第24話 新たな達人


 ひんやりと伝わる静かな牢屋…とはならず、明らかに聞こえてくる爆音と怒号。声の内容からするに、エリシアだと思う。裏切り者と言っているが無理矢理収監して、それはおかしいんじゃないかと。しかし、エリシアの暴れっぷりはかなりのものだ。ナンバーワンの称号も伊達じゃないということか。


「暴れていいタイミングなんだろうけど、この牢屋…頑丈すぎるだろ」


 鉄格子と思っていたら、これは鉄じゃないらしい。全力で力を込めてもびくともしない。漫画で見ていた鉄格子を歪めて外に出るというのに憧れていたが、させてもらえない。もしかしたら、特別仕様の牢屋なのか? それとも、全体がこの牢屋? どちらにせよ…


「ふんぬっ!」


 鉄格子を諦めて、横の壁を全力で殴打。一発、二発、あらん限りの力で殴り続けてみる。普通の壁程度ならぶち破られる。厚かったとしても、削りとっていけばいい話。だが、予想通りと言うべきか。


「いった…」


 いや、予想以上に頑丈な牢屋。どころか、特別仕様の牢屋を拵えてある。天井は確かに土壁だが、今から掘り進めていても脱出するまでに何日かかるのやら。この現状のまま動かずにいるというのは、一種の賭けだ。エリシアが俺自身で脱出すると思っていたならば、暴れるだけ暴れて逃げ去るだろう。だが、無駄にここで体力を使えば、助けに来てくれた時に全力では戦えなくなる。


 二筋の道を迷いながらも、俺は結局地面に座って体力を温存することにした。拳を見てみると、傷こそついていないが赤くなっている。これ以上、無駄な足掻きを繰り返して拳を炒めるよりエリシアを待つべきだ。こちらに声が近づいているということは、エリシアが近づいてきている可能性は高い。鍵を持っていたら万々歳。


「逃げるんじゃねぇ、糞あまっ!」

「えっ、もう?」


 奥の扉が開いた音と共に、数多の足音が耳に響く。その中で、明らかに一人早い奴がいる。金属同士が当たる音、チャリンという音が聞こえた。薄暗いせいで正確な視覚が確保出来ないが、その分聴覚を聞かせればいい。


こちらに近づいてくる足音のリズムが、達人の妙技を思わせる。上で暴れていた時間を考えると、かなり暴れた後なはず。それでこれだけ走れているということは、やはり並大抵の使い手ではない、そう考えるのが妥当だ。


 そろそろだと目を開けると、人影が牢屋の前で立ち止まる。錠に鍵を差し込む音。何故か、見たことがあるようなシルエットな気がする。だが、薄暗い中では判断がつかない。その姿を確認しようと目に神経を集中させるが、声がそれを遮った。


「助けに来たっす! エリシアが出来るのはここまでっす…この後、一旦退くっすから思う存分暴れて下さいっすよ!」


 鍵が開く音が聞こえたと同時に、人影が奥に走り去っていく。様子を見るに、まだ余裕は残しているが、これ以上の深追いは自分が危険だと判断したのか。並大抵ではない…というだけであって、やはりヴィースを基準に考えるとやはり人と言った所か。


 とはいえ、エリシアの後方からはゴロツキの半分が追いかけていった。そして、半分が空いた牢屋の前で立ち止まる。戦力を分断したと思えば…。って、お前はここを潰すんじゃないのかよっ!


「っておい! ここを潰すんじゃないのかー!」


 もう声を上げた時にはエリシアはもういない。牢屋の目の前にいるゴロツキ共が、錠を震えた手でカタカタと音を立てている。鍵を閉める感じじゃ無さそうだが、動揺が隠せてない。俺ってそんな怖がられるようなことしたっけ?


「お、おい、早く牢屋を閉めろよ!」

「鍵が、鍵がねぇんだ!」

「そ、そんな! こいつ、鬼畜なんだろ!? アーバードの傭兵を骨抜きにしたとか…」

「ひぃ!」

「どんな尾びれがついたらそんな言い方になるんだよ!」


 俺は手始めに鉄格子のドアを蹴破る。数人のゴロツキが吹き飛ぶ所を見ると、決して全体の戦闘レベルが高い訳ではない。とはいえ、闘技場に出ていた時にヤバイ感じの奴がこちらに殺気を飛ばしているのを感じたことがあることを鑑みると、油断はしてはいけない。


「とりあえず、エリシアはまた牢屋の中から逃げたか…。ここで逃げてもいいんだけど…」


 ナツの言葉が心に引っかかる。臆病者…確かにそうだ。今の俺は、現状の自分自身の強さを知らない。だからこそ、まずは自分の強さを知る機会を無駄にしないことからだ。ヴィースのことだってそうだ。どうせ、守人ガードナーのことを気にしていても、ここで何日たったかも分からない。ここで暴れようが暴れまいが、もうあまり変わらない。


 ───なら、やることは一つだ。


「とことん…暴れるか!」


 俺はエリシアと反対の方向に足を向ける。中央部に向けて全力疾走しながらも、敵をなぎ倒していく。恐らく、まだ上の者に伝わってないのだろう。殺さない手加減が出来る程度の相手ばかり。


「まだ魔法は使ってないぞ! もっと来い!」


 闘技場に固まっている敵を言葉で制し、敵の壁が薄くなっている所では無く、厚い場所を狙って突っ込む。なるべく多くの傭兵共を倒さなければならない。ここを潰すには、まずは雑兵の気力を奪うこと。ヴィースとナツが加勢に来た時に、雑兵に邪魔してもらっては困る。あの化け物のような殺気の持ち主、来ないとは限らない。


 どうする、ここでストックしていた魔石を消費するか。魔石の数は今日の分も合わせて5個。現状嵌めている魔石の消費量が半分といった所。雑兵だけの群れならこの魔石半分で十分。だが、この後本気で戦わないといけない相手がいるとしたら、この半分でさえ使うには惜しい。


 体力の消費か、魔石の消費か…。やはり、人に戻ってから体力は大幅に落ちた。仮面の者共ディレンスだった頃の体の感覚で動いていたら、長期戦は無理だ。こんな大規模戦闘でもなければ、確認出来なかった。というより、前の体が自分の基準になっているせいで、体力なんて概念を忘れていた。


「やべぇ、やべぇよ! どうする!? ガンブリード様はまだかよ!?」

「ガンブリード様ってのが、一番強い奴なのか?」

「アーバード様と二人揃えば、お前なんかぶごぁ!?」


 有無を言わさず、殴っておく。怯えていた顔が上から目線に切り替わったのが無性に腹がたった。お前が強い訳じゃないのに、なんでそんな顔が出来るんだ…。


 しかし、二人一組のセットという訳か。魔石の温存を継続する。恐らく、アーバードはこの前の戦闘で対策を練ってくるだろう。心眼は無理だとしても、予想はしてくる。俺がいる時に戦闘になればいいが、ナツとヴィースが先に遭遇していたら、ナツでは力不足だ。決して弱い訳ではないが、アーバードがこの前見せた魔力の源流を見れば分かる。アーバードの魔力量はナツよりも格上だ。


闘技場の半分ほどの敵が地面に倒れ伏せた頃、息こそあがっていないが筋力の消耗を感じる。久しぶりの感覚で何処までが駄目で、何処まで動けるのかが分からない。これは厄介だ。スイッチが切れたように動けなくなっては困る。


「おでのバンチをぐらえぇ!」


 視界には見えない奥の方から雑兵が飛んでくる。情け容赦のない殴り方。そして、この喋り方。この人物が誰なのかは一瞬で理解した。


 ───暴れているのはこの前戦ったエイブラル。獅子のような構えを思う存分奮っている。


 そういうことか。エリシアは捕まっていた者達を開放していったのか。途中に転がっていた敵の数も相当な物だったが、それをしながら皆を逃がしたとなるとエリシアに尊敬を覚える。自分が出来る限りのことをやり、勇敢と無謀を履き違えずに撤退した。せめて、顔ぐらいは見ておきたかったな。


「エイブラル。久しぶり」

「おばえは…はなぢか?」

「名無しだ。お前はここから出たい派の奴か?」

「あだりまえだ!」

「良し、じゃあ次も捕まらないようにここをぶっ潰すぞ。ここを任せていいか?」

「わがっだ。やっばりおばえはいいやづだ」

「お前も相も変わらず、聞きにくい喋り方だ」


 軽口を叩いた所で、横から更に敵が雪崩れ込んでくるがエイブラルがその前に立ち塞がる。その背中は本物の獅子のよう。俺とやっていた時は、多少なりとも情けがあったが、今のこいつには情けが無い。今戦うことになっていたら、かなりの苦戦を強いられたかもしれない。それほどの迫力。


「ががっでごい! じんでも恨まれてやらないがな…グッガッガッガッ!」

「んじゃ、任せた」


 笑い方は変だが、心の底からの笑み。エイブラルは家族の元へ帰れる希望に打ち震えているのだろう。腰に巻きつけているのは、雑兵の財布か。まぁ、これには目を瞑ろう。そうでもしないと、不安なんだろう。金の繋がりしかない日々を送ってきたのだから。


 俺はエイブラルを飛び越え、闘技場を抜ける。階段を上がっていくと、あらゆる所で暴れている闘技場の出演者達。階段を一階上がる度に、別の場所に階段を配置しているのはこういう自体が起こった時のためか。更に、この地下は相当深い。俺はかなりの下に収監されていたらしい。この構造を見るに、牢屋から地上まで掘った者は相当な根気だったようだ。


「なーなし先輩?」

「お、カレイドか」


 五回戦か六回戦だったか。かなりの苦戦を強いられた相手。いや、無茶苦茶に強いとかそういうのではなくて、やりづらい相手だ。セーラー服のような格好を常にしており、セミロングの黒髪からいい匂いがする。垂れ目があざとい角度で見上げてくる。小さく笑顔を浮かべているのだが、これも計算しく尽くされている笑顔だ。だが…。


「この前はお腹を狙ってくれてありがとね?」

「いや、何処も殴りたくなかったんだけどな」

「もー、うちの正体知ってて女の子扱いしてくれてありがとね?」

「あー…はいはい」


 ───こいつは男だ。


 しかも、妻子持ち。何故に矯正しなかったのかと。俺も最初はなんで女の子がここにと思ってしまった。攻撃を避ける際、焦って投げ技を使わなければ分からなかった。あるはずの物がない。無いはずの物があることに。異世界にもやっぱり、こういう奴がいるんだと実感した瞬間だ。


「とりあえず、うちはここらへんで暴れたらいーい? それとも、上に一緒に行こうか?」

「んー…ここをエリアには他に誰かいるのか?」

「いなーい。うち一人で大体は倒したはずだけどー」


 す、末恐ろしい男の娘だ…。あの時も腕力と脚力は尋常じゃなかったもんな。化け物とまではいかなくとも、修行でその筋力は並み大抵の努力では身につかない。見た目的にも雑兵も戦い辛かっただろう。


「じゃ、着いてきてくれるか?」

「あいあーい」


 俺はカレイドと一緒に走り出した。確かに敵がいない。こうなって隣に並ぶと、カレイドが頼もしく見えてきた。


 貴族達用のエレベーターが何処かにあると思うのだが、見当たらない。もしかしたら、地上から闘技場までの一通しかないのかもしれない。となると、上がっていけばガンブリードとやらがいる可能性が高い。


 ───ということは、ナツとヴィースが危ない!?


「糞っ!」

「どしたの?」


 俺はスピードをあげる。体力を気にしている場合ではない。ナツとヴィースに合流出来れば、体力が無くなっても後ろからサポートすることが出来る。カレイドも着いてこれるはずだ。


「邪魔だぁ! どけ!」

「よく分かんないけど、どけどけー?」


 俺達は地上への道を無我夢中で駆け抜けた。

 

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