まれ、完璧に封殺。


 カレイドは事態をすぐに把握したようで、すぐに足を引く。それと同時に掌が拳の形に握りこまれる。


「危ないなー。うちの綺麗な足を粉々にするつもり?」

「…はっはっはっはっはっ! お前強いな。普通は拳を握りこむ方が早いのに!」


 さっきまで喋ることも無く、黙々と戦っていたガンマが楽しそうに笑う。カレイドも笑みを浮かべ、この戦闘を楽しんでいるように見える。強者同士の独特の感覚という奴か。ステラも、膠着状態ではあるが、カレイドにガンモの攻撃が向かないように牽制を与え続けている。


「ほら、もう一発行くよー!」


 カレイドは開いていた手を軽く握り、パンチングスタイルへと移行した。パワー対決だと、不利なはずだが試さずにはいられないのだろう。どれほどのパワーの差があるのか、試したいんだ。


 牽制無しで懐に入り込んで、ボディーブローを叩き込む。顔を狙えないなら、下から崩す。戦闘の基本。次は足の関節部を押し込むようにして蹴りこむ。ガンマは体重を落としこむことによって骨折を防ぎ、同時に自分の真下へと両拳を握りこむようにして叩きつける。


 避けると思っていた俺だったが、カレイドはニヤリと顔を歪めてこちらに目で合図を送る。そして、目線がガンマの足元へ。


「無茶をやってこそ、うちは輝く! うおりゃー!」


 真下に振り下ろされてくる拳を半身だけ避け、横からその拳に拳を打ち付ける。軽く体制が左足に傾いた所で、右足を思いっきり蹴りつけた。


 ───これか!


 足がずれたその隙。さっきまで足があった場所に捕縛の魔陣を二つ同時に仕込む。すると、崩れた体制を立て直そうとしてついた膝が見事に魔法を発動させた。


「ビーンゴ! 名無し先輩さーすがっ!」

「馬鹿っ、こっちを向くな!」


 カレイドのこちらを向いた隙を見逃さず、後ろからガンモが斬りかかる。


「だいじょーぶ。だよね? ステラ」

「心配ご無用、である」


 ガンモの斬撃を受け止め、カレイドと視線を合わすステラ。もう既に、カレイドはステラを信用の置ける者として認識しているということだ。…ちょっとかっこいい。


 ステラは姿を現したガンモを逃がさないように、先手を打つ。


「忍殺法…蜘蛛糸」


 ガンモが急に後ろに飛ぶように宙に浮き、首を抑えて足掻いている。そして、ガンマより少し離れた場所で貼り付けられたような形で止まる。ステラはカレイドの邪魔をしないようにか、ガンマの足元からガンモの方へと歩いていく。


 目を凝らしてよく見ると、ガンモの血が何かをつたっている。


「糸…か…ひっひっ…ひっ…!」

「カレイド様が戦っている間、某が何もしていないと思ったのであるか?」


 牽制のように見えていた動きは、糸を張り巡らしていたのか。常に三人の死角に入り込んでいた技術は凄かったが、相手の死角は自分の死角でもある。何をしているかまでは把握していなかったということか。


「その首…何かあるのであるか」


 ボロ衣に隠れた下にまだ何か仕込んでいたのか。それがなければ、かかったと同時に首が飛んでいたということ。ステラをえげつないことをする。そう思っていた次の瞬間。


「その程度かの? ひっひっひっ!」

「なっ…?」


 糸が解けるようにして体から外れていくのが見える。驚きを隠せないステラの様子を見ると、それは異常事態らしい。しかし、ステラは動じるのは一瞬ですぐにガンモに斬りかかる。とりあえず、ガンマから引き剥がした。それが重要。


 一対一に持ち込んだ。ステラの方の援護をしたいが、ガンマが手前にいる。視界の邪魔でこれでは援護が間に合わないし、限定されることを考えれば…まずはガンマを戦闘不能にすることを優先。カレイドを援護することを決める。


「ステラ。五分…いや、三分だ。耐えてくれ」


 その言葉に頷くステラと、ガンマの足元から抜け出し、目の前でガンマと対峙するカレイド。膝の固定も恐らくはよく保って二分。いや、それよりも早いかもしれない。となると、それまでにダメージを叩きこまなければ、短時間で終わらせるのは…厳しい。


 だが、やるしかない。第三ラウンドと言った所だな。


「ヴィースとナツも無事だといいが…」


 俺はその不安を今は抑えこみ、目の前のガンマに視線を向けた。

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