第25話 恐怖の二人組
「はぁ…はぁ…」
行けども行けども、目標の敵は見えない。ナツとヴィースと合流を果たせない。まさか、こんな深い所まで掘っているとは。途中の掘り方を見るにここは過去に炭鉱か何かだったのだろう。廃坑をリフォームというには、大規模。余程の儲けを出していたのだろう。
「流石に疲れるねー。うちよりも名無し先輩の方が息あがってるのにはびっくりだけど」
「カレイド…お前の体力どうなってるんだよ」
「体力じゃないと思うんだけどなー。名無し先輩、走り方が人じゃないみたいなんだもーん」
「ひ、人じゃない?」
「普通、走ってる途中にそんな地面スレスレに体を下ろして走らないよ? 手を振ったりもしないんだもん。元々、四つ足か何かで歩いてたみたい」
「そ、そんな馬鹿な」
「…元々そうだったの? 名無し先輩?」
俺の棒読みの驚きの言葉に、疑問を更に投げかけてくるカレイド。反論出来ない。四つ足で歩いたり、走ったりしてたこともあったかな。というか、本気を出して走った時ほど、四つ足だったかもしれない。
でも、カレイドの言っていることは合っているかもしれない。この体には不向きな動きをしている分、余分な体力を消耗し体が疲弊していく。疲れという概念があるからこそ、体をお構い無しに行動していては持たないということだ。
昔の記憶が蘇ってくる。完璧ではないが、人であった頃はもう少し姿勢は前傾ではあるが、地面スレスレを走った覚えはない。常人より肉体自体はまだ強化されているとはいえ、やはり使い方を覚えなければ達人には敵わない部分があるということだ。俺がこの世界で戦えているのは、配置魔法が現代では廃れているおかげであり、対策されれば簡単に負けうる。前のように腕力で抑えきるというのは無理だと、そろそろ体に教え込まないと。
「止まって!」
「えっ?」
襟元と掴まれて引き戻される。カレイドの目線が奥へと滑っていくのが見える。
「なんだ、急に…」
「あれって名無し先輩の相方さん?」
「えっ?」
カレイドが指を指した先に、目線を滑らせる。しかし、何も見えない。
「なんか、結構なスピードで走ってくるけど…」
「何もい───るな」
良く見ると、小さな点が近づいてくる。カレイドは目がいいのか。俺も結構いいと思っていたが…というより、この地下の薄暗い地下道どこまで長いんだ。その中で見えるカレイドの目は夜目がきくなんてもんじゃない。
「敵か味方か分からない感じ?」
「ああ。見たことがない」
「ちょっと下がっててー。名無し先輩、疲れてるからうちが先に戦うよー」
「いいのか?」
「あったりまえ! 闘技場で名無し先輩に惚れたの。だから、守らせて?」
「うっ…男なのに、そういうこと言うんじゃない」
「もう、名無し先輩は乗ってこないなー」
頬をぷくっと膨らませる女装男子カレイド。男じゃなかったら、心の一つや二つ持って行かれそうだ。
「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか…」
地球でいう忍者のような格好をしている女の子がこちらへと走ってくる。口元を隠してはいるが、少なくとも目元を見る限り、何とも愛らしい少女。少なくとも、地球でいう高校生の歳まではいってない中学生。身長は145センチに届いているかどうか。こんな少女がなんでこんな所に…。
しかし、身のこなしからしてなかなかの使い手。だが、カレイドと俺のタッグで負けるとは思えない。ここは迎え撃ってから先に進むしかない。一方通行の道、戦いづらい所を選んできたのか。
「そこで止まった方がいいよー! それ以上近づいたら───殺る」
カレイドから溢れ出す闘気。自分に向けられていなくても、分かる。一度戦ったからこそ、分かる。戦う前に相手の先手を取るだけの気配。カレイドは160センチといった所なのだが、戦っていた時はそれ以上に見えていた。顔合わせの段階では、負けると思ったからなぁ…。
今の声が聞こえたか、闘気に怖気づいたか、足を止めた少女。
「敵対心が無いなら、腰の武器を取ってね?」
「聞こえてるのか?」
「聞こえてなかったら、死ぬだけー」
「こ、怖いな…」
少女が動く。ピクッとカレイドが反応するが、手が腰の武器に伸び、留め具を外した様子を見て構えを解いた。そして、指を下に向けて武器を下に置けと合図を送る辺り、慣れている。用心棒…何かを警戒するような仕事についていたか。
「敵対心は無いのである! ググ様の使いでやってきた者、ヴィース様とナツ様より仰せつかった伝言を伝えに参った!」
「変な喋り方! 面白いねー、あの子」
「ヴィースとナツを知っている。ググの使いで間違いない。カレイド、さっきから向けている殺気を解いてくれないか?」
「はいはーい」
この殺気でたじろく事無く、自らの意思を伝えてくるってことは過去にそういう者と対峙したことがあるということだ。カレイド以上の殺気、知り合いだとヴィースぐらいしか知らない…ってもしかして…。いや、これは後で聞くとしよう。
相手は手を上げて降参の意を示した。あっちから動く様子も無い。となれば、こちらから近づくしかないな。下手にあの忍者娘が動いたら、カレイドが何をするか分からない。俺が先導して歩き出す。その瞬間、忍者娘が手を下ろした。
───その行動を見たカレイドが走りだした。
「やめろ、カレイド!」
「だいじょーぶー」
忍者娘の頭に直撃すると思われた蹴りは頭を掠り、真後ろに迫っていた剣を叩き折った。闘技場プレイヤーの驚いた横っ面に拳を振るうカレイド。危険を感じることは出来たが、俺の体は疲れによって反応が遅れた。忍者娘もこちらに集中していて、動くこともしなかった。カレイドの攻撃は動いた忍者娘に向かっていると勘違いしてしまった。
「あー、この人。お金稼ぎに明け暮れてた人だ」
「あの…カレイド様? であるか。かたじけない」
「俺もだ。カレイド、疑ってすまない…」
「そんなことはいいよー。この人、嫌いだったし。で、時間が無いんじゃないのー?」
「あ、ああ」
その通りだ。こんな所で悠長にしていたら、ヴィースとナツに危険が及ぶ。それだけは許されない。
「で、伝言ってのは?」
「はい。まずは某の名前はステラを申す。ヴィース様とナツ様がこの先で戦闘をしておられるのですが、アーバードとガンブリードと交戦中。鍵が見つからない故、某の鍵開けにて牢屋からの脱出を考えていたのであるが…」
「それはエリシアとかいう奴に助けてもらったんだ」
「そうであったなら、良かったのである。これですぐに加勢に向かえる…道案内は任せるである」
「その堅苦しい喋り方はデフォルト?」
「で、でふぉる…でふぉ?」
「デフォルト。普通なのかってこと」
こっちでもちょっとした英語なら神の加護とやらで伝わるはずなのだが、理解出来ないこともあるようだ。普段から相当に堅苦しい喋り方しかしてこなかったのか。
「普通なのであるが、丁寧に喋れていないというなれば申し訳無く…」
「いや、むしろもっと普通に喋ってくれ。丁寧に喋ってくれるのは有り難いんだが、分かり辛いんだ」
「そ、それは申し訳無く…」
「もうちょっと言い方ないのー? うちも聞いてて飽きちゃった」
「…分かったのである。失礼は承知でなるべく普通に喋る努力をするのである」
「よーし。いい子いい子! じゃ、上に行こっか!」
「行かせるかっかー! ひっひっひっひっ!」
「その通りだっはっはっはっは!」
走りだそうとした先に立ちはだかる笑顔を浮かべた二人。笑顔というには、お粗末か。常に皮肉った笑みを浮かべている。二人一組な所を見ると、これはプレイヤーではない。恐らく、警護のために雇われている者達。
一人は通路ギリギリの巨体を持つ明らかなパワー型。筋肉隆々で赤いパンツ一枚なのだが、筋肉に埋まっているせいで、常に履いていないように見える。なんというか、安心出来ない見た目。
もう一人はその巨体に乗っている小さな体。体をボロ衣の服が覆い隠し、顔だけが見えている。見た目こそ老人だが、巨体の肩は不安定な足場。そこで苦しい顔もせず軸がぶれていないのは、かなりの身体能力が伺える。腫れぼったい目蓋が目を隠しているが、その奥から見える眼光だけは隠せない。
口元に浮かべている笑みとは裏腹の───その鋭さは。
「通してくれないのー?」
「我はガンモ。ひっひっひっ、可愛いお嬢ちゃん…いや、可愛いお坊ちゃんじゃったのーのー?」
「我はガンマだはっはっはっは! 可愛かったら何でもいいぜいいぜいいぜー!」
「うわぁ…」
「通す訳無いだろう。俺等はこういう時のために雇われてんだっはっはっは!」
「殺していいって言われておるんじゃから、楽しみじゃなぁ。ひっひっひっ!」
今ここにいるのは三人。相手は二人。だが、三人で攻めるとなるとこの通路はあまりに狭い。しかも、相手はかなりの強敵なのが分かる。こういう時のために、このような構造になっているのか。
「ステラって言ったよな」
「その通りである」
「俺は後ろから補助に回る。実力の程は知らないが、カレイドと二人で休まずに攻撃出来るか?」
「…どこまで出来るかは分からないであるが、少しは役に立てるはずである。これでもググ様に鍛えられた身。ググ様の顧客を守るためならこの生命さえも厭わぬのである」
その言葉に思わず怒号をあげそうになる。俺が放った怒気にガンモとガンマが反応して飛び退るが、カレイドが俺が言葉を発するのを静止した。
「だーめ。そんな簡単に命を投げ出すなんて言ったら。命をすぐに投げ出すような人に、人を守る資格はありません」
「それは…」
「いかに生き延びるか。生き延びて、その中で最善の選択を出来る強さ。最善を尽くした上で死ぬなら、それは誇りある死…そういうものなんだよ?」
そう、誇りある死。周りが悲しみながらも称えることが出来る死。
「…分かったのである。努力するのである」
「俺が言おうとしてたこと、全部言われちまったな」
「名無し先輩のかっこいいとこ、うちだけが知ってればいいんだよーだ」
こいつ、どこまでが冗談でどこまでが本気なんだ。妻子が悲しむぞ。家ではどんな感じなんだろう…。
「おいおいおいおいー? 我等を無視するんじゃない。ひっひっひっ!」
ガンモは言葉を発しているが、ガンマは完璧にさっきの怒気で戦闘モードだ。口を閉ざし、殺気をこちらに向けてくる。やはり、これは苦戦を強いられる戦いになる。ここは一つ、ステラとカレイドに頼ろう。俺は魔石に残っている魔力を篭手に流し込み、戦闘態勢を取る。
「ゾーン展開!」
───戦闘開始の合図。
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